美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

文字の大きさ
4 / 12

第三話 子ドラゴン並み

しおりを挟む
「奪うなどと人聞きの悪いことを言うでない」
「じゃあ、なによ? 見た目に反して食欲だけは旺盛な老人が強欲を満たそうとしているとでも?」
「酷い物言いをする。わしはただ飢えて死にそうだから食事を恵んでほしいとお願いしているだけだ」
「ええ、そうね! 冬のこの季節に神殿の門前で倒れていたあんたを助けたのが、間違いだったわよ。食事を毎回奪われるなんて……まるで、竜の子供みたいな食欲だわ」

 そうは言うものの、体格のある老人に手のひらサイズのパン一つと牛乳がコップ一杯だけの食事は、どこまでも質素で彼の胃袋を満たさないだろう。
 
 あーあ、また昼までお腹が鳴るわ、とぼやきつつ。
 イザベラは自分にも同じ分量しか与えられていない朝食を、トレイごと彼にそっと渡す。

「誰が竜の子供じゃい。こんな貧相な老人の願いも叶えることはできないのか、神殿の巫女は」
「……どこが貧相な老人よ。わたしは巫女じゃないの。巫女は妹で、こっちは単なる巫女見習い。間違えないで、間違えるとみんなが怒るから」

 老人はあっという間にイザベラの分を食べてしまった。
 もっと欲しいと物欲しそうな目をされるが、もうない。肩をすくめたイザベラに向かい、彼は「ちっ」と舌打ちしてそっぽを向く。

「こうして十日間も厄介になっておいてなんだが。どうして、皆が怒るのだ? 優秀な妹がいれば、姉としても優遇されるだろう、普通は」
「優遇されていたらこんな場所にいると思う?」

 老人の質問に、室内をよく見ろ、とイザベラは大袈裟に掌を返して見せた。
 ベッドに横になった状態から食事のときだけ半身を起こして座る彼は、上下左右をじっと見渡す。

「確かに優遇されているようには見えんな」

 部屋全体に視線を這わしてから、納得するように言った。

「そうでしょ? だってここは、もともと奴隷たちが与えられていた地下部屋だもの。今では神殿の中でも最下層の使用人が寝泊まりする寮になってるけど」
「……だからか。この部屋は地下にあるとはいえ、なんとなく陰気臭いのは」
「失礼なこと言わないで! 苔とかカビが生えないように換気だってちゃんとしているし、掃除だって抜かりないようにやってるんだから。埃の一つも落ちてないでしょ?」

 強欲なジジイが一匹いるけれど、と心の中で付け加えることをイザベラは忘れなかった。
 彼はその一言が聞こえていたかのように、じろりっとこちらを睨みつける。

「巫女見習いといえば、神殿大学でも優秀な生徒がなるべき、役職だ。その生徒がどうしてこんな迫害じみた扱いをうけねばならん」
「さー? どうしてかしら。わたしが目立つ場所にいると嫌がる人もいるのよ。どうでもいいけど、体の調子はどうなの?」

 うむ……。老人ブレイクはイザベラの困ったような素振りを見て、静かに黙った。
 あの日からもう十日になる。宿泊させてやってから、ブレイクの回復は子供の様に早い。

 六十歳か、もしくは七十に近い。
 それほどの高齢者を年若い女の部屋に泊めたところで、まさか力づくで迫られることもないだろう、とイザベラは思ったし、この十日ほど彼は強欲に食欲を満たしはしたが、性欲を満たそうとはしなかった。

 イザベラが着替えを見られないように、ベッドと彼女が寝ることになったソファーの合間にカーテンを敷いても、覗かれることはなかったし、夜中にカーテンを跨いでやってくることもなかった。
 
 イザベラの部屋に泊めているというのに、神殿は強欲でブレイクの宿代をあろうことかイザベラに請求してきたのだ。
 それは泊っている間の食費や、さまざまな別途費用すらも付いてきて、彼女の少ない貯蓄に大打撃を与えた。

「銀貨5枚よ。たった十日泊るだけで、銀貨五枚とか、常軌を逸してるわ、ここは!」
「それはわしもそう思うな。強欲にも程がある」
「あのね! 毎回毎回、わたしの食事を奪うあなたに言われたくないの!」
「ふんっ。老い先短い老人をいじめて楽しいか、お前は?」
「このっ……」

 ブレイクは、老い先短いどころかあと、一世紀は生き延びそうにしぶとい。
 彼の口から泣き言を聞いたところで、イザベラは可哀想とも感じない。心が哀れみて動くこともなかった。

 そうは言っても相手は老人だ。
 いじめるのかと言われたら、はいそうですよ、とは言い返せない。

 拳を握りしめて我慢すると、老人は悪びれもせずに布団の中に潜り込んでしまった。
 イザベラには今から夜まで神殿大学での学びや、市内での奉仕活動が待っている。

 その合間に彼は巫女見習いがせっせと貯めたお金で購入したり、図書館から借りてきた本を使って時を過ごしている。
 優雅なものね、まるでお貴族様みたい。そんな嫌味の一つも言ってやりたくなる。

「わたし、そろそろ行くから。図書館に行くなら、鍵をちゃんとかけてね。盗まれるものなんてないと思うけれど」
「お前の着替え以外ないこんな貧相の部屋に、どこのだれが盗みに入るものか」
「それもそうね。そんな貧相な部屋を提供して、銀貨5枚をせしめ取ろうとしてるんだから、本当に神殿は最悪だわ」
「……ここから出ようと思うことはないのか?」

 ブレイクがこちらに向きを変えて質問する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます

白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。 特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。 だがある日、突然の婚約破棄通告――。 「やはり君とは釣り合わない」 そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。 悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。 しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。 「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」 「よければ、俺が貰ってやろうか?」 冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!? 次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには 「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」 ――溺愛モードが止まらない!

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

白い結婚をご希望ですか? 良いですよ。私はジャガイモと筋肉を育てますので!

松本雀
恋愛
「……いいか、エルゼ。あらかじめ言っておくが、私は君を愛するつもりはない」 「願ったり叶ったりです! 実は私、国境警備隊に幼馴染の恋人がいまして。この結婚が決まった時、二人で『体は売っても心は売らない』って涙ながらに誓い合ったんです。閣下が愛してくださらないなら、私の貞操も守られます! ありがとうございます、公爵閣下!」 「……こいびと?」 ◆ 「君を愛するつもりはない」 冷徹な公爵ギルベルトが新婚初夜に放った非情な宣告。しかし、新妻エルゼの反応は意外なものだった。 「よかった! 実は私、国境警備隊に恋人がいるんです!」 利害が一致したとばかりに秒速で就寝するエルゼ。彼女の目的は、愛なき結婚生活を隠れ蓑に、恋人への想いを込めた「究極のジャガイモ」を育てることだった! 公爵家の庭園を勝手に耕し、プロテインを肥料にするエルゼに、最初は呆れていたギルベルト。だが、彼女のあまりにフリーダムな振る舞いと、恋人への一途(?)な情熱を目の当たりにするうち、冷徹だった彼の心(と筋肉)に異変が起き始めて……!?

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

処理中です...