転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない

潮海璃月

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第5話 失恋同盟

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 とんでもないお茶会の次の日、学院でアントワネットに呼びだされて「んげ」なんて淑女らしからぬ声が出てしまった。断ればよかったのだが、アントワネットの顔にかつての険しさが戻っているのを見ると「あ、これは拒否ったら明日馬糞に突っ込まされるヤツだな」と気づいてしまった。

 お陰でいま、誰もいない講義室に二人きりである。

「ちょっと、シルヴィア、一体どうなってるのよ? どうして貴女がベル王子に婚姻を申し込まれているの?」 

 絶対そのことだと思ったー。ここまで猿でも用件が分かる呼び出しなんてそうそうない。

「……そういうことは私じゃなくてベルンハルト殿下に聞いてもらわないと。申し込んだのはベルンハルト殿下側なんだし。いやロード・ルトガーなのかなこの場合」
「でもおかしいじゃない、新年パーティでたまたま意気投合して踊りまでするなんて! 新年パーティで踊ることができるのはヒロインだけよ!」

 そうは言われても、偶然意気投合して踊りを申し込まれたのだから仕方がないのである。なお、うっかりバグによって私がヒロインになっているわけではない。本物のヒロインは今日も今日とてフレデリク殿下と仲良くやっている。

「おかしい、絶対おかしいわ。さてはシルヴィア――」

 ここにきて前世がバレてしまうか。両肩を強く掴まれ身構えたが。

「貴女も転生者で、『カルカル』をプレイしたことがあるんでしょう!?」
「いやごめん聞いたことすらなかったわ」

 そうきたか……。有名な乙女ゲーなのかなんなのか知らないが、世の中には恋愛シミュレーションゲームをする人種としない人種がいるということを分かってもらいたい。私がプレイしたことがあるのは格ゲーくらいだ。

「そんなはずないわ。だってお茶会で二人の好みに合わせた紅茶やお菓子を出していたじゃない!」
「紅茶は男性一般の好みに合わせただけだし、お菓子は試行錯誤であって最初から好みドンピシャを出したわけじゃなかったし……」
「ああ、そう。どうしても手の内を明かさないってわけね」

 話を聞け? 改心したと思っていた水島さん入りのアントワネットは、そうして鋭く私を睨み付けた。

「言っておくけど、ベル王子ルートは最高難易度、トゥルーエンド以外バッドエンドなんだから! 覚悟しておきなさいよね!」

 エンドにtrueとbadがあるということはfalseとgoodもあるのか。複数パターンがあって確かに大変そうだなあ、なんて感想を抱いているうちに、アントワネットはわざと肩をぶつけて擦れ違い、乱暴に講義室を出て行った。まあ元から親友でもなんでもなく、ただの時を超えた恋敵だったからね、いつかこうなる運命だったよね。

 そんなこんなで、棚から牡丹餅的にアントワネットの親友じゅばくから解放された。ベルンハルト殿下の挙動は不審極まりないが、これはなんて喜ばしいことだろう。

 胸を撫で下ろしながら軽い足取りで学園を出た後、しかしベルンハルト殿下とロード・ルトガーを見つけてゲッと顔を引きつらせてしまった。しかも二人ともさすが軍事大国の人間、私が近くにいると声をかける前に揃って振り向く。いわく「足音で分かる」のだそうだ。犬じゃあるまいし。

「こんにちは、レディ・シルヴィア。美しすぎて百合の花が歩いているのかと思ってしまいましたよ」
「今日もお元気そうで何よりです、ロード・ルトガー。……ベルンハルト殿下も」
「……レディ・シルヴィアもな」

 まるでロード・ルトガーのほうが私を口説いているかのようである。無論、会うたび詩作にふけってましたかと訊ねたくなるような口説き文句は慣れてないし求めてもいないので、ベルンハルト殿下のちょっと無愛想な態度のほうが好ましいのだが。

「お二人はもうお帰りですか」
「ああ、少し町を見て回ろうと思っている。レディ・シルヴィアも、暇なら付き合ってくれないか」

 すかさずロード・ルトガーがニヤつき、その脇腹が剣の柄で殴られていた。

 ふーむ、デートの誘いか。お友達からと答えた手前、断るのはよろしくない。特に営業は飲みの誘いを断らないものだ。飲み会じゃないけど。

「ではご一緒させていただきます。せっかくなのでご案内しますよ」

 それに、隣国王子とその護衛をもてなすのは貴族の役目だ。

 二人はまだ町を歩いたことがなかったらしく、揃って物珍しそうに店を眺めていた。ロード・ルトガーは(女を口説くためか)オシャレなカフェに目がないし、ベルンハルト殿下は護衛そっちのけで鍛冶屋に興味津々だった。しかも、ただそれだけなのに二人揃って町中の女性の視線を集めてしまう。これが背景だったなんて、キャラデザ担当の遊び心に職人魂がこもり過ぎているとしか言いようがない。

「そういえば殿下、あちらの焼き菓子は殿下好みだと思いますよ。甘さ控えめですし、セットのカフェも苦みと深みが絶妙です」
「ちょうどいい、少し休憩しよう」

 ほらまた、こうしてお店に入るだけで「いらっしゃいませ――……」と振り向いた従業員は言葉を失うし、カウンターの店員さんだって頬を染めて間抜けに口を開けている。この二人には特殊能力「無差別魅了」とかでも備わっているのだろうか。

「レディ・シルヴィア、おすすめの焼き菓子とやらはどれだ?」
「このマドレーヌです。飲み物はフラット・ホワイトですね」
「君は何を頼む」
「マドレーヌとフラット・ホワイトですかねえ」

 ぼんやり答えながらメニュー表を眺め、しかし考えてみるとここがゲーム世界だというのは納得がいくなあ、と改めて一人頷く。

 この世界で暮らしてはや十六年、文化・文明・地理的に舞台は中世ヨーロッパあたりだろうと当たりはついていたのだが、前世の日本並みの清潔感と利便性を備えているのが不思議でならなかったのだ。もちろん魔法のお陰はあるのだろうけれど、ゲームの世界が現実になったのだとすれば納得がいく。食べ物や飲み物のバリエーションについても然りだ。

 ただ、生きている人達もといキャラクターに関しては未だに不思議でならない。プレイしたことのない私にとってこれはまごうことなき現実で、動いている人間は生きている人間だ。モブなら話しかけても同じ台詞を繰り返すのかもなんて仮定は、私こそがそのモブであることによって誤りと証明されている。父上には「お前は頼むから社交場では口を閉じておくか『そうですわね』を繰り返してくれ」と言われてしまうほど、同じ台詞を繰り返さないとおりこして余計なことばかり口走ってしまうモブ、それが私だ。

 しかし、背景から攻略対象に昇格したというのに、そのモブに求婚するとはどういうことなのだろう。私がモブ顔じゃない、というかむしろヒロイン顔のせいでうっかり一目惚れされたのだろうか。

 有り得る。アントワネットいわくフレデリク殿下もダメ男らしいし、うっかりバグで仕様変更でも起こっているのかもしれない。

「レディ・シルヴィア、暖炉近くの席が空いているそうだ」

 ハッと我に返ると、ベルンハルト殿下が焼き菓子と飲み物の載ったお盆を持っていた。王子が! 私と護衛のぶんまで含めて! 盆を!

 というか支払は? 慌ててお金を取り出そうとすると「こういう場で女性に払わせることはない」と断られてしまった。

 くっ……! いかにも堅物なベルンハルト殿下の、素っ気ないながらも慣れた態度にぐっときてしまった。傷心人生十六年。ロード・ルトガーといい、私は乙女ゲーに銀城への恋心を試されているのかもしれない。

「……恐れ入ります」
「付き合わせたのはこちらだ、気にすることはない」

 ロード・ルトガーのときと異なり、明らかに狼狽している自分がいた。ロード・ルトガーの言動は冗談なのが丸わかりで、ベルンハルト殿下の行動はいわば天然だからだろうか? 

 ……存外私はちょろいのかもしれない。そっと胸に手を当てていると、ロード・ルトガーが「殿下、少しお二人でお過ごしになっては?」なんて言いながら自分の飲み物だけを引き取った。

「私は少し離れて座りますから、どうぞごゆっくりなさってください」
「要らん気遣いは無用だ」
「気遣いはともかく、護衛のロード・ルトガーが殿下から離れるわけにはいかないのでは?」
「店内ですし、そう離れるわけではありません。たまには羽を伸ばしてください、殿下」

 告ったヤツと告られたヤツなので、含みがあるのは当然のことなのだが、それにしたって含みのある笑みを向けられた。なるほど、ベルンハルト殿下が社交場でもろくに女性の手を取らず、浮いた話がないというのは事実らしい。

 そう考えるとちょっと気まずいな……オジサンなら慣れてるけどベルンハルト殿下は若い(年下)だし……。むむむと難しい顔をする私とは裏腹に、告った側のベルンハルト殿下は涼しい顔で対面に座り、飲み物を口に運び――「間違えた」と口走るから何事かと思いきや、ロード・ルトガーとカップを取り換えて戻ってきた。そのままズズズと飲み物を啜り直す。

「……緊張してます?」
「していない」

 ははーん、なるほど。眉間にやや皺を寄せたベルンハルト殿下に笑ってしまった。

「恥ずかしがることありませんよ、殿下。私、美少女ですし」
「自分で言うのか」
「客観的評価には自信があるんです」
「確かに、そうでなければ王子との婚姻を断ることはしないだろうな」

 ……いや、本当に緊張ではないのか? 素知らぬ顔で言ってのけたベルンハルト殿下に疑念が生じてしまった。

「……殿下って私に一目惚れしたんじゃないんですか?」
「君は本当に噂通りの奇娘だな。よく恥ずかし気もなくそんなことを言えるものだ」

 笑われてしまったけれど、でもロード・ルトガーに乗せられて頷くということはそうとしか考えられなかったのだ。私があまりにも美しいせいで隣国の王子も一目惚れ、乙女ゲーなんてやったことがないけれど、あちらこちらでカップルが乱立するものなのかもしれない、と。実際ロード・ルトガーも口を開けば女を口説いているし、乙女ゲーのキャラクターというのはそういうものなのだと思っていた。

