6 / 12
幸せのかたち⑥
しおりを挟む
考えてくれ、俺は藍斗の恋人になりたい――藍斗が詠心をどう思っているかを、きちんと考えてほしいということだ。友達としてではなく、恋愛感情の有無を問われている。
悩みながらもほっとする。詠心が心の中を少しでも教えてくれたこと、藍斗になにかをしてほしいと願ってくれたこと。
帰宅して、自室で膝をかかえる。詠心が家まで送ってくれたけれど、会話はほとんどなかった。表情を盗み見たら、詠心の顔はわずかに強張っていた。詠心も緊張しているのかもしれない。もしかしたら藍斗以上に。
考えないと、ちゃんと……詠心のこと。
本音を言えば自信がない。詠心が好きだけれど、それがどういう意味かわからない。友達として好きなのと恋愛感情で好きなのは、どう違うのだろう。ぐるぐると頭の中に問いが浮かぶ。
詠心が好き? 自分に問うては頷き、首をひねる。好きだが、これは詠心が求めている気持ちなのか。
いつも優しくて頼りになる詠心。藍斗のことを一番に考えて心配してくれる。これまで詠心に何度救われただろう。たしかに詠心が『好き』だ。そばにいたい。ただ、詠心の想いは手をつなぎたいとかそういうものなのだと感じる。
昼休みに握られた手をじっと見る。まだ力強さが思い出せる。温かくて、少し骨ばっていて、男の人の手だ。手を握られても嫌な気持ちはなかった。詠心にされて嫌なことなんてない。
「わかんない……」
難しい。答えを見つけるのが大変なことを考えるのは苦手だ。でも考えないのは不誠実だと思う。詠心があんなに真剣に向き合ってくれているのだから、藍斗だって真剣でなければ失礼だ。なにより藍斗が真剣に答えを返したい。
「……」
ローテーブルに置いたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを起動する。トーク画面を開き、一瞬悩んでからメッセージを送った。五分ほどで返信があった。
『大丈夫だよ』
ほっとしながら、心の中で詠心に「ごめん」と謝って部屋を出る。どうしてもひとりではわからないのだ。
家を出ると、隣家の玄関ドアが同時に開いた。姿を見せたのは優しい幼馴染だ。
「ごめんね、春海くん」
春海はいつものように笑顔で迎え入れてくれた。謝りながら、春海に続いて階段をあがる。
部屋に入って、木製のローテーブルを挟んで春海と向かい合う。俯いている藍斗に、春海は声をかけてこなかった。
相談に来たのはいいけれど、なにをどう相談したらいいかわからない。聞きたいことだらけで、次々と質問が頭に浮かぶ。でもそのすべてが違う気がして、口を開いては閉じるのを繰り返した。
「あのね」
「うん?」
「……えっと」
黙っていたら春海が困るに決まっている。思案して視線を泳がせながら、ようやくきちんと口を開く。春海は急かさずに、ただ静かに首を傾けて、聞く体勢を取ってくれている。こいう優しさが本当にすごい。どうやったら身につくのだろう。
「……」
詠心をどう思っているか、それは藍斗自身でないと答えが出せない。黙っていても春海にはわからないし困るだろうけれど、相談しても困る内容だ。ひとりで考えないといけない。でもどうしてもわからない。
「……『好き』って、どんな感じなのかな」
藍斗の口から自然に零れた問いに、春海は困ったように微笑んだ。
たぶん、これが一番聞きたかったことだ。『好き』がどういうもので、どんな気持ちなのか。それに当てはめれば、自分の詠心への気持ちがどういうものか、答えが見える気がした。
「俺はあんまりおすすめしない感情かな」
どこか寂しそうに呟く春海に、首をかしげる。
「どうして?」
問いを重ねると、春海は目を伏せた。翳りのある表情に胸が騒ぐ。聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。焦りを覚えて、謝らなくちゃ、と慌てて口を開く。
「あの」
「幸せだけど、苦しいよ」
藍斗の言葉を遮ったのは、先ほどの答えだ。春海は目をあげ、一瞬藍斗を見てからすぐに視線を窓に向けた。今日も晴れていて、動くと汗ばむくらいの陽気だ。鳥の鳴き声が聞こえて、藍斗も窓に目を向ける。
「幸せだけど、苦しい」
春海の言葉を繰り返す。意味がわからないのに、言葉はなぜか、すっと心に馴染んだ。
