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運命を選ぶ者
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秋の気配が近づく王都。かつて王太子妃の居城として整えられていたカトリーヌの屋敷には、今も規則正しく季節の花々が咲き誇っていた。
けれど、その主である彼女の胸には、まだ荒れ狂う嵐が去ってはいなかった。
王太子アイクが民の信頼を失い、平民の恋人マーサと共に孤立していく姿は、誰の目にも明らかだった。
各地の領主たちは次第にカトリーヌの元へ親書を送り、彼女の決断を待ち望む。――この国の未来は、彼女の意志ひとつに懸かっているのだ。
(……けれど、私が決断を下すということは、アイク殿下との絆を、完全に断ち切るということ)
幼い頃から共に育ち、未来を誓ったはずの相手。愛ではなく義務だったとしても、カトリーヌにとって王太子妃の立場は人生そのものだった。
それを切り捨てた時、果たして自分は本当に自由なのか、それともただ虚無に沈むだけなのか――。
そんな迷いを抱える彼女を、レオンは静かに見守っていた。
「カトリーヌ様」
夕暮れのバルコニーで書類を抱える彼は、珍しく真剣な表情をしていた。
「一つ、提案をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……提案?」
「殿下が自らの愚かさにより国を危うくされるならば、次の治世を担う人物が必要です。民も、貴族たちも、すでに貴女様を中心に動き始めております」
レオンの瞳は揺るぎない光を宿していた。
「どうか、この私に……貴女を支える立場をお与えください。カトリーヌ様が選ばれるのならば、私は命を懸けて、共にこの国を立て直します」
唐突とも言える告白に、カトリーヌの胸は大きく揺さぶられた。
「……私を支える、ですって?」
「はい。正妃として、女王として、あるいは……ひとりの女性として」
最後の言葉は、彼女の心の奥に真っ直ぐ突き刺さる。
これまで義務のために生きてきたカトリーヌにとって、「ひとりの女性」として求められることは、初めてのことだった。
頬が熱くなる。胸が早鐘を打つ。だが同時に、恐怖もあった。
(私は、また誰かに運命を委ねてしまうの……? それとも、自ら選び取ることになるの……?)
答えを出せずに立ち尽くすカトリーヌに、レオンは無理に迫らず、ただ静かに頭を下げた。
「急ぐ必要はありません。ただ、この言葉を胸に留めていただければ……それで十分です」
夜空に星が瞬く。
その下で、カトリーヌの心には、これまでとは異なる新しい光が灯り始めていた。
それはまだ小さく、不確かなもの。けれど確かに彼女の胸を温め、次なる未来を示す光だった。
◇
玉座の間には、重苦しい沈黙が満ちていた。
病に伏す国王の不在を補うべき王太子アイクは、もはやその責務を果たせる人物ではなかった。
彼の隣に立つ平民出身の女――マーサが、あまりにも無遠慮に権力を振りかざし続けたからだ。
その果てに、ついに決定的な瞬間が訪れる。
反王太子派の貴族たちが集結し、兵士たちも武器を構えて広間を取り囲んだ。人々の視線が一点に集まる。
そこに立つのは――シャーロット公爵家の令嬢、カトリーヌ。
幼少より王妃となるべく育てられた彼女が、今や王太子の前に立ち塞がり、国の未来を変える宣言を下そうとしていた。
⸻
「なぜだ、カトリーヌ!」
掠れた声で、アイクが叫ぶ。
その顔には疲労と焦燥が浮かび、かつて民に慕われた気品は微塵も残っていなかった。
「お前は私の婚約者だった! すべてを捧げると誓ったはずだろう! どうして裏切るのだ!」
その言葉に、広間がざわめいた。
裏切り――そう口にした瞬間、アイクは自らの立場をさらに危うくしていた。
誰もが知っている。裏切ったのは、義務を投げ捨て平民を正妃に望んだアイク自身だと。
カトリーヌはそのざわめきに動じることなく、ゆっくりと口を開いた。
「殿下。私はこれまで、王国のために王妃となることを宿命と受け入れ、努力を重ねてまいりました。自由を捨て、感情を封じ、ただ役目を果たすために」
その声音は澄み渡り、広間の隅々まで届いていく。
廷臣たちが息を呑み、兵士までもが耳を傾けた。
「ですが……」
カトリーヌはまっすぐにアイクを見据える。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「今のこの王政のあり方では、民を守ることはできません。王族の気まぐれひとつで、国が揺らぎ、人々が苦しむ――そんな体制を、私はもはや認められない」
その瞬間、広間の空気が一変した。
カトリーヌはただ王妃の座を拒むだけではない。
王政そのものを打倒する覚悟 を口にしたのだ。
⸻
「お前……何を言っている……?」
アイクは震える声で問い返す。
かつて彼の背後にあった支持は、すでに霧散している。今や彼を見つめる視線は、同情ではなく冷たい非難ばかりだった。
「殿下。私は、従うだけの王妃ではありません」
カトリーヌの声は一層強くなる。
「私自身の意志で、未来を選びます。民のために、そしてこの国のために――腐敗した王政を終わらせ、新たな秩序を築く覚悟を持ちました」
その宣言は、長きにわたり抑圧されてきた彼女の人生そのものの反抗だった。
幼少から義務に縛られ、王太子に従うことを強いられ、自由を奪われ続けてきた令嬢が、ようやく自分自身の選択をした瞬間。
沈黙が広間を支配する。
その静寂は、決して拒絶ではなかった。むしろ、人々の心に火を灯すような熱を帯びていた。
⸻
「……愚かだ」
やがて、アイクは呟く。
「そんなことが……お前にできるはずがない」
だが、その声に力はなかった。
兵士たちは動かない。廷臣たちも誰ひとりとして彼を支持しようとしない。
むしろ彼らの視線は、揺るぎない誓いを告げたカトリーヌに向けられていた。
アイクは敗北を悟ったのだろう。
憔悴しきった顔で俯き、兵に囲まれて広間から退場していく。
その姿に哀れみを向ける者は、もはや誰もいなかった。
⸻
重たい扉が閉ざされる音が響き渡り、静寂が訪れる。
だがその静けさは、不安ではなかった。むしろ、新しい未来の胎動を告げるものだった。
カトリーヌは深く息を吸う。
胸の奥に宿る恐怖を押し込み、それ以上に強い決意を抱きしめる。
――私はもう、与えられた未来に従うだけの人形ではない。
――私は、自ら選び取った未来を歩む。
その誓いと共に、令嬢カトリーヌの人生は大きく転換を迎えた。
この瞬間から、彼女は「運命を背負う令嬢」ではなく――「運命を切り拓く女」となったのだった。
◆
玉座の間に響いた扉の閉ざされる音が遠ざかり、重苦しい一日の幕がようやく下りた。
人々の視線と熱気に晒され続けていたカトリーヌは、誰もいない後宮の庭へと歩を進める。
夜風が頬を撫でる。夏の余韻を残した秋の風は、張り詰めた胸を少しだけ緩めてくれる。
見上げれば、星々が静かに瞬き、まるで新しい時代の始まりを告げるかのように空を彩っていた。
「……やっと、言えたわ」
小さく零した声は、夜気に溶けて消えていく。
王政を打倒する――そんな言葉を、あの場で宣言する日が来るとは思わなかった。
恐れもある。だがそれ以上に、自らの意志で未来を選んだという実感が胸を満たしていた。
その背に、足音が近づく。
振り返ると、そこに立っていたのは、騎士団長代理にして第二王子の腹心――レオンだった。
「……おひとりで、冷え込む庭におられては体を崩されます」
「レオン……。あなたも、見ていたのね」
彼は一歩進み、月光を浴びた金茶の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめた。
騎士としての冷静な眼差しではない。そこに宿るのは、確かな熱と、抑えきれない想い。
「覚悟を決められたのですね」
「ええ。私はもう、誰かに与えられた立場に従うだけの存在ではありません。この国を変える――王政を打倒し、民を導く覚悟をしました」
言いながら、胸の奥が震える。
