17 / 28
距離はどれくらい? 1
しおりを挟む
夕方遅くになってくると、小腹がすく。ちょこちょことジャンクな食べ物をつまみながら、熱の冷めない通りを歩いた。
「今日はどこも混雑してるしなあ。メシ、どうする?」
「何かテイクアウトしようか。涼しくなってきたから、アルコール解禁」
「テイクアウトして、公園か?」
こういうとこ、鈍い。
「先輩のアパート。暑いのに、なんで公園よ?」
「いや、いいけどさあ」
珍しく言い澱んだ先輩は、あたしの肩に目を遣った。
「そんな裸の肩出して、男のアパートに来るのか?」
裸の肩!直截すぎて、色気もヘチマもないセリフだ。色気はないくせに、見てることはちゃんと見てるってわけ。
「気になる?」
「密室だと思うとね」
「あたしはそれでも、いいんだけど」
ああ、言っちゃった。さっき以前の恋人に会ってしまってから、先輩のテンションは微妙に落ちていて、あたしはそれが気になって仕方がない。別に対抗してるわけじゃなくて、なんかこう、そんなことがあっても、あたしは大丈夫だよって言いたいだけ。現在の先輩を、それで差し引いたりしないよって。
「それでもいいって言ったな?」
あたしの視線を捉えて、先輩が言った。逸らさないよ、すっごく照れくさいけど。
「言ったよ」
「すぐ、帰るぞ」
ちょっと待って、急だな。
「お祭り、まだ終わってないよ」
「終わるまでなんて、待ってられるか」
「卒園児の演舞は?」
「来年見る」
「来年踊ってるかどうかなんて、わかんないじゃない。衣装も振り付けも違うんだよ?」
「約束してるわけじゃない。こっちのほうが火急だ」
駅前で軽食とビールを何本か買うと、先輩は賑わっている通りと別の方向へ歩き出した。普段よりも少し早足で、それが彼の取り繕う限界なんだろう。
うわあ、いいって言っちゃったよ、あたし。今日もいっぱい汗掻いてるのに。そうして、自分にもう一度確認する。場の勢いとかノリとか、そんな理由の通じない相手なんだから。
この人と、続けていく気はある?
うん、ある。大丈夫。多分、後悔したりはしない。このペースだと、シャワーとか言い出せない気がしないでも、ないけど。
アパートに着くと先輩はいきなり、居間兼食堂と寝室の境目の引き戸を開けた。ベッドマットを直接床に置いたみたいな低い寝床と、マンガ本でぎゅうぎゅうの本棚と、コルクボードに無造作に張られたスナップ写真。保育園の写真だあ。確かに子供たちが、何人もぶら下がってる。
……なんてものを、じっくり眺める余裕は、与えてもらえなかった。掠れた声で呼ばれたと思った次の瞬間、あたしはベッドの上で先輩の膝に抱え込まれていた。
「シャワーは?」
「後で」
「お腹、すかない?」
「後で」
まだ空調の効きはじめていない部屋の中は蒸し暑くて、先輩の高い体温が触れている部分には、汗が滲んでくる。そんな体勢で唇を塞がれ、自分の背中のファスナーの音を聞く。
「そんな、高校生みたいに焦らなくても」
「高校生も大人も、こんな時には似たようなもんだ」
反論する間もなく、もう一度唇が降ってくる。汗もシャワーも空腹も、後回し。
胡坐の中で横座りになったまま、キスは唇から胸へと移っていった。ワンピースを腕から抜かれると、下着があらわになった。ストラップレスのブラは、ホックを外しただけで下に落ちてしまう。
「真っ白だな」
服を脱がす手を一瞬止めた先輩が、愛おしむように胸を包んだ。小鳥でも撫でるみたいな、やさしくて慎重な掌だ。それから胸の間にキスを落として、頬ずりをする。とても大切なものに、はじめて触れたように。
「こうしたかった」
胸に押し付けられた先輩の頬が何往復もし、その後やっと胸の頂に唇が届いた。立ち膝になって先輩の頭を抱えた。太い首は、やっぱり熱い。汗なんてもう、どうでもいい。
柔らかくキスしていた唇が動いて、甘く歯が立てられる。思わず、息を吸い込む。ふくらみの大きさを確かめるように、もう片側に手が添えられる。後ろに倒れこみたいのに、背中はしっかり抱えられている。