悩みながらもほっとする。詠心が心の中を少しでも教えてくれたこと、藍斗になにかをしてほしいと願ってくれたこと。
帰宅して、自室で膝をかかえる。詠心が家まで送ってくれたけれど、会話はほとんどなかった。表情を盗み見たら、詠心の顔はわずかに強張っていた。詠心も緊張しているのかもしれない。もしかしたら藍斗以上に。
考えないと、ちゃんと……詠心のこと。
本音を言えば自信がない。詠心が好きだけれど、それがどういう意味かわからない。友達として好きなのと恋愛感情で好きなのは、どう違うのだろう。ぐるぐると頭の中に問いが浮かぶ。
詠心が好き? 自分に問うては頷き、首をひねる。好きだが、これは詠心が求めている気持ちなのか。
いつも優しくて頼りになる詠心。藍斗のことを一番に考えて心配してくれる。これまで詠心に何度救われただろう。たしかに詠心が『好き』だ。そばにいたい。ただ、詠心の想いは手をつなぎたいとかそういうものなのだと感じる。
昼休みに握られた手をじっと見る。まだ力強さが思い出せる。温かくて、少し骨ばっていて、男の人の手だ。手を握られても嫌な気持ちはなかった。詠心にされて嫌なことなんてない。
「わかんない……」
難しい。答えを見つけるのが大変なことを考えるのは苦手だ。でも考えないのは不誠実だと思う。詠心があんなに真剣に向き合ってくれているのだから、藍斗だって真剣でなければ失礼だ。なにより藍斗が真剣に答えを返したい。
「……」
ローテーブルに置いたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを起動する。トーク画面を開き、一瞬悩んでからメッセージを送った。五分ほどで返信があった。
『大丈夫だよ』
ほっとしながら、心の中で詠心に「ごめん」と謝って部屋を出る。どうしてもひとりではわからないのだ。
家を出ると、隣家の玄関ドアが同時に開いた。姿を見せたのは優しい幼馴染だ。
「ごめんね、春海くん」
春海はいつものように笑顔で迎え入れてくれた。謝りながら、春海に続いて階段をあがる。
部屋に入って、木製のローテーブルを挟んで春海と向かい合う。俯いている藍斗に、春海は声をかけてこなかった。
相談に来たのはいいけれど、なにをどう相談したらいいかわからない。聞きたいことだらけで、次々と質問が頭に浮かぶ。でもそのすべてが違う気がして、口を開いては閉じるのを繰り返した。
「あのね」
「うん?」
「……えっと」
黙っていたら春海が困るに決まっている。思案して視線を泳がせながら、ようやくきちんと口を開く。春海は急かさずに、ただ静かに首を傾けて、聞く体勢を取ってくれている。こいう優しさが本当にすごい。どうやったら身につくのだろう。
「……」
詠心をどう思っているか、それは藍斗自身でないと答えが出せない。黙っていても春海にはわからないし困るだろうけれど、相談しても困る内容だ。ひとりで考えないといけない。でもどうしてもわからない。
「……『好き』って、どんな感じなのかな」
藍斗の口から自然に零れた問いに、春海は困ったように微笑んだ。
たぶん、これが一番聞きたかったことだ。『好き』がどういうもので、どんな気持ちなのか。それに当てはめれば、自分の詠心への気持ちがどういうものか、答えが見える気がした。
「俺はあんまりおすすめしない感情かな」
どこか寂しそうに呟く春海に、首をかしげる。
「どうして?」
問いを重ねると、春海は目を伏せた。翳りのある表情に胸が騒ぐ。聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。焦りを覚えて、謝らなくちゃ、と慌てて口を開く。
「あの」
「幸せだけど、苦しいよ」
藍斗の言葉を遮ったのは、先ほどの答えだ。春海は目をあげ、一瞬藍斗を見てからすぐに視線を窓に向けた。今日も晴れていて、動くと汗ばむくらいの陽気だ。鳥の鳴き声が聞こえて、藍斗も窓に目を向ける。
「幸せだけど、苦しい」
春海の言葉を繰り返す。意味がわからないのに、言葉はなぜか、すっと心に馴染んだ。
20
あなたにおすすめの小説
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる