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偽金使いを追う岡引の話─『反古のうらがき』より
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「おねげえでございやす。冗談じゃござんせん。あっしは本気でやす」
権蔵は這いつくばって、頭が土間に触れるほど頭を下げ、一段高いところで仕事の手をとめようとはしない与之助に向かって、小半時ほとも懇望を続けていた。
「しつこいなあ、あんたも。……本気だとしても、その歳で始めたって、ものにはならん、……頼むから帰ってくれ」
根負けして、ようやく言葉を返した与之助だったが、突如家に押しかけて、弟子入りを願う怪しげな男が、迷惑以外のなにものでもないのは明らかだった。
とにかく、その日は言葉を引き出しただけ、前に進んだとして、いったんは引き下がった。
権蔵の方も、与之助がそんな申入れをまともに取り合わないのは、はなから計算済みであった。十幾つかの小僧ならまだしも、権蔵のようないい歳をした男が、縁故もない職人の門をたたこうなどというのは、あまりに突飛に過ぎた。
だが、思い切った手口が決まればその実入りはでかい。どこかの段階で、蛇の巣穴に入り込んで、牙をかわして鎌首を素手で掴むしかない。悪人を商売相手とする、岡引という凌ぎの定めだった。
──ぐるぐる遠巻きにケツを追うのは、終わりだ。
そう腹がきまったのは、二つ目の偽金がでたからであった。このあいだから一ヶ月、また両替屋ではなく、食い物屋での払いから、これまた前と同じ程度のつくりのものを見つけた。大したの偽造の腕はもっていない。そのぶん慎重なやり方で欺しを働いているのは間違いない、そう踏んだ権蔵は、いよいよ敵の巣穴に飛び込んだ。
弟子入りが許されたわけでもない権蔵が、与之助の家に日参して、土間からその仕事ぶりをみる。そんなことで、決定的なことつかめるはずはなかった。青貝をけずり、粉砕すること以外に変わったことなどなにもない。
しかし、仕事場に権蔵がいるのに慣れさせてしまうが、なにもかものとば口であった。職人の見習いよろしく、与之助のやることなすこと見続ける。そのうち、ずぶの素人でもできること、わずかながら手伝えることかわかってくる。もう切片を切り出せない貝殻を捨てに行く、それぐらいでいい。仕事ではなく、米だの、炭だの身の周りの世話に関わり、湯屋の供までする頃には、心の距離はせばまり、警戒の垣根が下がってくる。
師匠と弟子という上下の関係は、うまくはまれば、心の緩みを引き出しやすかった。弟子入りを熱望している体をぜったいにはずさない。そうすれば、おのずとの権蔵のこれまでの世過ぎがどんなものか話す機会がくる。向こうが聞こうとしなくてもいい。こちらから勝手に吹き込めば事足りる。
細心の注意をはらい、丁寧に嘘を重ねる。若い時分は錺屋に奉公に入った。悪い仲間とつるむようになって道を踏み外した。泥棒になって捕まった。ここまでは本当だったが、そこで岡引きとなって司直の手下となるのと引替に罪を減じらたことは話さない。所払いとなったが、ようやく江戸に帰ってきたのだと、ありふれた罪人どもの没落の生き方にすり替える。仕事はなく親も死んでいた。不義理から頼れる人はいない。江戸のまちにいる限り日用(日雇い)で食いつなげるかもしれない。けれどこのまま朽ちていくのがどうにもたまらない。小僧の時に垣間見た職人の生き方が輝やかしく思い出された。そんな筋書きを、与之助の隙をとらえきれぎれに、だが何度も物語る。
「偽金でもこしらえようかと、このごろ思うでやんす」
夕刻、権蔵は与之助と二人きりの仕事場で漏らした。
格子戸から斜め差す朱色の日差しでは、爪の厚みの何分の一にも仕上げる微細な仕事には事足りず、おのずと手はとまり、おのずと後始末にかかっていた。張り詰めていた一日の緊張がゆるむ頃合いだった。
仕事場の出入りを黙認し、こまごま雑用は押しつけこそすれ、弟子としては絶対に認めないと頑な与之助に、棘さす言葉となるよう、権蔵は企んでいた。このままでは、また俺は悪事に手をそめることになる、そう脅す含みを持たせていた。
「お前には無理だ。できるはずがない」
与之助は権蔵の思わぬ打ち明けに面を喰らって、しばらく言葉をうしなったが、ようやくそう絞り出した。権蔵か与之助の偽金作りを確信した。
そこから権蔵は、機会をつかまえて、偽金の話しをするようになった。ちょっとした思いつきの芽がすこしづつ、根を伸ばしていくように、希望とも与之助に受け取られような調子を忘れなかった。
与之助はまともにとりあわず、無視していた。だが、権蔵そのものが、与之助の日常の一部となったように、偽金の話題は二人の間の秘密の話題となった。
酒を飲み交わすまでに付き合いが進むと、与之助は権蔵を諭すようになった。
「お前はまた人目を憚る暮らしに戻りたいのか」、「わかっているのか、引き廻されて磔にされるのだぞ」
しかし、権蔵はそういわれても、与之助の心の底をあぶりだそうと偽金の話を持ち出すのをやめなかった。
居酒屋での晩酌に相伴して、部屋に送り届けた時、まだ飲み足りない与之助は権蔵をあげ、差し向かいで盃を傾けた。そしてまたぞろ、その話題権蔵が持ち出すと、与之助は今までとは違った様子、技の肝を弟子につもらすかのように語りだした。
「なあ、権蔵。聞け。お前には無理だ」
「へえ」
権蔵は与之助から口を開くときには、話をさえぎったり、言い返したりすることはしなかった。師匠からの教えを拝聴する振りに徹した。そうしていれば、徐々に与之助の守りがおのずから綻ぶ。
「今のお前には無理だ。銭を作るのを余りに軽く見過ぎている……、もし本気なら、……まずまっとうな仕事、食っていくのに不自由のない仕事をしろ」
親身な口調で、これまで語ったことのない話を与之助はしだした。酔いが心地よく廻っているのだろう。
「青貝はお前には無理だ。……だが、なんでもいいのだ。お前の歳でも、律儀に、辛抱強くやれば、ものになることはきっとある」
権蔵は与之助の盃を満たし、すぐに一息で飲み干した。
「銭に困って、聞きかじったやり口で、がさつな銭作っても、すぐに足がつく。こさえたお前にでも怪しいと思うような銭、誰が受け取るんだ、あ?」
食うにこまるぐらいじゃあなく、内証がいいと思われるくらいでこそ、はじめて、ちゃんとしたものが作れるんだ。それに周りから疑われない、そうやって表の顔があれば」
与之助はおのがことをそのまま語っているよう権蔵には思えた。もう偽金作りを告白したも同然であった。
「そういう向き合いのできない奴が、ぜったいに手をだしちゃあいけねえ、……わかったな、権蔵……」
酔い潰れた与之助に床を延べてやり、そこに寝かせて布団をかけると、権蔵は部屋を出た。いよいよ、最後の詰めの段階となっているのは間違いなかった。
権蔵は這いつくばって、頭が土間に触れるほど頭を下げ、一段高いところで仕事の手をとめようとはしない与之助に向かって、小半時ほとも懇望を続けていた。
「しつこいなあ、あんたも。……本気だとしても、その歳で始めたって、ものにはならん、……頼むから帰ってくれ」
根負けして、ようやく言葉を返した与之助だったが、突如家に押しかけて、弟子入りを願う怪しげな男が、迷惑以外のなにものでもないのは明らかだった。
とにかく、その日は言葉を引き出しただけ、前に進んだとして、いったんは引き下がった。
権蔵の方も、与之助がそんな申入れをまともに取り合わないのは、はなから計算済みであった。十幾つかの小僧ならまだしも、権蔵のようないい歳をした男が、縁故もない職人の門をたたこうなどというのは、あまりに突飛に過ぎた。
だが、思い切った手口が決まればその実入りはでかい。どこかの段階で、蛇の巣穴に入り込んで、牙をかわして鎌首を素手で掴むしかない。悪人を商売相手とする、岡引という凌ぎの定めだった。
──ぐるぐる遠巻きにケツを追うのは、終わりだ。
そう腹がきまったのは、二つ目の偽金がでたからであった。このあいだから一ヶ月、また両替屋ではなく、食い物屋での払いから、これまた前と同じ程度のつくりのものを見つけた。大したの偽造の腕はもっていない。そのぶん慎重なやり方で欺しを働いているのは間違いない、そう踏んだ権蔵は、いよいよ敵の巣穴に飛び込んだ。
弟子入りが許されたわけでもない権蔵が、与之助の家に日参して、土間からその仕事ぶりをみる。そんなことで、決定的なことつかめるはずはなかった。青貝をけずり、粉砕すること以外に変わったことなどなにもない。
しかし、仕事場に権蔵がいるのに慣れさせてしまうが、なにもかものとば口であった。職人の見習いよろしく、与之助のやることなすこと見続ける。そのうち、ずぶの素人でもできること、わずかながら手伝えることかわかってくる。もう切片を切り出せない貝殻を捨てに行く、それぐらいでいい。仕事ではなく、米だの、炭だの身の周りの世話に関わり、湯屋の供までする頃には、心の距離はせばまり、警戒の垣根が下がってくる。
師匠と弟子という上下の関係は、うまくはまれば、心の緩みを引き出しやすかった。弟子入りを熱望している体をぜったいにはずさない。そうすれば、おのずとの権蔵のこれまでの世過ぎがどんなものか話す機会がくる。向こうが聞こうとしなくてもいい。こちらから勝手に吹き込めば事足りる。
細心の注意をはらい、丁寧に嘘を重ねる。若い時分は錺屋に奉公に入った。悪い仲間とつるむようになって道を踏み外した。泥棒になって捕まった。ここまでは本当だったが、そこで岡引きとなって司直の手下となるのと引替に罪を減じらたことは話さない。所払いとなったが、ようやく江戸に帰ってきたのだと、ありふれた罪人どもの没落の生き方にすり替える。仕事はなく親も死んでいた。不義理から頼れる人はいない。江戸のまちにいる限り日用(日雇い)で食いつなげるかもしれない。けれどこのまま朽ちていくのがどうにもたまらない。小僧の時に垣間見た職人の生き方が輝やかしく思い出された。そんな筋書きを、与之助の隙をとらえきれぎれに、だが何度も物語る。
「偽金でもこしらえようかと、このごろ思うでやんす」
夕刻、権蔵は与之助と二人きりの仕事場で漏らした。
格子戸から斜め差す朱色の日差しでは、爪の厚みの何分の一にも仕上げる微細な仕事には事足りず、おのずと手はとまり、おのずと後始末にかかっていた。張り詰めていた一日の緊張がゆるむ頃合いだった。
仕事場の出入りを黙認し、こまごま雑用は押しつけこそすれ、弟子としては絶対に認めないと頑な与之助に、棘さす言葉となるよう、権蔵は企んでいた。このままでは、また俺は悪事に手をそめることになる、そう脅す含みを持たせていた。
「お前には無理だ。できるはずがない」
与之助は権蔵の思わぬ打ち明けに面を喰らって、しばらく言葉をうしなったが、ようやくそう絞り出した。権蔵か与之助の偽金作りを確信した。
そこから権蔵は、機会をつかまえて、偽金の話しをするようになった。ちょっとした思いつきの芽がすこしづつ、根を伸ばしていくように、希望とも与之助に受け取られような調子を忘れなかった。
与之助はまともにとりあわず、無視していた。だが、権蔵そのものが、与之助の日常の一部となったように、偽金の話題は二人の間の秘密の話題となった。
酒を飲み交わすまでに付き合いが進むと、与之助は権蔵を諭すようになった。
「お前はまた人目を憚る暮らしに戻りたいのか」、「わかっているのか、引き廻されて磔にされるのだぞ」
しかし、権蔵はそういわれても、与之助の心の底をあぶりだそうと偽金の話を持ち出すのをやめなかった。
居酒屋での晩酌に相伴して、部屋に送り届けた時、まだ飲み足りない与之助は権蔵をあげ、差し向かいで盃を傾けた。そしてまたぞろ、その話題権蔵が持ち出すと、与之助は今までとは違った様子、技の肝を弟子につもらすかのように語りだした。
「なあ、権蔵。聞け。お前には無理だ」
「へえ」
権蔵は与之助から口を開くときには、話をさえぎったり、言い返したりすることはしなかった。師匠からの教えを拝聴する振りに徹した。そうしていれば、徐々に与之助の守りがおのずから綻ぶ。
「今のお前には無理だ。銭を作るのを余りに軽く見過ぎている……、もし本気なら、……まずまっとうな仕事、食っていくのに不自由のない仕事をしろ」
親身な口調で、これまで語ったことのない話を与之助はしだした。酔いが心地よく廻っているのだろう。
「青貝はお前には無理だ。……だが、なんでもいいのだ。お前の歳でも、律儀に、辛抱強くやれば、ものになることはきっとある」
権蔵は与之助の盃を満たし、すぐに一息で飲み干した。
「銭に困って、聞きかじったやり口で、がさつな銭作っても、すぐに足がつく。こさえたお前にでも怪しいと思うような銭、誰が受け取るんだ、あ?」
食うにこまるぐらいじゃあなく、内証がいいと思われるくらいでこそ、はじめて、ちゃんとしたものが作れるんだ。それに周りから疑われない、そうやって表の顔があれば」
与之助はおのがことをそのまま語っているよう権蔵には思えた。もう偽金作りを告白したも同然であった。
「そういう向き合いのできない奴が、ぜったいに手をだしちゃあいけねえ、……わかったな、権蔵……」
酔い潰れた与之助に床を延べてやり、そこに寝かせて布団をかけると、権蔵は部屋を出た。いよいよ、最後の詰めの段階となっているのは間違いなかった。
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