「やっ……」
舌が熱い。抱えられた背中にも、疼きが広がってくる。
上半身がすべてさらけ出され、更にスカートがはだけたところで先輩のシャツに気がついた。あたしだけが身体を晒し、先輩の着衣はそのままで、なんだか心細い。
「あたしだけがこんな格好、やだ……」
ワンピースが脱がせ易いように、首にしがみついて腰を浮かせながら、先輩の首にキスをした。ちょっと汗の味。
片手であたしをベッドに寝かせながら、先輩はシャツを脱ぐ。厚くて硬い胸に抱き寄せられ、不思議な恍惚感があたしを満たした。
「こんなに小さいくせに、存在感だけやけに大きくて」
頭の天辺にもキスが落とされ、あたしは目を閉じる。ぴったりくっついた肌から、先輩の鼓動が伝わってきた。
「先輩、ドキドキしてるね」
「嬉しくて、緊張してんだ」
何度もキスが繰り返される。舌を絡めとられて吸い上げられ、上唇を噛まれ、下唇を吸われる。キスが深くなるごとに、あたしの呼吸はどんどん浅くなっていく。
耳元で名を呼ばれても、身体の線を辿る指の感触に息が詰まって、返事ができない。ショーツをするりと取られて、先輩はあたしのうなじに唇を這わせながら、器用に自分のジーンズを外した。
短い髪に覆われたその頭に、指を差し込んだ。あたしの足より太い腕が、あたしの頭を抱き起こして、唇が頬と耳を掠ってゆく。
先輩の指は下腹を辿り、足に到着する。大事そうに何度も足の上を往復する手に焦れて、先輩の手首を掴んだ。その間唇はまだ胸の先端を含んだまま、尖りきったそこをなぶり続けている。
声が出る。すがりつけるものを、頂戴。
足の間を探り始めた指が敏感な核を暴いて、指に掬ったものを擦りつけてゆく。呼吸を吸い込んでしまいそうなキスに出口を塞がれた感覚が、身体の中で暴れまわる。確認するように遠慮がちに伸びた指は、いつの間にか本数が増えてあたしの中を探っていく。
いやだ。
与えられるだけの快感で、自分を押し上げられるのは、いや。
ひとりでそこに辿り着くのは、いや。
「せん、ぱい……いやっ……っあ」
渾身の力を振り絞って、先輩の肩を拳で叩く。指を止めた先輩が、あたしの顔を覗き込む。
「指じゃ、いや……あたし、だけ、は、いや……」
言葉は伝わったろうか?一生懸命開いた目に、先輩の顔がぼやけた。
「昭文だよ」
掠れ声の返事が戻った。
「先輩じゃなくて、昭文だ」
直後、指は激しさを増し、唐突に引き抜かれた。
枕元の引出しを開けた先輩が、口に咥えて片手でちぎって開けたのは、ラテックス製の薄い膜のパッケージだ。
「……あるんだ?」
「あるさ、いつ押し倒そうかって考えてたんだから」
あたしの膝の裏側を掴んで持ち上げながら、先輩が呟く。
「ああ、もったいない」
「もったい、ない?」
弾む息が苦しくて、散り散りになる言葉たち。
「最後に食おうとした好物を、口に入れる気分だ」
言うなり、先輩は押し入ってきた。息が苦しい。じりじりと入ってくる圧迫感を呼吸で逃すのに、必死だ。
「ん……あ…っん……」
ゆるゆると動きながら、顔にキスが降る。あたしにきっちりと収まった熱が、あたし自身の動きを伝えてくる。
「静音の中、熱いな」
「せ、んぱ…いっ……」
何か言葉になりそうなのに、あたしの口から漏れるのは、意味のない叫びだ。
「あきふみ、だ。呼んでくれ」
胸に抱え込まれて、先輩の背中に手を回す。ああ、あたしの腕の長さじゃ抱えきれない。
「あき、ふみ……」
緩やかに動いていた腰が、強く押し付けられた。
「もう一回、呼んでくれよ」
「あきふみっ……あき、ふみ……っ……あっ……あっ…」
爪が立っていたかも知れない。胸に抱えられたまま、身体が勝手に力み、揺れる。苦しい息を吸い込むたび、あたしの中に持ち込まれた熱が、ますます熱くなるみたいな気がする。汗はもう、どちらが流しているのかわからない。
「こんなに綺麗なのか。ああ、本当にもったいない。もったいないのに、くせになりそうだ」