それは恐怖の震えでもあり、同時に喜びの震えでもあった。
彼女は初めて、誰かに言われた未来ではなく、自分で選んだ未来を抱きしめていたのだ。
レオンは彼女の近くまで歩み寄る。風に揺れる外套の裾が、カトリーヌのドレスをかすかに撫でた。
「ならば――私も覚悟を決めましょう」
「……え?」
「貴女が女王となる未来を選ぶのなら、私はその隣で剣となり、盾となり、命を賭して支えます。そして……」
言葉を切り、彼は深く息を吸う。
次の瞬間、その瞳が真摯な光に満ちた。
「ひとりの男として、貴女を愛し抜きます」
その告白は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも不器用だった。
だが、だからこそ胸を打つ。
王妃教育の中で「愛」というものを遠ざけられ、義務と責任しか知らなかったカトリーヌの心に、温かな光が差し込む。
「……レオン……」
頬を伝うのは涙だった。自分でも気づかぬうちに、抑えてきた感情が決壊していた。
彼女は震える声で問いかける。
「私……本当に……愛されてもいいの?」
「ええ」
彼は即座に答えた。迷いなど微塵もない。
「運命ではなく、貴女自身の選択として」
その言葉に、胸が大きく波打つ。
義務ではなく、選択。
誰かに決められた未来ではなく、自分の意志で選んだ愛。
カトリーヌは震える唇をかすかに開き、答えを返した。
「――私も、あなたを選びます」
レオンはその手をそっと取り、温もりを込めて握り締める。
硬く鍛えられた掌と、華奢で柔らかな指先が重なり合う。
その瞬間、彼女は確かに感じた。
未来がどれほど困難であろうとも、この人となら進んでいける、と。
空には満天の星が輝き、まるで二人を祝福するかのように瞬いていた。
――王国は変わる。
――彼女の手で。そして、その隣にいる愛すべき人と共に。
それはまだ始まりにすぎない。
けれど確かに、カトリーヌは「運命に従う令嬢」から「運命を選ぶ女」へと生まれ変わったのだった。
そして彼女の物語は、愛と共に、新しい一歩を踏み出した。
けれど、その主である彼女の胸には、まだ荒れ狂う嵐が去ってはいなかった。
王太子アイクが民の信頼を失い、平民の恋人マーサと共に孤立していく姿は、誰の目にも明らかだった。
各地の領主たちは次第にカトリーヌの元へ親書を送り、彼女の決断を待ち望む。――この国の未来は、彼女の意志ひとつに懸かっているのだ。
(……けれど、私が決断を下すということは、アイク殿下との絆を、完全に断ち切るということ)
幼い頃から共に育ち、未来を誓ったはずの相手。愛ではなく義務だったとしても、カトリーヌにとって王太子妃の立場は人生そのものだった。
それを切り捨てた時、果たして自分は本当に自由なのか、それともただ虚無に沈むだけなのか――。
そんな迷いを抱える彼女を、レオンは静かに見守っていた。
「カトリーヌ様」
夕暮れのバルコニーで書類を抱える彼は、珍しく真剣な表情をしていた。
「一つ、提案をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……提案?」
「殿下が自らの愚かさにより国を危うくされるならば、次の治世を担う人物が必要です。民も、貴族たちも、すでに貴女様を中心に動き始めております」
レオンの瞳は揺るぎない光を宿していた。
「どうか、この私に……貴女を支える立場をお与えください。カトリーヌ様が選ばれるのならば、私は命を懸けて、共にこの国を立て直します」
唐突とも言える告白に、カトリーヌの胸は大きく揺さぶられた。
「……私を支える、ですって?」
「はい。正妃として、女王として、あるいは……ひとりの女性として」
最後の言葉は、彼女の心の奥に真っ直ぐ突き刺さる。
これまで義務のために生きてきたカトリーヌにとって、「ひとりの女性」として求められることは、初めてのことだった。
頬が熱くなる。胸が早鐘を打つ。だが同時に、恐怖もあった。
(私は、また誰かに運命を委ねてしまうの……? それとも、自ら選び取ることになるの……?)
