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第五話 姉の想い
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神殿学校での講義が終わったのが昼過ぎのこと。
イザベラにはそれから本日の奉仕活動として、寒風さぶく冬空の下で、神殿裏の排水溝に溜まった泥を掻きだすという役割が割り当てられていた。
その時間まで、一時間ほど余裕があったので、イザベラは朝食だけでは足らずお腹を空かしているだろうブレイクのために、購買でパンと飲みものを購入して、部屋に戻った。
「なんだ? 昼食か。少ないな」
「文句言わないで? あなたの宿代を先払いして、わたしの財布にはもうお金が残ってないの。それで我慢してちょうだい」
「……なら仕方ないな」
「ちゃんと返してよ? 本当にもう、着替えるからこっち来ないでね」
作業着に着替えるためカーテンを引く。
ベッドからブレイクが動く気配はなく、ただ声だけがやってきた。
「分かっていると言っているだろう。銀貨5枚どころか10枚は払ってやる」
「はいはい。そんなにお金持ちだったらこんなところにいないでしょ」
開けると返事を返すイザベラはさっさと着替えを済ませると、カーテンを開けた。
老人はパンを半分頬張り、残りを彼女に突っ返して来た。
「何よ?」
「半分こだ。代金はちゃんと払うから心配するな。わしは本当は金持ちなんだ」
「はいはい、そのセリフはこの十日間聞き飽きたわよ。それより、息子さんはいつ来るの?」
「今日か明日には着くと思う」
「そう。だけどどうやってそれを知るつもり?」
彼がこの場所に仮住まいしていることを、ブレイクの息子達は知っているのだろうか?
なんとなく心配して訊ねたら、彼はあの乱暴の最中でも手放さなかった、片手に光る指輪を出してきた。
「え? もしかして通信魔導具? そんな高価なものをどこで手に入れたのよ。まさか本当に……」
イザベラの手がわなわなと震える。
老人の指を飾るそれは、見た目にも高価な銀細工。更にそこに通信機能を備えた魔導具ともなると、軽く金貨数枚はする値段だ。
自分の年収の数倍はする貴重な品物を前に、イザベラの両目は驚きに見開かれた。
彼女の反応を面白がるようにブレイクはふふんっと自慢げに鼻を鳴らす。
「どうだ素晴らしいだろう? こんな高価なものを持っているわしのことを貧乏に扱いするのか?」
「だって、どこから盗んできたのそんなもの!」
「失礼だな! 最初から身につけていたではないか」
「知ってるわよ! でもただの指輪だと思ってた。それほど小さいものは市場にも滅多に出回ってない。冒険者たちの手伝いをして働くことがあるけれど、Cランク。中級冒険者でもなかなか手にしない代物よ? あなたみたいな行き倒れの老人が身につけているのはどう考えてもおかしいでしょ」
「失礼な奴だな! これは私がずっと持っていたものだ。おかしいといえばお前こそ、そうやって冒険者の手伝いをできるくせに、なぜこんな場所にずっと住んでいる? いつでも出ていけるだけの腕を持っているはずだ。治癒魔法も使える」
問われてイザベラの顔は曇った。
あなたには関係ない、お定まりの言葉が繰り返されるだけだ。
ブレイクは試しに提案をしてみた。
もしここを出ていけるほどの金額が手に入ったらどうするのか。そんな興味が湧いたからだ。
「仮にわしが金貨百枚を払ったとしたらどうする? 出て行くのか?」
「はあ? あなたがそんな大金を用意できるとも思えないけれど……無理よ。妹がいる」
「妹がいるから出て行かないのか? それとも出て行けないのか、どっちなんだ」
「はあ……せっかく気分がいいから昼食を持って来たのに、こんなに嫌な気分にされるくらいなら、あなたを助けるんじゃなかった」
もうこの話はうんざり、とイザベラはカーテンを引き出て行こうとする。
その背中にブレイクの質問が刺さった。
「本を借りに行った。みんながお前のことを悪し様に言う。それほどに妹が大事か?」
「……大事よ」
「腐った片割れと言われても平気なのか? 実の姉にそんな悪口を吐く妹だぞ?」
「あの子のこと悪く言わないで! ジェシカはまだ世間を知らないだけ。冒険者たちに混じったり、家のない人々と交わったりして奉仕活動してきたわたしと違って、あの子は外に出たことがないの」
「だがそれは、姉を口汚く罵る原因にはならんだろ」
「他の子には目標があるから、仕方がないわ。これ以上この話題について言及するつもりなら出て行って」
カーテンの向こうから聞こえてくるイザベラの声は、どこか後悔を含んでいた。
なぜ自分が悪いと思い込んでいるのか。その理由がなんとなくわかるブレイクは、それ以上の追求をやめる。
「心配せんでもあとしばらくしたら出て行く。息子達から連絡があれば、早々にな」
「そう。それはいいことね。あなたもこんな悲惨な場所から早く光のある場所に戻るべきよ。家族がいるなら」