そんなことを言うくせに、あたしから出て行こうとはしない。くせになって、中毒になればいい。もっと、あたしの奥まで来て。火傷するほど熱くなって。
反り返って暴れたがる背を、大きな手が支える。胸をもう一度含む唇からは、荒くなった息。
「やあぁぁぁっ!あきふみっ!やあっ……」
もうこれ以上、どこにも行けない。到達点はひとつだけ。
「そんなに、強く締めないでくれ……くっ……」
高みを見るなら、一緒がいい。ああ、あたしの足先からも、何かが昇ってくる。意識を手放したくなくて、頭が左右に振れる。
もう一度、唇にキスを頂戴。
刻まれるリズムは、鼓動とどちらが早いだろう。背に回した手の指先は、あたしの意思とは無関係に、爪の先を立てている。
「いっ……いやあっ!来ちゃう!」
強く抱きしめられて、耳元で名をを呼ばれた。その瞬間、あたしの背が強く反った。
「静音っ!」
最奥が、熱い。熱い。短い呻きと共に、一番奥に届くもの。深い溜息で、それを受け止めた。
あたしの呼吸が整うまで身体を包んでいた胸が離れて行くと、汗で濡れた身体が急に心許なくなる。まだ始末している人に腕を差し出し、腕枕をせがんだ。
「なんだ、そんな風に甘えんのか」
「甘えられるの、嫌い?」
「嬉しい。甘えて欲しいと思ってたんだから」
潰しそうで怖いなと言いながら、あたしの隣に横たわって、あたしの髪を梳く。先輩の脇の下に頭を乗せて、漂流した海から生還したあたしは、妙に満ち足りた気分だ。
大きな手はとても優しかったし、先輩が満足した顔をしているのが嬉しい。芯熱の高そうな身体は本当に熱くて、硬い筋肉が頼もしい。
性急な行為だったけれども、強引じゃなかった。
「……腹、減ったな」
「その前に、シャワー貸して。どうしようもなく汗だらけ」
放り投げられたワンピースを拾い、狭いバスルームで一人になった時、自分が幸福だと高揚していることに気がついた。
もう、逃げられない。逃げる気はない。あたしはこれから先輩と向き合いながら、自分の行く場所を探すのだ。
車で送ってもらうために、買ってきたビールは飲めなかった。そして「原口先輩」は「昭文」になった。
「今日はどこも混雑してるしなあ。メシ、どうする?」
「何かテイクアウトしようか。涼しくなってきたから、アルコール解禁」
「テイクアウトして、公園か?」
こういうとこ、鈍い。
「先輩のアパート。暑いのに、なんで公園よ?」
「いや、いいけどさあ」
珍しく言い澱んだ先輩は、あたしの肩に目を遣った。
「そんな裸の肩出して、男のアパートに来るのか?」
裸の肩!直截すぎて、色気もヘチマもないセリフだ。色気はないくせに、見てることはちゃんと見てるってわけ。
「気になる?」
「密室だと思うとね」
「あたしはそれでも、いいんだけど」
ああ、言っちゃった。さっき以前の恋人に会ってしまってから、先輩のテンションは微妙に落ちていて、あたしはそれが気になって仕方がない。別に対抗してるわけじゃなくて、なんかこう、そんなことがあっても、あたしは大丈夫だよって言いたいだけ。現在の先輩を、それで差し引いたりしないよって。
「それでもいいって言ったな?」
あたしの視線を捉えて、先輩が言った。逸らさないよ、すっごく照れくさいけど。
「言ったよ」
「すぐ、帰るぞ」
ちょっと待って、急だな。
「お祭り、まだ終わってないよ」
「終わるまでなんて、待ってられるか」
「卒園児の演舞は?」
「来年見る」
「来年踊ってるかどうかなんて、わかんないじゃない。衣装も振り付けも違うんだよ?」
「約束してるわけじゃない。こっちのほうが火急だ」
駅前で軽食とビールを何本か買うと、先輩は賑わっている通りと別の方向へ歩き出した。普段よりも少し早足で、それが彼の取り繕う限界なんだろう。
うわあ、いいって言っちゃったよ、あたし。今日もいっぱい汗掻いてるのに。そうして、自分にもう一度確認する。場の勢いとかノリとか、そんな理由の通じない相手なんだから。
この人と、続けていく気はある?
うん、ある。大丈夫。多分、後悔したりはしない。このペースだと、シャワーとか言い出せない気がしないでも、ないけど。
アパートに着くと先輩はいきなり、居間兼食堂と寝室の境目の引き戸を開けた。ベッドマットを直接床に置いたみたいな低い寝床と、マンガ本でぎゅうぎゅうの本棚と、コルクボードに無造作に張られたスナップ写真。保育園の写真だあ。確かに子供たちが、何人もぶら下がってる。
……なんてものを、じっくり眺める余裕は、与えてもらえなかった。掠れた声で呼ばれたと思った次の瞬間、あたしはベッドの上で先輩の膝に抱え込まれていた。
「シャワーは?」
「後で」
「お腹、すかない?」
「後で」
まだ空調の効きはじめていない部屋の中は蒸し暑くて、先輩の高い体温が触れている部分には、汗が滲んでくる。そんな体勢で唇を塞がれ、自分の背中のファスナーの音を聞く。
「そんな、高校生みたいに焦らなくても」
「高校生も大人も、こんな時には似たようなもんだ」
反論する間もなく、もう一度唇が降ってくる。汗もシャワーも空腹も、後回し。
胡坐の中で横座りになったまま、キスは唇から胸へと移っていった。ワンピースを腕から抜かれると、下着があらわになった。ストラップレスのブラは、ホックを外しただけで下に落ちてしまう。
「真っ白だな」
服を脱がす手を一瞬止めた先輩が、愛おしむように胸を包んだ。小鳥でも撫でるみたいな、やさしくて慎重な掌だ。それから胸の間にキスを落として、頬ずりをする。とても大切なものに、はじめて触れたように。
「こうしたかった」
胸に押し付けられた先輩の頬が何往復もし、その後やっと胸の頂に唇が届いた。立ち膝になって先輩の頭を抱えた。太い首は、やっぱり熱い。汗なんてもう、どうでもいい。
柔らかくキスしていた唇が動いて、甘く歯が立てられる。思わず、息を吸い込む。ふくらみの大きさを確かめるように、もう片側に手が添えられる。後ろに倒れこみたいのに、背中はしっかり抱えられている。
「やっ……」
舌が熱い。抱えられた背中にも、疼きが広がってくる。
上半身がすべてさらけ出され、更にスカートがはだけたところで先輩のシャツに気がついた。あたしだけが身体を晒し、先輩の着衣はそのままで、なんだか心細い。
「あたしだけがこんな格好、やだ……」
ワンピースが脱がせ易いように、首にしがみついて腰を浮かせながら、先輩の首にキスをした。ちょっと汗の味。
片手であたしをベッドに寝かせながら、先輩はシャツを脱ぐ。厚くて硬い胸に抱き寄せられ、不思議な恍惚感があたしを満たした。
「こんなに小さいくせに、存在感だけやけに大きくて」
頭の天辺にもキスが落とされ、あたしは目を閉じる。ぴったりくっついた肌から、先輩の鼓動が伝わってきた。
「先輩、ドキドキしてるね」
「嬉しくて、緊張してんだ」
何度もキスが繰り返される。舌を絡めとられて吸い上げられ、上唇を噛まれ、下唇を吸われる。キスが深くなるごとに、あたしの呼吸はどんどん浅くなっていく。
耳元で名を呼ばれても、身体の線を辿る指の感触に息が詰まって、返事ができない。ショーツをするりと取られて、先輩はあたしのうなじに唇を這わせながら、器用に自分のジーンズを外した。
短い髪に覆われたその頭に、指を差し込んだ。あたしの足より太い腕が、あたしの頭を抱き起こして、唇が頬と耳を掠ってゆく。
先輩の指は下腹を辿り、足に到着する。大事そうに何度も足の上を往復する手に焦れて、先輩の手首を掴んだ。その間唇はまだ胸の先端を含んだまま、尖りきったそこをなぶり続けている。
声が出る。すがりつけるものを、頂戴。
