【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ

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立ち上がる令嬢

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 王宮は今や混沌の巣窟と化していた。

 王太子アイクは、平民の娘マーサに心酔し、彼女の言葉に従って政務を進めている。
 その結果、税は重くのしかかり、無理な改革は民の生活を苦しめていた。
 宴は夜ごと開かれ、財は浪費されるばかり。
 かつて「賢王の子息」と呼ばれた面影はどこにもなかった。

 「アイク様、どうか再考を!」
 「うるさい! 俺の妻となるマーサが言っているのだ。彼女の意見こそ正しい!」

 側近の必死の進言を、アイクは一蹴する。
 その姿に、貴族たちは憤りを募らせ、次第に「王太子派」と「反王太子派」に分かれて対立し始めていた。

 ◆

 そのころ、シャーロット公爵邸にて。
 カトリーヌは父からの厳しい視線を受け止めていた。

 「カトリーヌ。お前はもう自由を手に入れたはずだ。それなのに、なぜ再び宮廷に関わろうとする?」
 「……国が危機にあるからです。私はただの令嬢である前に、この王国に生きる一人の人間。見て見ぬふりはできません」

 毅然とした声に、公爵は言葉を失う。
 娘が長年の王妃教育の中で培った誇りと覚悟を、ようやく自らの意志で口にしたのだと理解したからだ。

 「……好きにするがいい。ただし、危険を承知で動け」
 「はい」

 父の許しを得たその夜。
 レオンが迎えに現れた。

 「決意は固いようだな」
 「ええ。もう迷いはありません」
 「ならば俺が支える。お前が立ち上がるなら、必ず隣に立とう」

 レオンの力強い言葉に、カトリーヌの胸は温かく満たされる。

 ◆

 数日後。
 カトリーヌは宮廷に姿を現した。

 その姿を見た廷臣たちは驚きに息を呑む。
 白いドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩む姿は、王妃教育を受けてきた令嬢そのもの。
 しかしその瞳には、従順さではなく確固たる意志が宿っていた。

 「……カトリーヌ様?」
 「まさか、戻ってこられるとは……」

 人々のざわめきを背に、彼女は堂々と玉座の間に歩み出る。
 そこにはアイクとマーサが、贅を尽くした装飾のもとで座していた。

 「おお、カトリーヌではないか。よく戻ってきたな!」
 「……殿下。私は哀れな『第二妃候補』としてここに来たのではありません」

 毅然と告げたその声に、広間が静まり返った。

 「私は、この国を思う一人の令嬢として参りました」

 その宣言は、長く押し殺してきた想いを解き放つものだった。

 「民は苦しんでいます。新税により食べるものを奪われ、夜ごとの宴に使われる金を嘆いています。それでもなお、殿下は民を顧みられないのですか?」

 「な、何を言う! 俺は正しい!」
 「正しい? ならば、民の声を聞いてみなさい。私が街で見たものを――殿下は一度でもその目で確かめたのですか?」

 鋭い言葉がアイクの胸を突く。
 だが彼は耳を塞ぎ、苛立ちを露わにする。

 「黙れ! お前はもう用済みなのだ!」

 そのときだった。
 廷臣たちの間から小さな囁きが生まれ、やがて大きな波となる。

 「やはり、本物の王妃はカトリーヌ様だ……」
 「この気高さこそ、王国を導くにふさわしい……」
 「殿下よりも、彼女の方がよほど……」

 人々の視線が一斉にカトリーヌに集まる。
 その眼差しは憐れみではなく、尊敬の色を帯びていた。

 堂々と立つ彼女の背後には、騎士団のレオンが静かに控えていた。
 その存在が、彼女の強さをさらに際立たせている。

 「……私は王妃ではありません。ただのカトリーヌです。けれど、この国を愛する気持ちだけは誰にも負けません」

 その一言が、人々の心を深く揺さぶった。

 ◆

 その夜。
 レオンと共に城を後にしたカトリーヌは、静かに夜空を見上げた。

 「カトリーヌ。今日のお前は……本当に輝いていた」
 「……ありがとう。でも、まだこれからです。殿下の暴走を止めなければ」
 「俺も共に戦う。お前の道を支えると決めたからな」

 二人の距離は、以前よりもずっと近くなっていた。
 まだ互いの気持ちは言葉にされていない。
 だが、確かな信頼と絆が芽生え、彼女を支える力になっていた。

 ――そして、王国の未来を変える戦いは、ついに佳境へと向かっていく。
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