婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ

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第一部:王国追放と聖域保護同盟

第11話 光に導かれし賢者と、究極の朝茶

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あの時、天を貫いた黄金の光の柱は、数日が経った今も揺るぎない輝きを放ち続けている。 
テラスから空を見上げれば、そこには淡く、けれど力強い光の道標。 
私にとっては、この広い死の森で道に迷う心配がなくなる、とても「便利な街灯」のような存在だった。

「ラピス、あの光のおかげで夜にお庭に出ても怖くないわね。本当に気が利くわ」

私がそう言ってラピスの顎の下を撫でると、彼は「当然だ」と言わんばかりに尻尾を振った。 
彼が主を守るために打ち立てた絶対的な境界線。それが今や、外の世界にとってどれほど凄まじい衝撃を与えているか、私はまだ知る由もなかった。

セドリック様が運び込んでくれた最高級の調理器具のおかげで、私の家事効率は劇的に上がっている。 
今朝は、彼が「市場に出回ることのない、知性を育む穀物です」と熱弁して置いていった『黄金の麦』を使い、パンを焼いた。 
オーブンから漂うのは、嗅いだだけで頭がすっきりと冴え渡るような、清涼感のある香ばしい匂い。

「さあ、ラピス。今日も美味しい朝ごはんにしましょうね」

私がテラスにテーブルを用意し、焼きたてのパンと、井戸から汲んだ綺麗な水で淹れたお茶を並べていた、その時。 黄金の境界線の外側に、一人の人物が立っているのが見えた。

長い年月を旅してきたことを物語る、使い古されているが手入れの行き届いた魔導ローブ。 
手には世界の理を記したとされる古木の杖を握り、白銀の髪を一本の三つ編みに結ったその老婦人は、光の柱を仰ぎ見ながら、涙を流して立ち尽くしていた。 
彼女こそ、大陸全土でその名を知らぬ者はいない「伝説の賢者」ミランダ・エーデルワイスである。

「……おお。まさか、余の余生の間に、本物の聖域を拝むことができるとは。あの日、天を貫いた光に嘘はなかったのだな」

ミランダ様は震える声で呟くと、誰に命じられるまでもなく、その場に深く膝をついた。

「あら、お客様かしら。そんなところで泣いていらっしゃって、どうされたのかしら」

私が心配になって声をかけると、ミランダ様はハッとして私の方を見た。 

「……失礼いたしました。余はミランダと申す旅の者。この光の導きに従い、真理を求めて参りました」

「まあ。わざわざお越しいただいたのですね。外はまだ冷えますから、どうぞ、中へ入って休んでいってくださいな」

私が手招きすると、ミランダ様は驚愕に目を見開き、震える足で境界線を越えた。 
その瞬間、彼女の顔から苦悶の影が消えた。 
長年の魔導研究による過剰な魔力摂取で、彼女の身体を常に苛んでいた「魔力酔い」による節々の激痛。それが、エリアナの放つ浄化の波動に触れただけで、春の雪解けのようにスッと消え去ったのだ。

(なんという……! この地を踏んだだけで、余の魂が鎮まっていく)

ミランダ様は、もはや言葉も出ない様子で、私の案内するテラスの席へと座った。 
そこで彼女を待ち構えていたのは、不機嫌そうに鼻を鳴らす「漆黒の子犬」だった。

「きゅう……ぐるるる」

ラピスは、新しい訪問者を油断なく見定めていた。 
賢者である彼女の目には、その愛らしい姿の裏側にある、星々を飲み干すほどの巨大な神獣の真姿が見えていたが、彼女はそれを指摘する余裕すら失っていた。

「さあ、ミランダ様。お口に合うか分かりませんが、焼きたてのパンですわ。それと、このお茶もどうぞ」

私が差し出したのは、黄金の麦で焼いたパン。 
ミランダ様がそれを一口齧った瞬間、彼女の脳内に衝撃が走った。 
これまで数十年の間、どうしても解けなかった魔法の高等数式や、世界の理を記した古文書の難読箇所。それらが、まるでパズルのピースが嵌まるように、一瞬で頭の中で完成していく。

「……知性が、研ぎ澄まされる……。これは、ただのパンではない……!」

驚愕する彼女に、私はさらにお茶を勧めた。 
超高純度の水で淹れたお茶を一口飲めば、彼女の枯れかけていた魔力残量は限界を超えて膨れ上がり、体内の魔導回路が潤いに満たされていく。

「パンが知を導き、お茶が力を満たす。……エリアナ様。あなた様は、余がこれまで求めてきた、あらゆる真理よりも尊いお方だ」

ミランダ様は、もはや自分が大陸最高の賢者であることすら忘れ、ただの熱心な弟子のようになり、何度も何度も感謝を口にした。 

「もしお許しいただけるのであれば。余に、あなた様のお傍で、この世界の真の理を学ばせてはいただけないでしょうか」

大陸最高の知性が、ただの一食で完全にエリアナに心酔した瞬間だった。

                  *

ミランダ様が、「教え子たちにもこの奇跡を伝えねば」と晴れやかな顔で一度山を降りた後。 
私は、彼女が「せめて授業料として」と置いていった、不思議な石板を眺めていた。

「これ、何かしら。ラピス、知ってる?」

私が石板に触れると、そこには世界中の魔導師が一生をかけても到達できない「超高位転送魔法」の座標と術式が刻まれていた。 
後に、この一枚を巡って世界中の国家が争奪戦を繰り広げることになるのだが――。

「あら、冷たくて気持ちいいわ。コップを置くのにちょうどいい形ね」

私はそれを「ちょっと贅沢なコースター」として、お茶の時間を楽しむための道具にしてしまった。

一方で、エリアナを捨てた王国。

「……ミランダ様が、去っただと?」

ジークフリート王子は、王宮の荒れ果てた一室で、報告書を見つめたまま固まっていた。 
叫ぶ気力すら湧かない。 
大陸の魔法体系を支える大賢者ミランダが、王国との縁を一切断ち切り、あの「光の柱」が立つ場所へと向かった。 それは、経済だけでなく「英知」と「軍事力」の要をも完全に失ったことを意味していた。

「……終わったのか。俺たちの国は、これだけで……」

王子は、手元にある輝きを失った魔導具を見つめ、声の出ない絶望に沈んでいた。 
彼が「無能」と切り捨てた少女の影が、今や巨大な壁となって、王国の行く手を阻んでいる。

王国が暗闇に沈みゆく中、北の聖域だけが、その輝きを増していく。

                  *

「ラピス、今日のご飯は、昨日セドリック様が持ってきてくれたお肉を使いましょうね。ミランダ様も、また遊びに来てくれるかしら」

「きゅうん!」

私は、伝説の石板の上に置いたお茶を飲み干し、穏やかな午後の陽だまりの中で、ラピスのブラッシングを始めた。 外の世界でどれほど地位のある人が来ようとも。 
どれほど世界が私を「聖女」として崇めようとも。 
この聖域の平穏と、ラピスの幸せそうな一鳴きがあれば、それで十分だった。

私は、ラピスの温かな毛並みに顔を埋め、柔らかな午後の空気の中で、幸福な微睡みに身を任せた。
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