足の間を探り始めた指が敏感な核を暴いて、指に掬ったものを擦りつけてゆく。呼吸を吸い込んでしまいそうなキスに出口を塞がれた感覚が、身体の中で暴れまわる。確認するように遠慮がちに伸びた指は、いつの間にか本数が増えてあたしの中を探っていく。
いやだ。
与えられるだけの快感で、自分を押し上げられるのは、いや。
ひとりでそこに辿り着くのは、いや。
「せん、ぱい……いやっ……っあ」
渾身の力を振り絞って、先輩の肩を拳で叩く。指を止めた先輩が、あたしの顔を覗き込む。
「指じゃ、いや……あたし、だけ、は、いや……」
言葉は伝わったろうか?一生懸命開いた目に、先輩の顔がぼやけた。
「昭文だよ」
掠れ声の返事が戻った。
「先輩じゃなくて、昭文だ」
直後、指は激しさを増し、唐突に引き抜かれた。
枕元の引出しを開けた先輩が、口に咥えて片手でちぎって開けたのは、ラテックス製の薄い膜のパッケージだ。
「……あるんだ?」
「あるさ、いつ押し倒そうかって考えてたんだから」
あたしの膝の裏側を掴んで持ち上げながら、先輩が呟く。
「ああ、もったいない」
「もったい、ない?」
弾む息が苦しくて、散り散りになる言葉たち。
「最後に食おうとした好物を、口に入れる気分だ」
言うなり、先輩は押し入ってきた。息が苦しい。じりじりと入ってくる圧迫感を呼吸で逃すのに、必死だ。
「ん……あ…っん……」
ゆるゆると動きながら、顔にキスが降る。あたしにきっちりと収まった熱が、あたし自身の動きを伝えてくる。
「静音の中、熱いな」
「せ、んぱ…いっ……」
何か言葉になりそうなのに、あたしの口から漏れるのは、意味のない叫びだ。
「あきふみ、だ。呼んでくれ」
胸に抱え込まれて、先輩の背中に手を回す。ああ、あたしの腕の長さじゃ抱えきれない。
「あき、ふみ……」
緩やかに動いていた腰が、強く押し付けられた。
「もう一回、呼んでくれよ」
「あきふみっ……あき、ふみ……っ……あっ……あっ…」
爪が立っていたかも知れない。胸に抱えられたまま、身体が勝手に力み、揺れる。苦しい息を吸い込むたび、あたしの中に持ち込まれた熱が、ますます熱くなるみたいな気がする。汗はもう、どちらが流しているのかわからない。
「こんなに綺麗なのか。ああ、本当にもったいない。もったいないのに、くせになりそうだ」
そんなことを言うくせに、あたしから出て行こうとはしない。くせになって、中毒になればいい。もっと、あたしの奥まで来て。火傷するほど熱くなって。
反り返って暴れたがる背を、大きな手が支える。胸をもう一度含む唇からは、荒くなった息。
「やあぁぁぁっ!あきふみっ!やあっ……」
もうこれ以上、どこにも行けない。到達点はひとつだけ。
「そんなに、強く締めないでくれ……くっ……」
高みを見るなら、一緒がいい。ああ、あたしの足先からも、何かが昇ってくる。意識を手放したくなくて、頭が左右に振れる。
もう一度、唇にキスを頂戴。
刻まれるリズムは、鼓動とどちらが早いだろう。背に回した手の指先は、あたしの意思とは無関係に、爪の先を立てている。
「いっ……いやあっ!来ちゃう!」
強く抱きしめられて、耳元で名をを呼ばれた。その瞬間、あたしの背が強く反った。
「静音っ!」
最奥が、熱い。熱い。短い呻きと共に、一番奥に届くもの。深い溜息で、それを受け止めた。
あたしの呼吸が整うまで身体を包んでいた胸が離れて行くと、汗で濡れた身体が急に心許なくなる。まだ始末している人に腕を差し出し、腕枕をせがんだ。
「なんだ、そんな風に甘えんのか」
「甘えられるの、嫌い?」
