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第四話 女神の試練
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そういえば彼の顎髭もこの十日間でずいぶんと伸びてしまったな、髭剃りを購入しないといけないなどと思いつつ、イザベラは首を小さく横に振る。
「まず行く宛がない」
「両親はどうした?」
「いるけれど、実家に戻っても追い出されるだけよ」
「修行放り出してきたと、怒られるからか?」
「それもあるけれど」
「けれど?」
「この顔がね? 醜いでしょ? 実家に戻ったら、姉と妹の家族がいるの。だから、いい顔をされない」
いつものように腫れ上がった左目を片方の指先で差して、イザベラは言った。
ブレイクは家族? と不思議そうな顔になる。姉はまだ分かる。イザベラは確か十四歳のはずだ。王国の女性は十六歳で成人を迎える。
それ以前に結婚することは、庶民の間ではあまりない。
あるとすれば、それは法律によってさらに若く、十二歳で成人を認められる貴族の令嬢くらいだ。
「家に恥をかかせるなと言われるのが、理由か。実家はどこの貴族だ」
「……ブレイクには関係ない。早く息子さん達がやってきて早くここから出て行くのが、一番よ」
どこか切なそうにイザベラは話題を切り上げた。
現状を割り切ることでしか生きていけない彼女の触れてはいけない部分に触れたらしい。ブレイクはそう思うも、質問を変えて口にする。
「この十日間、朝と夜の食事を共にしてきたがひどい内容だった。刑務所の中の囚人にも劣る様な質の悪いものばかりだ。どうしてこの環境に甘んじている」
「だからブレイクには……」
「関係なかったな。すまなかった」
「……っ。謝らないでよ! あなたが悪いわけじゃないんだから。わたしがそうしているだけだから」
珍しく素直に謝った老人に機先を削がれてしまい、イザベラは言葉に詰まった。
泣き言を口にするつもりはなかったのに、つい繰り言のように言葉を発して顔を赤くする。
「自分で自分を不幸にさらすのがお前の趣味ならわしは何も言わんが。妹に関係しているような口ぶりだな」
「あの子はそんなんじゃない。もう行くから」
イザベラは荷物を手にすると、後を振り向かずに出て行ってしまった。
むう、と老人はベッドの中で唸る。
枕元に置いた幾つかの本を手にして、それを借りに図書館に行った時のことをなんとなく思い出して、更に唸ってしまった。
『ジェシカ様に比べてあの子はほら、本当に醜いでしょう? うちは美の女神様の神殿だから、ああいった醜い者でも置いてやるだけで、格が上がるのよ』
『妹様は聖女候補にまでなっているってのに、あの姉はろくでなしだよ。醜いし、魔法の才覚も弱い。片方の目が見えないから、普通の奴ではやらかさないようなミスをしでかす。この前も、神官長の大事にしていた花瓶を落として割ったばかりだ。本当にろくでなしだよ、恥があるならさっさと出て行けばいいのに』
『イザベラがここに来てからもう10年ぐらいかな? 最初のころは妹様よりも魔法に秀でていたんだが、ある日を境に目が腫れたせいか、魔法が使えなくなった。あの子もいるだけで心が辛い辛いだろうな』
『あー、イザベラ? あの無能で腐った片割れのこと? あれはろくでもない女だよ。いつも片目が見えないからって奉仕を許されてるし』
『あれなあ。ほら、片目だろ? 冒険者の手伝いをして、小遣い稼ぎをしてるって噂だ。神殿から規定の給金を貰っているのに、目が見えないって理由で、奉仕を免除されているらしい』
奉仕。
神殿に仕える者はその身を犠牲にして、人々の役に立つ仕事をしなければならない。無償で。
『だけど、これは噂だけどな。あの二人は双子だから、よく似ている。髪の色や目の色が違うが、並べたらそっくりだ。だから、美しい妹様に悪い印象がつかないように上が配慮してるって話だ』
配慮。
有能だと噂の妹ジェシカは美しく、聖女候補にまでなっている。
人々の目に付く場所で奉仕させると、まかり間違ってイザベラをジェシカと見間違う人が出る可能性がある。
だから、神殿はイザベラを密かに隠しているのだという。妹を際立たせるために。
『そうは言ってもあの子は結構優しい。気立てのいい子だよ、負けん気が強くて言葉が荒いからなかなかそう見えんがね』
この部屋がある階に住む、他の使用人たちはそんなことを言う。
妹のジェシカは才能に溺れるあまり、自分よりも立場が下の者たちを侮辱したり、時には手を挙げたりする差別をするという。
だが、姉のイザベラを悪く言う者はいなかった。
みんなが彼女の容姿を話題にし、不憫だと言い、妹を引き立てるためにこんな地下に押し込められても文句ひとつ言わず耐えていることを褒め、そして最後にはけなした。
『嫌なら出て行けばいいんだよ。それができないあの子は、やっぱり弱いんだろうな。妹に甘えているんだろ。本当に嫌だったら残ったりしないからね』
それは正しい、とブレイクは思った。
人間はどんなに我慢強い者であっても、本当に嫌ならばその場所から身を引くものだ。
妻や子供、両親や親戚、仲間など捨てていけない存在があればまだどうにか耐え、生き抜く道を模索するだろう。他人から見ればイザベラは冒険者の手伝いなどもできるし、治癒魔法も使える。
神殿で長く居続ける理由にはならないとみんなが思ったとしても、それは間違いではない。
立ち去れない者にはそれなりの理由がある。
王族や貴族や、なにがしかの地位にある者、生まれながらに与えられた責務から逃れられない者などがそれに当たる。少なくとも、イザベラに与えられた公的な使命はないはずだ。
「分かる者にしか分からんということか。10年は長い……女神も酷なことを成される」
