婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ

文字の大きさ
12 / 44
第一部:王国追放と聖域保護同盟

第12話 不屈の騎士と、魂を癒やす薬膳スープ

しおりを挟む
黄金の光の柱が立つようになってから、森の朝はいっそう清々しさを増していた。 
木々の間からは、かつてないほど澄んだ小鳥の歌声が響き、足元の草花は朝露を真珠のように輝かせている。 
私は、セドリック様が届けてくれた「天界の絹」のシーツを整えながら、足元でじゃれつくラピスに微笑みかけた。

「ふふ。ラピス、今日もお庭がとっても綺麗ね」

ラピスは、私が最近お気に入りになった石板のコースターの上に器用に飛び乗ると、誇らしげに胸を張った。 
世界中の魔導師が渇望する失われた術式の上で、神獣が喉を鳴らしている。もはや見慣れた、この家だけの日常の光景だ。

私は、ラピスが獲ってきた地鶏……もとい、不思議な鳥の骨をじっくりと煮込み、スープを作っていた。 
セドリック様が置いていった「神龍の涙」という香辛料を一振りすれば、ログハウスの中には、嗅いだだけで身体が軽くなるような芳醇な香りが立ち込める。

「あら。あそこに誰か立っているわ」

テラスへ出ると、黄金の境界線の外側に、一人の人物が立ち尽くしていた。 
深い蒼色のマントを羽織り、白銀の全身鎧に身を包んだその騎士は、兜を脱いで天を突く光の柱を仰ぎ見ている。 眉間に刻まれた深い皺と、左頬にある古い傷跡。その瞳には、強い使命感と、それ以上に深い「疲弊」の色が滲んでいた。

「……これが、あの光の正体か。瘴気に満ちていたはずの場所が、これほどまでに静かだとは」

彼は騎士としての直感で、この地が大陸の命運を左右する場所であることを悟っていた。 
だが、その表情には戦う者の鋭さよりも、重すぎる荷を下ろしたいと願う旅人のような切なさが漂っていた。

「お客様かしら。……あの、お疲れのようですが、よろしければ中へ入って休まれませんか?」

私が声をかけると、騎士はハッとして姿勢を正した。 

「……失礼した。あまりの清浄さに、つい我を忘れていた。私はソルスティス帝国の騎士、アルリックと申す者だ」

彼こそ、帝国最強と謳われ「鉄壁の蒼狼」と畏怖される騎士団長、アルリック・フォン・ヴォルフガングであった。だが、今の私にとっては、ただの「ひどく肩の凝っていそうな旅の人」にしか見えなかった。

「まあ、帝国からお越しいただいたのですね。私はエリアナと申します。さあ、どうぞ中へ。ちょうど温かいスープができたところですわ」

私が手招きすると、アルリック様は慎重な足取りで境界線を越えた。 
その瞬間、彼の全身を包んでいた「重圧」が、まるで幻だったかのように消え去った。 
長年の激戦で負った古傷の疼き。 常に神経を研ぎ澄まさねばならない、騎士団長としての終わりのない疲労。 
それらすべてが、聖域の空気に触れた瞬間に凪いでいき、心の中に深い静寂が訪れたのだ。

(……信じがたい。結界の内に入っただけで、これほど身体が軽くなるとは。呼吸をすることさえ、これほどまでに心地よいものだったか)

彼は、案内されるままにテラスの椅子に腰を下ろした。 
そこで彼を待ち構えていたのは、唸り声を上げる漆黒の子犬だった。

「ぐるるる……」

ラピスは、鋼の意志を持つ騎士に対しても、その金の瞳で鋭い一瞥をくれた。 
アルリック様は、ラピスと目が合った瞬間、かつて戦場で対峙したどんな強敵よりも底知れない存在が目の前にいることを悟り、思わず息を呑んだ。

「ラピス、失礼よ。……アルリック様、どうぞ。お口に合うか分かりませんが、特製のスープですわ」

私が差し出したのは、黄金のコカトリスの出汁と、神龍の涙を使った薬膳スープ。 
アルリック様は、震える手で木匙を取り、スープを一口、口に運んだ。

「――っ!!」

その瞬間、彼の身体の中で、凍りついていた力が解き放たれるような、力強い熱が跳ねた。 
スープに含まれる極純の魔力が、身体の隅々にまで浸透し、傷ついていた細胞を癒やしていく。 
一口飲み込むごとに、重くのしかかっていた義務感や重圧が、心地よい誇りへと昇華されていった。

「……うまい。エリアナ様……。これは、私がこれまで口にしてきたどんな食事よりも、身体の芯に響きます。……心が、静まるようだ」

「ふふ、良かったですわ。ラピスが頑張って獲ってきてくれた地鶏ですから。とても滋養強壮にいいのですよ」

私がラピスの頭を撫でると、彼は「そうだ、僕のおかげだ」とばかりに鼻を鳴らした。 
アルリック様はスープを最後の一滴まで飲み干すと、私の前に跪いた。

「エリアナ様。……私は、この奇跡のような安らぎを守りたい。もしお許しいただけるのであれば、私は一度国へ戻り、皇帝陛下を説得してこよう。この地を不戦の聖域として認めさせ、不浄な者が近づかぬよう、私が『盾』となることを約束する」

