追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月

文字の大きさ
3 / 9

第3話

しおりを挟む
 そして次の日、やはり昼時に再び蹄の音が聞こえてきた。三度目となればさすがに音で区別がつく、ユリウスの馬だった。

 ノックされる前に扉を開けると、やはりユリウスが馬から降りるところだった。リサが出てきているのを見て眉を吊り上げたが、すぐに「忙しい時間帯にすまないな」と口早に謝罪した。

「いえ……あの、今日は一体……?」
「昨日もらった薬が大変よく効いて助かった」
「あら、それはよかっ――」
「だからその礼をしに来た」
「え? いえあれは扉のお礼で……」

 お礼にお礼は不要です、そう口にする前にユリウスは馬から荷物をおろす。その手にあったのはパンや肉にワイン――騎士団内で配給される食事だった。

「これ……これは、ユリウス様のものではないのですか?」
「俺が礼をするのに俺以外のものを持ってくるわけあるか」
「そういう意味ではありません!」

 薄々気付いていたことだが、リサは遂に確信した。

 このユリウスという騎士団長は、“いい人”なのだ。部下が勝手に村娘を訪ねたことに謝罪し、その不始末と思しきものを当然のように引き受け、自分以外の村と部下の安否しか頭にない。そのせいでところどころ会話が噛みあわない。持ってきた食事も、どう見ても丸々一食分だ。見るからに豪勢ではないところも、このユリウスならば「騎士団長にも部下と同じ食事を」と指示した様子が分かるようだ。

 馬鹿正直と紙一重ともいえる“いい人”。困惑しているうちに、ユリウスは食事の入ったバスケットをリサに押し付けた。

「確かに渡した。では」
「いえ、あの、ですから、薬は扉のお礼でしたし、薬が少々多すぎたとしてもこの食事こそお礼にしてはいただきすぎで……」
「俺は見合うと判断した」

 リサの薬にはそれだけの価値があった――そう言ってもらえるのは嬉しく、つい頬を緩めてしまうが、もらい過ぎには変わりない。その不釣り合いな対価関係を受け入れるわけにはいかなかった。が、ユリウスは耳を貸さずに馬に乗ろうとしている。

「では、一緒にいただきませんか」

 手綱を引き、今にも駆けようとしていた手が止まる。急に命令を変えられた馬はブルルッと少し憤慨し、ユリウスの手が「悪かった」とその首を撫でた。

「……それは貴様にやった。俺の食事ではない」
「私がいただいたものですから、私が誰と食べようと自由でしょう?」

 じと……と黒い目が再びリサを睨み付ける。しかし、初めて会ったときとは異なり全く怖くない。なんならおそらく、睨んでいるつもりはない。考え込んで難しい顔になっている、その程度なのではないか。目つきが悪くて損するタイプかもしれない。

「……では世話になる」

 ユリウスを小屋に招き入れたリサは、テーブル越しにユリウスを見て少々不思議な気分になった。ただでさえこの村には若い男はいないうえ、ユリウスは平均的な男性よりも体格がいい。そのせいで、小屋の中にいるユリウスが、ごっこ遊びの家の中に入ってきた大人のように見えてしまうのだ。

 山羊の乳とチーズを用意しながらユリウスを見ていたリサは、その違和感にふふっと笑いを零してしまう。

「なんだ。俺の顔がおかしかったのか」
「いえ、珍しいお客がいるものだと思ってしまったのです。いま、騎士団はお昼の休憩時間ですか?」

 パンにナイフを入れると、思ったよりは硬かったが、それでも普段口にするパンよりはずっと柔らかかった。この土地では豪華な食事をとることはできないとはいえ、騎士団であればそれなりのものは配給されているのだろう。

 午後、カスパーが来る予定だからとっておこう。そうしてパンの半分をユリウスの前に置き、もう半分をバスケットに戻すと、途端にユリウスの顔が険を帯びた。

「やってくる村の連中に分けるつもりか?」
「え? ええ……」
「俺は貴様の薬の対価としてこの食事を持ってきたんだが」

 トンッと指がテーブルを打つ。

「対価に不釣り合いだと半分返すのはまだ分かる。が――施しの精神はご立派だが――俺にも失礼だと思わないのか」

 そう言われて初めて自分の過ちに気付き、リサははっと息をのむ。今度は本当に睨まれていた。

「……それは……そのとおりでございました。せっかくのご厚意を無下にしまして、失礼しました」
「大体、そのたった半分のパンで何ができる。一人の老人に与えてそれで終いだ。そのとき他の連中にはなにを渡す? 同じパンを食わせてやれないなら、まあ確かに貴様は“聖女のようだ”とは呼ばれなくなるだろうな」

 鋭い言葉に、キリッと胸が痛んだ。

 “なぜ私はだめなのですか?”“私が貴族ではないからですか?”――そう言われたことがあった。

 “他人を差別するあなたは聖女なんかじゃない”と。

「……パンを渡すのは、貴様ではなく我々だ」

 顔を上げると、ユリウスはもうリサを睨んではいなかった。

「人は貪欲だ。与えられたものに最初は感謝しても、いつか当たり前になり、感謝しなくなる。過剰に与えれば、その過剰さを裕福さと勘違いして筋違いの恨みや妬みさえ抱く。身の丈に合わぬ施しを与えれば、貴様も村人も不幸になるぞ」
「……この村の人は、そんな方ではありません」
「そうかもしれんな。しかし過剰な善意は他人を狂わせる」

 黙り込んだリサの前で、ユリウスは自分のパンをかじった。自分のものをバスケットに戻して村人へ分け与える足しにすればいい――なんて躊躇いは微塵も見えなかった。

「失うことに合理はなくとも、得るためには対価が必要だ。貴様は仕事をしたから食事という対価を得た。村の連中も食事を欲するなら対価を要する。分かったら黙って食え」

 “この子を治して”“だって“簡単に治すことができるんでしょう”――リサはまた昔のことを思い出す。

「……はい」

 そっとパンにかじりつく。切ったときに感じたとおり、スープに浸す必要がないほど柔らかかった。

 でも、本当に、自分だけがこれを食べていていいのだろうか。心がまだ晴れないでいると、ユリウスが溜息を零した。

「……村の連中が既に対価を払っているのは承知している」
「……え?」
「この地は辺境ゆえに紛争も多く、騎士団《われわれ》のために特別な負担も課せられてきた。そのわりに、いやそれゆえにというべきか、生活が貧しいのはここ数日で見てとれた。責任を持って我々が対処するから、余計なことはするな」

 それきりユリウスは黙って食事を続けた。リサもパンをかじりながら、じっとユリウスの言葉を考えていた。

 食事を終えると、ユリウスは「邪魔をした」とすぐに立ち上がり小屋を出て行く。答えを得たリサは、その後ろ姿を追いかけた。

「私の薬、買い取っていただけますか?」

 馬に乗ったユリウスは答えなかった。リサはさらに付け加える。

「薬草を摘むだけでしたら、私以外の人にもできます。森に入る体力のない人には煎じてもらいます。それでいかがでしょう?」

 そこまで聞いて、初めてユリウスは笑みを零した。会って三度目にして初めて見る笑みに、リサの心臓が少し跳ねる。

「いいだろう。いつ取りにくればいい」
「三日後……いえ、二日後の夕暮れに」
「承知した。質のいいものを頼む、リサ」

 あれ、名前、知ってたんだ。後ろ姿を見送りながら、驚きの混ざった不可解な感情が、胸を鳴らしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

処理中です...