江戸の夕映え

大麦 ふみ

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偽金使いを追う岡引の話─『反古のうらがき』より

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 権蔵の思惑おもわく通り、それからひと月とたたず、男と再度まみえるきっかけがやってきた。

 顔見知りの質屋が偽金をつかまされ、世間話で権蔵に愚痴を漏らしたのだ。はしごの深酒で散財したとき、どこかで釣り銭に忍び込まされたらしい。小心な質屋には偽金を使う度胸が無く、泣き寝入りを決めていた。その時の飲み屋はすべて四谷あたりにあったが、そこから下手人を割り出すのは無理な話だった。

 だが権蔵は四谷、偽金という連想から、簡単に塩町の男の記憶をたぐり寄せた。質屋と分かれると、その足で男の宿に向かった。岡引が嗅ぎ回っているとは気取られてはいけない。細心の注意を払って、付近の住民たちから男のことをあれこれ聞き出した。

 男は与之助といい、青貝(螺鈿らでんの一種)を削り出す職人らしい。身なりはいつもこぎれいにして、みるからにゆったりとした暮らしぶりで、惨めったらしい世知辛せちがらさがおよそないという。町の神事、祭りへの寄進にもケチケチしたところがなく、商売繁昌して、内証は悪くないとみな口を揃えた。

 ──ははん、金まわりがいいかえ。

 与之助を偽金使いと決め込んでいた権蔵は、もうその尻尾を捕まえた気になった。だが、商売相手の青貝師(螺鈿細工職人)や、塗り物屋から、仕事ぶりの聞き出して見ると、そうも簡単な話ではないと思い知られされた。与之助の評判は上々だったのだ。

 職人としての腕は確かなもので、貝殻からの研ぎ出しはすばらしく薄く、均一で、長崎や能登の一級品にもに引けを取らないほどだという。腕の方だけでなく、注文、納期を違えることはなく、売値を吹っかけたりしないのも受けがよかった。長い付き合いを見据えての堅実な商いがおおいに気に入られていた。

 与之助のやさに張り付き、内偵を進めたが、権蔵の気勢はいっそう削がれた。仕事場にはアワビの貝殻が山と積まれ、格子戸からさす日の光に輝いていた。規則正しい働きぶりで、日夜にコチコチとのみを繊細に叩く音が漏れ聞こえた。

 だが、見込み違いだったと権蔵が投げ出すようなことはなかった。狙いをつけた獲物が、図星どおりのとが人かは問題ではない。言い逃れのできない弱みを握って、同心に突き出せさえすればそれていいのだ。だいたいまっとうな職人が、いまだ独り者というのが腑に落ちない。なにか疚しいことがある。杓子定規しゃくしじょうぎで生活細部に万事にうるさい男が、偽金まがいの金をうっかり払いに使ったというのも、どうにもひっかかった。

 他にめぼしい獲物を当面抱えておらず権蔵は、与之助の行動への監視を強めた。外出を見逃さず跡を付け、出先をつきとめた。岡場所で安い女を買うことはあったが、金のかかる囲い女を持っていなかった。賭場への出入りはなく、すこし値の張る茶屋での飲み喰いを、ささやかな楽しみにしているように見えた。

 いよいよ権蔵は、与之助が店で金を使ったと分かると、そこに乗り込んで十手をちらつかせるのをためらわなくなった。偽金が出回っているとうそぶいて、店のあがりを出させ、時間をかけてねちこく検分した。そういう手口のかすりかと、店の主人たちは内心では疑っているようだったが、従わないものはいなかった。

 本格的な尾行を始めてから二ヶ月目、ついに偽金が与之助の入った店から出た。目黒のとはちがって、二朱銀の贋物であった。

 権蔵に意外だったのは、それがさほど精巧なものではなかったことである。いっけん本物に見まがう程度には良くできてはいた。だが偽金を警戒していても、それを軽々とすり抜けるほどの代物ではおよそなかった。

 与之助の一部始終を見張っている間に、こだわりの強い職人の気質を見ていた権蔵は、

 ──やっこさんが、あんなお粗末な仕事でお茶をにごすかねえ。

 と、どうにも得心がいかない。それと知らずに使ったことも、ありえないことではなく、もう少し泳がせることにした。捜査の次の段階はかなり労力を要するもので、そこに踏み込むにはしっかりとした裏づけが欲しかった。
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