「……君が適任だと考えただけだ。我が国に知られているくらいには有名であるし、ブランシャール伯爵の娘であり身分も申し分ないし。ルトガーも、軽薄に見えて口説く女は選んでいるしな」
「はあ。本当にベルンハルト殿下って王子なんですね」
「というと?」
「完全に他人事ですから。他の貴族がケチをつけなさそうで、最も身近なルトガー様も認める令嬢なら“適任”って」

 まるで名家の跡取り息子の嫁を選ぶ姑である。そこにベルンハルト殿下の好みなんて主観的評価は一切ない。なるほどさすが、王子の立場にあるキャラクターはきちんと王子としてのキャラクターが作りこまれているわけだ。

 ちょっと興味が湧いてきた。実は名作なのかも、乙女ゲーム『カルテ・カルテット』。

「フレデリク殿下しかり、王子との結婚に愛なんてありませんからね。なるほど納得、というところです。一目惚れとかふざけたこと言ってすみません」
「……君は本当に変わっているな」
「毎日のように言われてきたので、そろそろ耳にタコができてしまいます」

 しげしげと、本当に珍獣でも見るような目でじろじろと見られてしまった。ベルンハルト殿下はその睫毛の一本までイケメンなので、そんな近くから私を見つめるなんてことはやめていただきたい。照れてしまう。

「しかし、政略結婚でいえば伯爵令嬢の君もそうだろう。であればエクロール国の王子妃は悪くない話なんじゃないのか」
「別に一人っ子じゃないのであえて嫁ぐ必要はありませんし、色々あって奇娘より酷い噂も多いですし、私のこの有様を見てきたお父様はもう十年前からあきらめムードです。家のために結婚する必要がないなら私もするつもりはありません、ましてや愛のない結婚なんて」
「意外だな。君の性格なら政略結婚こそ合理的などと言うものだとばかり」
「世の中的にはそうだと理解はしています。しかし私は――」

 ……そうだ。続けようとしてハッと口をつぐんだ。

 昔々友達に言われた、失恋を忘れるのに一番いいのは次の恋だと。メンヘラもにっこり通り越して裸足で逃げ出しそうな十六年間の傷心を癒すにはやはり次の恋。

 この世界で私がしたいことは何か――優しいイケメンと恋して失恋を癒したいのだ。

「……レディ・シルヴィア? どうした?」
「……昔々の失恋を引き摺っているんです」

 怪訝そうだったベルンハルト殿下の顔が少し間抜けに変わった。ぱちくり、と予想外の返事に目を瞬かせている。

「……今更どうしようもないことは分かっているので、その相手とどうなることもないのですが。せめて次の恋愛をしたいと考えているのです」
「……相手はすでに婚姻したと?」
「いえ死別です」

 ただし私の死。少し気まずそうな顔をされたので付け加えるか悩んでしまった。

「今後恋愛できないのであればベルンハルト殿下との婚姻は渡りに船かもしれませんけどね。徹頭徹尾政略結婚であれば気遣う相手の好意がありませんから」
「……なるほどな」
「そういう殿下は政略結婚する前に恋愛しておかないでいいんですか?」

 いくら王子としてキャラ作りがしっかりしてるといったって生身の人間だ、感情はあるだろう。ごく自然な疑問だったのだが、ベルンハルト殿下はこれまた少々気まずそうな顔をした。

「……俺も死別した」
「…………なんかすみません」
「いや」

 マジかよ、軍事大国エクロール国は恐ろしいな。ロード・ルトガーが気を利かせて二人にしてくれたというのに、完全にお通夜の空気になってしまった。

「……どちらかというと、事情を知らずに悪かったな」
「知らないものは仕方ありませんし、私のほうこそ失礼しました。しかし殿下、殿下も……その、失恋? なさったのであれば、無理に婚約者を決めずともよいのでは。王族の責務とはいえ」
「……それはそれ、これはこれだ」

 最初に会ったときからなんとなく感じていたベルンハルト殿下のうれいの理由が、ここにきて判明した。そうか、ベルンハルト殿下は過去に好きな令嬢と死別し、しかし王族としての責務としてそれなりの貴族令嬢をめとらなければならないという設定の持ち主なのか。なんて悲壮ひそう感溢れる王子様なのだろう。

「……私でよろしければいつでも協力しますよ」
「……何にだ?」
「……次の恋とか」
「……次の恋か。婚姻を申し込んできた相手に恋愛をそそのかすとは、やはり奇娘か」
「婚姻を申し込んだ相手に失恋話をした殿下ほどじゃありません」

 ハハハ、ホホホ、となんとも奇妙な失恋同盟を結んでしまったのだが、そんな私達の様子をロード・ルトガーが「とても仲睦まじい」と勘違いで見守っていたのは余談である。
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