老人は、この神殿のどこかで信徒たちを見守っているはずの女神を探すかのように、じっと地下から天井を眺めていた。
「まず行く宛がない」
「両親はどうした?」
「いるけれど、実家に戻っても追い出されるだけよ」
「修行放り出してきたと、怒られるからか?」
「それもあるけれど」
「けれど?」
「この顔がね? 醜いでしょ? 実家に戻ったら、姉と妹の家族がいるの。だから、いい顔をされない」
いつものように腫れ上がった左目を片方の指先で差して、イザベラは言った。
ブレイクは家族? と不思議そうな顔になる。姉はまだ分かる。イザベラは確か十四歳のはずだ。王国の女性は十六歳で成人を迎える。
それ以前に結婚することは、庶民の間ではあまりない。
あるとすれば、それは法律によってさらに若く、十二歳で成人を認められる貴族の令嬢くらいだ。
「家に恥をかかせるなと言われるのが、理由か。実家はどこの貴族だ」
「……ブレイクには関係ない。早く息子さん達がやってきて早くここから出て行くのが、一番よ」
どこか切なそうにイザベラは話題を切り上げた。
現状を割り切ることでしか生きていけない彼女の触れてはいけない部分に触れたらしい。ブレイクはそう思うも、質問を変えて口にする。
「この十日間、朝と夜の食事を共にしてきたがひどい内容だった。刑務所の中の囚人にも劣る様な質の悪いものばかりだ。どうしてこの環境に甘んじている」
「だからブレイクには……」
「関係なかったな。すまなかった」
「……っ。謝らないでよ! あなたが悪いわけじゃないんだから。わたしがそうしているだけだから」
珍しく素直に謝った老人に機先を削がれてしまい、イザベラは言葉に詰まった。
泣き言を口にするつもりはなかったのに、つい繰り言のように言葉を発して顔を赤くする。
「自分で自分を不幸にさらすのがお前の趣味ならわしは何も言わんが。妹に関係しているような口ぶりだな」
「あの子はそんなんじゃない。もう行くから」
イザベラは荷物を手にすると、後を振り向かずに出て行ってしまった。
むう、と老人はベッドの中で唸る。
枕元に置いた幾つかの本を手にして、それを借りに図書館に行った時のことをなんとなく思い出して、更に唸ってしまった。
『ジェシカ様に比べてあの子はほら、本当に醜いでしょう? うちは美の女神様の神殿だから、ああいった醜い者でも置いてやるだけで、格が上がるのよ』
『妹様は聖女候補にまでなっているってのに、あの姉はろくでなしだよ。醜いし、魔法の才覚も弱い。片方の目が見えないから、普通の奴ではやらかさないようなミスをしでかす。この前も、神官長の大事にしていた花瓶を落として割ったばかりだ。本当にろくでなしだよ、恥があるならさっさと出て行けばいいのに』
『イザベラがここに来てからもう10年ぐらいかな? 最初のころは妹様よりも魔法に秀でていたんだが、ある日を境に目が腫れたせいか、魔法が使えなくなった。あの子もいるだけで心が辛い辛いだろうな』
『あー、イザベラ? あの無能で腐った片割れのこと? あれはろくでもない女だよ。いつも片目が見えないからって奉仕を許されてるし』
『あれなあ。ほら、片目だろ? 冒険者の手伝いをして、小遣い稼ぎをしてるって噂だ。神殿から規定の給金を貰っているのに、目が見えないって理由で、奉仕を免除されているらしい』
奉仕。
神殿に仕える者はその身を犠牲にして、人々の役に立つ仕事をしなければならない。無償で。
『だけど、これは噂だけどな。あの二人は双子だから、よく似ている。髪の色や目の色が違うが、並べたらそっくりだ。だから、美しい妹様に悪い印象がつかないように上が配慮してるって話だ』
配慮。
有能だと噂の妹ジェシカは美しく、聖女候補にまでなっている。
人々の目に付く場所で奉仕させると、まかり間違ってイザベラをジェシカと見間違う人が出る可能性がある。
だから、神殿はイザベラを密かに隠しているのだという。妹を際立たせるために。
『そうは言ってもあの子は結構優しい。気立てのいい子だよ、負けん気が強くて言葉が荒いからなかなかそう見えんがね』
この部屋がある階に住む、他の使用人たちはそんなことを言う。
妹のジェシカは才能に溺れるあまり、自分よりも立場が下の者たちを侮辱したり、時には手を挙げたりする差別をするという。
だが、姉のイザベラを悪く言う者はいなかった。
みんなが彼女の容姿を話題にし、不憫だと言い、妹を引き立てるためにこんな地下に押し込められても文句ひとつ言わず耐えていることを褒め、そして最後にはけなした。
『嫌なら出て行けばいいんだよ。それができないあの子は、やっぱり弱いんだろうな。妹に甘えているんだろ。本当に嫌だったら残ったりしないからね』
それは正しい、とブレイクは思った。
人間はどんなに我慢強い者であっても、本当に嫌ならばその場所から身を引くものだ。
妻や子供、両親や親戚、仲間など捨てていけない存在があればまだどうにか耐え、生き抜く道を模索するだろう。他人から見ればイザベラは冒険者の手伝いなどもできるし、治癒魔法も使える。
神殿で長く居続ける理由にはならないとみんなが思ったとしても、それは間違いではない。
立ち去れない者にはそれなりの理由がある。
王族や貴族や、なにがしかの地位にある者、生まれながらに与えられた責務から逃れられない者などがそれに当たる。少なくとも、イザベラに与えられた公的な使命はないはずだ。
「分かる者にしか分からんということか。10年は長い……女神も酷なことを成される」
老人は、この神殿のどこかで信徒たちを見守っているはずの女神を探すかのように、じっと地下から天井を眺めていた。
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