答えを出せずに立ち尽くすカトリーヌに、レオンは無理に迫らず、ただ静かに頭を下げた。
「急ぐ必要はありません。ただ、この言葉を胸に留めていただければ……それで十分です」
夜空に星が瞬く。
その下で、カトリーヌの心には、これまでとは異なる新しい光が灯り始めていた。
それはまだ小さく、不確かなもの。けれど確かに彼女の胸を温め、次なる未来を示す光だった。
◇
玉座の間には、重苦しい沈黙が満ちていた。
病に伏す国王の不在を補うべき王太子アイクは、もはやその責務を果たせる人物ではなかった。
彼の隣に立つ平民出身の女――マーサが、あまりにも無遠慮に権力を振りかざし続けたからだ。
その果てに、ついに決定的な瞬間が訪れる。
反王太子派の貴族たちが集結し、兵士たちも武器を構えて広間を取り囲んだ。人々の視線が一点に集まる。
そこに立つのは――シャーロット公爵家の令嬢、カトリーヌ。
幼少より王妃となるべく育てられた彼女が、今や王太子の前に立ち塞がり、国の未来を変える宣言を下そうとしていた。
⸻
「なぜだ、カトリーヌ!」
掠れた声で、アイクが叫ぶ。
その顔には疲労と焦燥が浮かび、かつて民に慕われた気品は微塵も残っていなかった。
「お前は私の婚約者だった! すべてを捧げると誓ったはずだろう! どうして裏切るのだ!」
その言葉に、広間がざわめいた。
裏切り――そう口にした瞬間、アイクは自らの立場をさらに危うくしていた。
誰もが知っている。裏切ったのは、義務を投げ捨て平民を正妃に望んだアイク自身だと。
カトリーヌはそのざわめきに動じることなく、ゆっくりと口を開いた。
「殿下。私はこれまで、王国のために王妃となることを宿命と受け入れ、努力を重ねてまいりました。自由を捨て、感情を封じ、ただ役目を果たすために」
その声音は澄み渡り、広間の隅々まで届いていく。
廷臣たちが息を呑み、兵士までもが耳を傾けた。
「ですが……」
カトリーヌはまっすぐにアイクを見据える。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「今のこの王政のあり方では、民を守ることはできません。王族の気まぐれひとつで、国が揺らぎ、人々が苦しむ――そんな体制を、私はもはや認められない」
その瞬間、広間の空気が一変した。
カトリーヌはただ王妃の座を拒むだけではない。
王政そのものを打倒する覚悟 を口にしたのだ。
⸻
「お前……何を言っている……?」
アイクは震える声で問い返す。
かつて彼の背後にあった支持は、すでに霧散している。今や彼を見つめる視線は、同情ではなく冷たい非難ばかりだった。
「殿下。私は、従うだけの王妃ではありません」
カトリーヌの声は一層強くなる。
「私自身の意志で、未来を選びます。民のために、そしてこの国のために――腐敗した王政を終わらせ、新たな秩序を築く覚悟を持ちました」
その宣言は、長きにわたり抑圧されてきた彼女の人生そのものの反抗だった。
幼少から義務に縛られ、王太子に従うことを強いられ、自由を奪われ続けてきた令嬢が、ようやく自分自身の選択をした瞬間。
沈黙が広間を支配する。
その静寂は、決して拒絶ではなかった。むしろ、人々の心に火を灯すような熱を帯びていた。
⸻
「……愚かだ」
やがて、アイクは呟く。
「そんなことが……お前にできるはずがない」
だが、その声に力はなかった。
兵士たちは動かない。廷臣たちも誰ひとりとして彼を支持しようとしない。
むしろ彼らの視線は、揺るぎない誓いを告げたカトリーヌに向けられていた。
アイクは敗北を悟ったのだろう。
憔悴しきった顔で俯き、兵に囲まれて広間から退場していく。
その姿に哀れみを向ける者は、もはや誰もいなかった。
⸻
重たい扉が閉ざされる音が響き渡り、静寂が訪れる。
だがその静けさは、不安ではなかった。むしろ、新しい未来の胎動を告げるものだった。
カトリーヌは深く息を吸う。
胸の奥に宿る恐怖を押し込み、それ以上に強い決意を抱きしめる。
――私はもう、与えられた未来に従うだけの人形ではない。
――私は、自ら選び取った未来を歩む。
その誓いと共に、令嬢カトリーヌの人生は大きく転換を迎えた。
この瞬間から、彼女は「運命を背負う令嬢」ではなく――「運命を切り拓く女」となったのだった。
◆
玉座の間に響いた扉の閉ざされる音が遠ざかり、重苦しい一日の幕がようやく下りた。
人々の視線と熱気に晒され続けていたカトリーヌは、誰もいない後宮の庭へと歩を進める。
夜風が頬を撫でる。夏の余韻を残した秋の風は、張り詰めた胸を少しだけ緩めてくれる。
見上げれば、星々が静かに瞬き、まるで新しい時代の始まりを告げるかのように空を彩っていた。
「……やっと、言えたわ」
小さく零した声は、夜気に溶けて消えていく。
王政を打倒する――そんな言葉を、あの場で宣言する日が来るとは思わなかった。
恐れもある。だがそれ以上に、自らの意志で未来を選んだという実感が胸を満たしていた。
その背に、足音が近づく。
振り返ると、そこに立っていたのは、騎士団長代理にして第二王子の腹心――レオンだった。
「……おひとりで、冷え込む庭におられては体を崩されます」
「レオン……。あなたも、見ていたのね」
彼は一歩進み、月光を浴びた金茶の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめた。
騎士としての冷静な眼差しではない。そこに宿るのは、確かな熱と、抑えきれない想い。
「覚悟を決められたのですね」
「ええ。私はもう、誰かに与えられた立場に従うだけの存在ではありません。この国を変える――王政を打倒し、民を導く覚悟をしました」
言いながら、胸の奥が震える。
それは恐怖の震えでもあり、同時に喜びの震えでもあった。
彼女は初めて、誰かに言われた未来ではなく、自分で選んだ未来を抱きしめていたのだ。
レオンは彼女の近くまで歩み寄る。風に揺れる外套の裾が、カトリーヌのドレスをかすかに撫でた。
「ならば――私も覚悟を決めましょう」
「……え?」
「貴女が女王となる未来を選ぶのなら、私はその隣で剣となり、盾となり、命を賭して支えます。そして……」
言葉を切り、彼は深く息を吸う。
次の瞬間、その瞳が真摯な光に満ちた。
「ひとりの男として、貴女を愛し抜きます」
その告白は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも不器用だった。
だが、だからこそ胸を打つ。
王妃教育の中で「愛」というものを遠ざけられ、義務と責任しか知らなかったカトリーヌの心に、温かな光が差し込む。
「……レオン……」
頬を伝うのは涙だった。自分でも気づかぬうちに、抑えてきた感情が決壊していた。
彼女は震える声で問いかける。
「私……本当に……愛されてもいいの?」
「ええ」
彼は即座に答えた。迷いなど微塵もない。
「運命ではなく、貴女自身の選択として」
その言葉に、胸が大きく波打つ。
義務ではなく、選択。
誰かに決められた未来ではなく、自分の意志で選んだ愛。
カトリーヌは震える唇をかすかに開き、答えを返した。
「――私も、あなたを選びます」
レオンはその手をそっと取り、温もりを込めて握り締める。
硬く鍛えられた掌と、華奢で柔らかな指先が重なり合う。
その瞬間、彼女は確かに感じた。
未来がどれほど困難であろうとも、この人となら進んでいける、と。
空には満天の星が輝き、まるで二人を祝福するかのように瞬いていた。
――王国は変わる。
――彼女の手で。そして、その隣にいる愛すべき人と共に。
それはまだ始まりにすぎない。
けれど確かに、カトリーヌは「運命に従う令嬢」から「運命を選ぶ女」へと生まれ変わったのだった。
そして彼女の物語は、愛と共に、新しい一歩を踏み出した。
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