もう行くから。イザベラはまた扉の向こうに消えて、室内を妙に重たい沈黙が支配する。
それを打ち消すように指輪が小さく音を鳴らすと、ブレイクはにやりと顔を歪ませた。
イザベラにはそれから本日の奉仕活動として、寒風さぶく冬空の下で、神殿裏の排水溝に溜まった泥を掻きだすという役割が割り当てられていた。
その時間まで、一時間ほど余裕があったので、イザベラは朝食だけでは足らずお腹を空かしているだろうブレイクのために、購買でパンと飲みものを購入して、部屋に戻った。
「なんだ? 昼食か。少ないな」
「文句言わないで? あなたの宿代を先払いして、わたしの財布にはもうお金が残ってないの。それで我慢してちょうだい」
「……なら仕方ないな」
「ちゃんと返してよ? 本当にもう、着替えるからこっち来ないでね」
作業着に着替えるためカーテンを引く。
ベッドからブレイクが動く気配はなく、ただ声だけがやってきた。
「分かっていると言っているだろう。銀貨5枚どころか10枚は払ってやる」
「はいはい。そんなにお金持ちだったらこんなところにいないでしょ」
開けると返事を返すイザベラはさっさと着替えを済ませると、カーテンを開けた。
老人はパンを半分頬張り、残りを彼女に突っ返して来た。
「何よ?」
「半分こだ。代金はちゃんと払うから心配するな。わしは本当は金持ちなんだ」
「はいはい、そのセリフはこの十日間聞き飽きたわよ。それより、息子さんはいつ来るの?」
「今日か明日には着くと思う」
「そう。だけどどうやってそれを知るつもり?」
彼がこの場所に仮住まいしていることを、ブレイクの息子達は知っているのだろうか?
なんとなく心配して訊ねたら、彼はあの乱暴の最中でも手放さなかった、片手に光る指輪を出してきた。
「え? もしかして通信魔導具? そんな高価なものをどこで手に入れたのよ。まさか本当に……」
イザベラの手がわなわなと震える。
老人の指を飾るそれは、見た目にも高価な銀細工。更にそこに通信機能を備えた魔導具ともなると、軽く金貨数枚はする値段だ。
自分の年収の数倍はする貴重な品物を前に、イザベラの両目は驚きに見開かれた。
彼女の反応を面白がるようにブレイクはふふんっと自慢げに鼻を鳴らす。
「どうだ素晴らしいだろう? こんな高価なものを持っているわしのことを貧乏に扱いするのか?」
「だって、どこから盗んできたのそんなもの!」
「失礼だな! 最初から身につけていたではないか」
「知ってるわよ! でもただの指輪だと思ってた。それほど小さいものは市場にも滅多に出回ってない。冒険者たちの手伝いをして働くことがあるけれど、Cランク。中級冒険者でもなかなか手にしない代物よ? あなたみたいな行き倒れの老人が身につけているのはどう考えてもおかしいでしょ」
「失礼な奴だな! これは私がずっと持っていたものだ。おかしいといえばお前こそ、そうやって冒険者の手伝いをできるくせに、なぜこんな場所にずっと住んでいる? いつでも出ていけるだけの腕を持っているはずだ。治癒魔法も使える」
問われてイザベラの顔は曇った。
あなたには関係ない、お定まりの言葉が繰り返されるだけだ。
ブレイクは試しに提案をしてみた。
もしここを出ていけるほどの金額が手に入ったらどうするのか。そんな興味が湧いたからだ。
「仮にわしが金貨百枚を払ったとしたらどうする? 出て行くのか?」
「はあ? あなたがそんな大金を用意できるとも思えないけれど……無理よ。妹がいる」
「妹がいるから出て行かないのか? それとも出て行けないのか、どっちなんだ」
「はあ……せっかく気分がいいから昼食を持って来たのに、こんなに嫌な気分にされるくらいなら、あなたを助けるんじゃなかった」
もうこの話はうんざり、とイザベラはカーテンを引き出て行こうとする。
その背中にブレイクの質問が刺さった。
「本を借りに行った。みんながお前のことを悪し様に言う。それほどに妹が大事か?」
「……大事よ」
「腐った片割れと言われても平気なのか? 実の姉にそんな悪口を吐く妹だぞ?」
「あの子のこと悪く言わないで! ジェシカはまだ世間を知らないだけ。冒険者たちに混じったり、家のない人々と交わったりして奉仕活動してきたわたしと違って、あの子は外に出たことがないの」
「だがそれは、姉を口汚く罵る原因にはならんだろ」
「他の子には目標があるから、仕方がないわ。これ以上この話題について言及するつもりなら出て行って」
カーテンの向こうから聞こえてくるイザベラの声は、どこか後悔を含んでいた。
なぜ自分が悪いと思い込んでいるのか。その理由がなんとなくわかるブレイクは、それ以上の追求をやめる。
「心配せんでもあとしばらくしたら出て行く。息子達から連絡があれば、早々にな」
「そう。それはいいことね。あなたもこんな悲惨な場所から早く光のある場所に戻るべきよ。家族がいるなら」
もう行くから。イザベラはまた扉の向こうに消えて、室内を妙に重たい沈黙が支配する。
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