「嬉しい。甘えて欲しいと思ってたんだから」
潰しそうで怖いなと言いながら、あたしの隣に横たわって、あたしの髪を梳く。先輩の脇の下に頭を乗せて、漂流した海から生還したあたしは、妙に満ち足りた気分だ。
大きな手はとても優しかったし、先輩が満足した顔をしているのが嬉しい。芯熱の高そうな身体は本当に熱くて、硬い筋肉が頼もしい。
性急な行為だったけれども、強引じゃなかった。
「……腹、減ったな」
「その前に、シャワー貸して。どうしようもなく汗だらけ」
放り投げられたワンピースを拾い、狭いバスルームで一人になった時、自分が幸福だと高揚していることに気がついた。
もう、逃げられない。逃げる気はない。あたしはこれから先輩と向き合いながら、自分の行く場所を探すのだ。
車で送ってもらうために、買ってきたビールは飲めなかった。そして「原口先輩」は「昭文」になった。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました
ツヅミツヅ
恋愛
異国の王国に人質として連れて行かれた王女・レイティア。
彼女は政治的な駆け引きの道具として送り込まれたはずだったが、なぜかその国の王であるアナバスから異常なまでに執着される。
冷徹で非情な王と噂されるアナバスは、なぜレイティアに強く惹かれるのか?
そして、王国間の陰謀が渦巻く中、レイティアはどのように運命を切り開いていくのか?
強き王と穏やかな王女の交錯する思いが描かれる、「策略と愛が交錯する異国ロマンス」。
18Rには※がついております
消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる
豆腐と蜜柑と炬燵
恋愛
役目を終えれば、この世界から消えるはずだった。
予知の巫女・美桜は、力も特別な姿も失ったまま、
「生き続ける」という選択肢だけを与えられる。
もう誰かを守る存在でも、選ばれる存在でもない。
そう思い、偽名“ミオ”として宿屋で働きながら、
目立たない日常を送っていた。
――二度と会わないと決めていた騎士と、再会するまでは。
彫りの深い顔立ちゆえに“異端”と呼ばれながらも、
誰よりも強く、誰よりも誠実な騎士・レイス。
巫女だった頃の自分を知る彼に、
今の姿で向き合う資格はないと分かっているのに、
想いは簡単には消えてくれない。
身分も立場も、守られる理由も失った少女と、
前に立ち、守ることしか知らなかった騎士。
過去と現在、選ばれなかった時間を抱えたまま、
二人はもう一度、距離を測り直していく。
これは、
消えるはずだった少女が、
“今の自分”で恋を選び直す物語。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
白山小梅
恋愛
富裕層が集まる高校に特待生として入学した杏奈は、あるグループからの嫌がらせを受け、地獄の三年間を過ごす羽目に。
大学に進学した杏奈は、今はファミリーレストランのメニュー開発に携わり、穏やかな日々を送っていた。そこに突然母親から連絡が入る。なんと両親が営む弁当屋が、建物の老朽化を理由に立ち退きを迫られていた。仕方なく店を閉じたが、その土地に、高校時代に嫌がらせを受けたグループのメンバーである由利高臣の父親が経営するYRグループが関わっていると知り、イベントで偶然再会した高臣に声をかけた杏奈だったが、事態は思わぬ方向に進み--⁈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる