美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

文字の大きさ
5 / 12

第四話 女神の試練

しおりを挟む
 そういえば彼の顎髭もこの十日間でずいぶんと伸びてしまったな、髭剃りを購入しないといけないなどと思いつつ、イザベラは首を小さく横に振る。

「まず行く宛がない」
「両親はどうした?」
「いるけれど、実家に戻っても追い出されるだけよ」
「修行放り出してきたと、怒られるからか?」
「それもあるけれど」
「けれど?」
「この顔がね? 醜いでしょ? 実家に戻ったら、姉と妹の家族がいるの。だから、いい顔をされない」

 いつものように腫れ上がった左目を片方の指先で差して、イザベラは言った。
 ブレイクは家族? と不思議そうな顔になる。姉はまだ分かる。イザベラは確か十四歳のはずだ。王国の女性は十六歳で成人を迎える。

 それ以前に結婚することは、庶民の間ではあまりない。
 あるとすれば、それは法律によってさらに若く、十二歳で成人を認められる貴族の令嬢くらいだ。

「家に恥をかかせるなと言われるのが、理由か。実家はどこの貴族だ」
「……ブレイクには関係ない。早く息子さん達がやってきて早くここから出て行くのが、一番よ」

 どこか切なそうにイザベラは話題を切り上げた。
 現状を割り切ることでしか生きていけない彼女の触れてはいけない部分に触れたらしい。ブレイクはそう思うも、質問を変えて口にする。

「この十日間、朝と夜の食事を共にしてきたがひどい内容だった。刑務所の中の囚人にも劣る様な質の悪いものばかりだ。どうしてこの環境に甘んじている」
「だからブレイクには……」
「関係なかったな。すまなかった」
「……っ。謝らないでよ! あなたが悪いわけじゃないんだから。わたしがそうしているだけだから」

 珍しく素直に謝った老人に機先を削がれてしまい、イザベラは言葉に詰まった。
 泣き言を口にするつもりはなかったのに、つい繰り言のように言葉を発して顔を赤くする。

「自分で自分を不幸にさらすのがお前の趣味ならわしは何も言わんが。妹に関係しているような口ぶりだな」
「あの子はそんなんじゃない。もう行くから」

 イザベラは荷物を手にすると、後を振り向かずに出て行ってしまった。
 むう、と老人はベッドの中で唸る。

 枕元に置いた幾つかの本を手にして、それを借りに図書館に行った時のことをなんとなく思い出して、更に唸ってしまった。

『ジェシカ様に比べてあの子はほら、本当に醜いでしょう? うちは美の女神様の神殿だから、ああいった醜い者でも置いてやるだけで、格が上がるのよ』
『妹様は聖女候補にまでなっているってのに、あの姉はろくでなしだよ。醜いし、魔法の才覚も弱い。片方の目が見えないから、普通の奴ではやらかさないようなミスをしでかす。この前も、神官長の大事にしていた花瓶を落として割ったばかりだ。本当にろくでなしだよ、恥があるならさっさと出て行けばいいのに』
『イザベラがここに来てからもう10年ぐらいかな? 最初のころは妹様よりも魔法に秀でていたんだが、ある日を境に目が腫れたせいか、魔法が使えなくなった。あの子もいるだけで心が辛い辛いだろうな』
『あー、イザベラ? あの無能で腐った片割れのこと? あれはろくでもない女だよ。いつも片目が見えないからって奉仕を許されてるし』
『あれなあ。ほら、片目だろ? 冒険者の手伝いをして、小遣い稼ぎをしてるって噂だ。神殿から規定の給金を貰っているのに、目が見えないって理由で、奉仕を免除されているらしい』

 奉仕。
 神殿に仕える者はその身を犠牲にして、人々の役に立つ仕事をしなければならない。無償で。

『だけど、これは噂だけどな。あの二人は双子だから、よく似ている。髪の色や目の色が違うが、並べたらそっくりだ。だから、美しい妹様に悪い印象がつかないように上が配慮してるって話だ』

 配慮。
 有能だと噂の妹ジェシカは美しく、聖女候補にまでなっている。

 人々の目に付く場所で奉仕させると、まかり間違ってイザベラをジェシカと見間違う人が出る可能性がある。
 だから、神殿はイザベラを密かに隠しているのだという。妹を際立たせるために。

『そうは言ってもあの子は結構優しい。気立てのいい子だよ、負けん気が強くて言葉が荒いからなかなかそう見えんがね』

 この部屋がある階に住む、他の使用人たちはそんなことを言う。
 妹のジェシカは才能に溺れるあまり、自分よりも立場が下の者たちを侮辱したり、時には手を挙げたりする差別をするという。

 だが、姉のイザベラを悪く言う者はいなかった。
 みんなが彼女の容姿を話題にし、不憫だと言い、妹を引き立てるためにこんな地下に押し込められても文句ひとつ言わず耐えていることを褒め、そして最後にはけなした。

『嫌なら出て行けばいいんだよ。それができないあの子は、やっぱり弱いんだろうな。妹に甘えているんだろ。本当に嫌だったら残ったりしないからね』
 
 それは正しい、とブレイクは思った。
 人間はどんなに我慢強い者であっても、本当に嫌ならばその場所から身を引くものだ。

 妻や子供、両親や親戚、仲間など捨てていけない存在があればまだどうにか耐え、生き抜く道を模索するだろう。他人から見ればイザベラは冒険者の手伝いなどもできるし、治癒魔法も使える。

 神殿で長く居続ける理由にはならないとみんなが思ったとしても、それは間違いではない。
 立ち去れない者にはそれなりの理由がある。

 王族や貴族や、なにがしかの地位にある者、生まれながらに与えられた責務から逃れられない者などがそれに当たる。少なくとも、イザベラに与えられた公的な使命はないはずだ。

「分かる者にしか分からんということか。10年は長い……女神も酷なことを成される」

 老人は、この神殿のどこかで信徒たちを見守っているはずの女神を探すかのように、じっと地下から天井を眺めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます

白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。 特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。 だがある日、突然の婚約破棄通告――。 「やはり君とは釣り合わない」 そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。 悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。 しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。 「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」 「よければ、俺が貰ってやろうか?」 冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!? 次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには 「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」 ――溺愛モードが止まらない!

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

白い結婚をご希望ですか? 良いですよ。私はジャガイモと筋肉を育てますので!

松本雀
恋愛
「……いいか、エルゼ。あらかじめ言っておくが、私は君を愛するつもりはない」 「願ったり叶ったりです! 実は私、国境警備隊に幼馴染の恋人がいまして。この結婚が決まった時、二人で『体は売っても心は売らない』って涙ながらに誓い合ったんです。閣下が愛してくださらないなら、私の貞操も守られます! ありがとうございます、公爵閣下!」 「……こいびと?」 ◆ 「君を愛するつもりはない」 冷徹な公爵ギルベルトが新婚初夜に放った非情な宣告。しかし、新妻エルゼの反応は意外なものだった。 「よかった! 実は私、国境警備隊に恋人がいるんです!」 利害が一致したとばかりに秒速で就寝するエルゼ。彼女の目的は、愛なき結婚生活を隠れ蓑に、恋人への想いを込めた「究極のジャガイモ」を育てることだった! 公爵家の庭園を勝手に耕し、プロテインを肥料にするエルゼに、最初は呆れていたギルベルト。だが、彼女のあまりにフリーダムな振る舞いと、恋人への一途(?)な情熱を目の当たりにするうち、冷徹だった彼の心(と筋肉)に異変が起き始めて……!?

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

処理中です...