最強の騎士団長が、スープ一杯で聖域の守護を固く誓った瞬間だった。

                  *

アルリック様が、これまで見たこともないほど清々しい顔で山を降りた後。 
私は、彼が「感謝の印に。どうかお受け取りください」と置いていった、青く輝く大きな宝石を眺めていた。

「これ、何かしら。ラピス、知ってる?」

私が宝石に触れると、そこには帝国の皇族のみが持つことを許される、あらゆる攻撃を退ける「絶対防衛の加護」が宿っていた。 
もし、この宝石の価値を知る者がこれを見れば、卒倒するほどの国宝なのだが――。

「あら、キラキラして綺麗ね。お勝手口のカーテンを留めるのにちょうどいいわ」

私はそれを「ちょっと贅沢なカーテンクリップ」として、キッチンを彩るための道具にしてしまった。

一方で、エリアナを捨てた王国。

「……なんだ。あの光は、何なのだ……!」

ジークフリート王子は、王宮の寒々しい一室で、窓の外に伸びる黄金の柱を眺め、震えていた。 
かつては怒りに任せて叫んでいた彼も、今はただ、理解できない現象への恐怖に支配されている。 
経済が止まり、賢者が去り、今度は帝国の最強騎士までもが、あの森に引き寄せられた。 
それは、自分たちが取り返しのつけない「何か」をしでかしたという、薄ら寒い事実を突きつけていた。

「……考えたくない。あんな無能のせいで、こんなことが起きるはずがないのだ……」

王子は、錆び始めた自身の剣を握り締め、思考を止めるように目を閉じた。 
だが、目を閉じても、瞼の裏にはあの眩しい黄金の柱が焼き付いて離れない。 
逃れられない破滅の足音が、静かに、けれど確実に近づいていることに、彼はまだ気づかない振りをしていた。

                  *

「ラピス、今日のご飯は、村の皆様からいただいたお野菜のグラタンにしましょうね」

「きゅうん!」

私は、伝説の宝石で留めたカーテンから差し込む陽光を浴びながら、ラピスのブラッシングを始めた。 
外の世界でどれほどの実力者が来ようとも。 
どれほど世界が私を「唯一の聖女」として崇めようとも。 
この聖域の平穏と、ラピスの幸せそうな一鳴きがあれば、それで十分だった。

私は、ラピスの温かな毛並みに顔を埋め、柔らかな午後の空気の中で、幸福な微睡みに身を任せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

追放された宮廷菓子師は、辺境の厨房で幸せを焼く

歩人
ファンタジー
「お前の菓子はもう不要だ」——宮廷菓子師の座を追われた伯爵令嬢リゼットは、辺境の寒村に流れ着く。痩せた土地、乏しい食材、甘味を知らない人々。それでも彼女の手は動く。木の実を砕き、蜜を煮詰め、この土地だけの菓子を焼く。「なんだこれは。こんな味、知らない」無愛想な辺境騎士が、彼女の焼き菓子に目を見開いた日——小さな厨房から始まる、甘くてあたたかい逆転劇。追放令嬢×辺境×お菓子×じれじれ恋愛。全42話完結。

何もしない聖女は追放されましたが、隣国では“いるだけで奇跡が起こる”そうです

鍛高譚
恋愛
何もできない聖女――そう言われて、私は帝国を追放されました。 クリミア帝国で「聖女」に選ばれた伯爵令嬢フローレンス・フィレンツェ。 しかし彼女は最初から言っていた。 「私、何もできませんし、何もしませんよ?」 奇跡を起こすことも、魔法を使うこともできない。 それでも「いずれ覚醒する」と期待され、帝国第一皇子の婚約者となるが――半年後、炎と水の魔法を使う新たな聖女が現れ、フローレンスは“偽聖女”として婚約破棄と追放を言い渡されてしまう。 「では、行ってきますわ。次は“何もしなくていい仕事”を探しますので」 追放された彼女を拾ったのは、隣国トスカーナの第二王子フェルディナンド。 そこでフローレンスは、“何もしない聖女”として穏やかな生活を始める。 紅茶を飲んで、お昼寝をして、のんびり過ごすだけ―― なのに不思議なことに、 国王の病が治り、 土地は豊かになり、 人々の心は癒されていく。 実はフローレンスは、 「そこにいるだけで世界を癒す」奇跡の聖女だったのだ。 一方、彼女を追放した帝国では、作物は枯れ、疫病が広がり、ついには皇子までもが倒れてしまう。 そして人々はようやく気づく。 ――本当の奇跡は、あの“何もしない聖女”だったのだと。 これは、追放された少女が 「何もしないまま」世界を救ってしまう物語。 のんびり紅茶を飲みながら始まる、 癒しと後悔のざまぁファンタジー。

「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする

藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。 そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。 派手な魔法も、奇跡も起こさない。 彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、 魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。 代わりはいくらでもいる。 そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。 魔法は暴走し、結界は歪み、 国は自分たちが何に守られていたのかを知る。 これは、 魔法を使わなかった魔術師が、 最後まで何もせずに証明した話。 ※主人公は一切振り返りません。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

処理中です...