21 / 63
偽金使いを追う岡引の話─『反古のうらがき』より
4
しおりを挟む
それからしばらく、権蔵はあいかわらず与之助の家に通い、仕事の手伝いを続けた。ただ、以前のように、偽金の事を軽々に話題とするのをやめた。
そして、頃合いをみはからって、とどめを刺しに出た。
仕事を終えて、一緒に一杯やりにいこうかという無言の誘いをうけとった権蔵は、二人しかいない与之助の仕事場で、ことさらにあたりを見回し、戸口に立って聞き耳をたてる者がいないかを確かた。
また、あのことかという表情が、与之助に浮かんだ。そういう与之助の心の内を気にも止めない様子で権蔵は、ひねられた懐紙に包まれたものを与之助に近づいて、差し出した。
与之助は、おおよその察しがついていたのだろう、もうなにもいわず、それを掌の上で転がした。
二朱銀が三枚、黒ずみ、全体がこれすて、磨り減った銭だった。
「作りやした」
「馬鹿野郎、この前、教えてやっただろう。それを聞かず、こんな不細工なもの持ってきやがって……」
与之助はどうにも怒りがおさまらないようで、小半時も説教を続けたあげく、二度ここに出入りは許さんという、縁切りの台詞をはいた。それでも権蔵が節を曲げないのがわかってくると、与之助は、とつじょ、文箱ほどの大きさの道具箱をつかんだ。
怒りのあまり、それを投げつけるのか、と権蔵は身構えた。しかし、与之助は道具を扱ういつもの繊細な身振りで、それを権蔵の眼の前に突き出しただけだった。そうして、権蔵の視線をひきつけておいてから、箱の底を開けた。とごかに細工がしてあり、それは隠し蓋となっていたのである。なかに潜ませていた塊を掴んで、権蔵に渡した。
銭だった。
「とっくりと見ろ」
鈍色の小粒の銭のいくつかを受け取った権蔵は笑い出した。
「これは、本物でさあ」
与之助のものとおぼしき偽金を権蔵はすで二つ押収していた。それを手元においてたえず賞翫していたが、それらとは様相を全く異にしている。重さ、手触り、固さ、見かけのどこにも、違和の感覚が生じる余地がなかった。
まともに取り合おうとしない権蔵に、与之助は苛立った。しばし、考えあぐねた気味で、沈黙をたもっていたが、辛抱仕切れぬといった様子で言った。
「よいか、絶対に口外はならんぞ」
権蔵は、こみ上げる笑いをひた隠しにして、与之助の目をみてしっかりとうなずいた。
土間の竈のところに行き、その横に置かれてあった水瓶を手前に引きずりだした。そうして、竈の台座の側面に戸をのばして、そこから隠しの引き出しを引いた。いままで権蔵の見たことのない隠匿場所だった。竈の台座を与之助が細工したのだと思われた。
与之助がそこから持ち出したのは、片手で持つにはやや不自由な大きさの石塊、といっても色こそ茶色だが、六面が直線で構成されて大きめの硯石を思わせた。
「落とすな」
権蔵は手に取り、子細に眺める。ガチガチに固められた砂でつくられ、天に向く一面の表面には、窪みが穿たれていて、その底には細かい溝が彫られていた。
鋳型である。高熱をかけて坩堝で金属を溶かした、それを注いで銭の形にするためのものだ。
ほとんどの場合、偽金をつくればそのたびに打ち壊して、跡に残さないものと権蔵は聞き知っていたので、こうやって大切に保存されていたのが意外な気がした。おそらく、快心のできのものなのだろう。
「だがな、もっと大事なのは、ものの良い地金を使うことだ。錺職をやっていたならわかるな。光沢、手触りはそれで決まる。磨いたり、塗りでごまかしきれるもんじゃない」
最近の官鋳銭はものが悪すぎてこれ以上手のつけようがないと言うのだ。都合のいい地金屋を見つけだしても、使い続ければ足がつく恐れがある。よい材料を探してときには東北までにでたものだと与之助は語った。
誰にも語らずため込んでいた、苦心惨憺を重ねた工夫、それを言葉にできる喜びにに酔っている、権蔵はそう思った。
──終わりだぜ、おっさん。酔ったら、終わり。酒じゃねえ、自分に酔ったら、終わりだ。
与之助が捕まったのは、権蔵が与之助の忠告を認め、偽金には手をつけないと約束して、家を辞した、その一刻後であった。与之助がいかに危険を冒したかに気づいて、逃亡を企てる前に踏み込むべきだと、権蔵が同心につよく進言してのことだった。
同日戌の上刻、同心と捕り物に慣れた手下とともに与之助の宿を囲み、おおのおのが得物を手に踏み込んだ。寝入りばなの与之助は、なんらの抵抗も見せず縄に掛かった。偽金づくりの証拠、処刑を確実とする鋳型も隠し場所から運びだされた。
そこで与之助が権蔵の姿を目にすることはなかったが、この顛末の裏になにがあるか、また次に奴に合うのは、お調べの場所であることも与之助には明らかだった。
そして、頃合いをみはからって、とどめを刺しに出た。
仕事を終えて、一緒に一杯やりにいこうかという無言の誘いをうけとった権蔵は、二人しかいない与之助の仕事場で、ことさらにあたりを見回し、戸口に立って聞き耳をたてる者がいないかを確かた。
また、あのことかという表情が、与之助に浮かんだ。そういう与之助の心の内を気にも止めない様子で権蔵は、ひねられた懐紙に包まれたものを与之助に近づいて、差し出した。
与之助は、おおよその察しがついていたのだろう、もうなにもいわず、それを掌の上で転がした。
二朱銀が三枚、黒ずみ、全体がこれすて、磨り減った銭だった。
「作りやした」
「馬鹿野郎、この前、教えてやっただろう。それを聞かず、こんな不細工なもの持ってきやがって……」
与之助はどうにも怒りがおさまらないようで、小半時も説教を続けたあげく、二度ここに出入りは許さんという、縁切りの台詞をはいた。それでも権蔵が節を曲げないのがわかってくると、与之助は、とつじょ、文箱ほどの大きさの道具箱をつかんだ。
怒りのあまり、それを投げつけるのか、と権蔵は身構えた。しかし、与之助は道具を扱ういつもの繊細な身振りで、それを権蔵の眼の前に突き出しただけだった。そうして、権蔵の視線をひきつけておいてから、箱の底を開けた。とごかに細工がしてあり、それは隠し蓋となっていたのである。なかに潜ませていた塊を掴んで、権蔵に渡した。
銭だった。
「とっくりと見ろ」
鈍色の小粒の銭のいくつかを受け取った権蔵は笑い出した。
「これは、本物でさあ」
与之助のものとおぼしき偽金を権蔵はすで二つ押収していた。それを手元においてたえず賞翫していたが、それらとは様相を全く異にしている。重さ、手触り、固さ、見かけのどこにも、違和の感覚が生じる余地がなかった。
まともに取り合おうとしない権蔵に、与之助は苛立った。しばし、考えあぐねた気味で、沈黙をたもっていたが、辛抱仕切れぬといった様子で言った。
「よいか、絶対に口外はならんぞ」
権蔵は、こみ上げる笑いをひた隠しにして、与之助の目をみてしっかりとうなずいた。
土間の竈のところに行き、その横に置かれてあった水瓶を手前に引きずりだした。そうして、竈の台座の側面に戸をのばして、そこから隠しの引き出しを引いた。いままで権蔵の見たことのない隠匿場所だった。竈の台座を与之助が細工したのだと思われた。
与之助がそこから持ち出したのは、片手で持つにはやや不自由な大きさの石塊、といっても色こそ茶色だが、六面が直線で構成されて大きめの硯石を思わせた。
「落とすな」
権蔵は手に取り、子細に眺める。ガチガチに固められた砂でつくられ、天に向く一面の表面には、窪みが穿たれていて、その底には細かい溝が彫られていた。
鋳型である。高熱をかけて坩堝で金属を溶かした、それを注いで銭の形にするためのものだ。
ほとんどの場合、偽金をつくればそのたびに打ち壊して、跡に残さないものと権蔵は聞き知っていたので、こうやって大切に保存されていたのが意外な気がした。おそらく、快心のできのものなのだろう。
「だがな、もっと大事なのは、ものの良い地金を使うことだ。錺職をやっていたならわかるな。光沢、手触りはそれで決まる。磨いたり、塗りでごまかしきれるもんじゃない」
最近の官鋳銭はものが悪すぎてこれ以上手のつけようがないと言うのだ。都合のいい地金屋を見つけだしても、使い続ければ足がつく恐れがある。よい材料を探してときには東北までにでたものだと与之助は語った。
誰にも語らずため込んでいた、苦心惨憺を重ねた工夫、それを言葉にできる喜びにに酔っている、権蔵はそう思った。
──終わりだぜ、おっさん。酔ったら、終わり。酒じゃねえ、自分に酔ったら、終わりだ。
与之助が捕まったのは、権蔵が与之助の忠告を認め、偽金には手をつけないと約束して、家を辞した、その一刻後であった。与之助がいかに危険を冒したかに気づいて、逃亡を企てる前に踏み込むべきだと、権蔵が同心につよく進言してのことだった。
同日戌の上刻、同心と捕り物に慣れた手下とともに与之助の宿を囲み、おおのおのが得物を手に踏み込んだ。寝入りばなの与之助は、なんらの抵抗も見せず縄に掛かった。偽金づくりの証拠、処刑を確実とする鋳型も隠し場所から運びだされた。
そこで与之助が権蔵の姿を目にすることはなかったが、この顛末の裏になにがあるか、また次に奴に合うのは、お調べの場所であることも与之助には明らかだった。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる