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幸せのかたち⑤
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告白の返事ができないまま、一週間がすぎた。これまでと変わらないようでいて、少し違和感がある。藍斗の気のせいではない。
「詠心?」
声をかけると、詠心ははっとしたように顔をあげた。
「あ、……悪い、ぼうっとしてた」
詠心はときどきぼんやりとして、なにかを考え込んでいる。
教室の窓際一番前が詠心の席だ。廊下側一番うしろの藍斗の席から離れているから、休み時間になると詠心が席に来てくれていた。でも最近の詠心はぼうっと席に座ったままなので、藍斗が詠心の席に行っている。詠心の様子がおかしいのは、あの告白の翌日から。
「……なにかあるなら聞くよ?」
話せることならば、相談にのるくらいはできる。詠心のためになにかできたら嬉しい。いつも支えて守ってくれる詠心に、返せるものがあるのなら返したい。詠心が悩んでいるのがあの告白のことなら、すぐには返事ができなくても、きちんと答えられるように考える。だから詠心はもっと藍斗に求めてくれていい。
「なにもない。ちょっとぼうっとしただけだから、大丈夫だ」
「……そう」
笑って見せてくれるけれど、やはり違和感が残る。あきらかに普段と違う。
僕じゃ、相談にものれないのかな。
詠心がいつも助けてくれるから、詠心が困っているときには藍斗がなにかをしたいと思ったのに。悔しさと情けなさが込みあげる。なにもできない、頼りない自分が悔しい。こんな自分が詠心に好かれているなんて、本当にありえるのだろうか。
そばにいても迷惑かも、と詠心の席から静かに離れようとしたら、人差し指を握られた。どきりとして足を止める。
「詠心?」
「藍斗は、なりたいものあるか?」
「ある」
即答すると、詠心は驚きの表情で目をまたたいた。なにか相談してくれる気になったのかもしれない。話を聞くくらいなら藍斗にもできる。
僕がなりたいもの、ひとつある。
「女の子になりたい」
そんなつもりはなかったのに、詠心はひどくつらそうな顔をした。
「悪い」
聞いてはいけないことを聞いたという顔をしているので、慌てて首を横に振る。詠心に気を遣わせるつもりはなかった。藍斗のほうこそ悪いことをした。自分の気のまわらなさに苛立ちさえ覚える。もっと相手の心の内を考えて発言をしないといけない。
「藍斗は女の子になれれば幸せか?」
幸せ……。女の子だったら幸せなのだろうか。男の藍斗が今まで築いてきたものを思い浮かべると、はっきりと頷けず、ただ曖昧に微笑むしかできなかった。
「僕が女の子だったら、お母さんが喜んでくれるから」
作った笑顔なんて、詠心には見抜かれる。それだけ詠心は藍斗のそばにいてくれた。だから今さら取り繕うこともない。表情がしおれ、しゅんとした藍斗に、詠心はなにも言わずただ視線を向けている。
無言がふたりのあいだに流れ、笑みを消したまま藍斗も唇を引き結ぶ。失敗した。顔が勝手に俯いていく。こんなことを言われたって、詠心が困るだけだ。やはり自分は人の気持ちを思いやれない人間だ。あまりに情けなくて、顔をあげられない。
「僕こそ、変なこと言ってごめん」
詠心の机に落とした視線の先で、詠心の手がすっと滑るように動いた。一度動きを止めた手は、意を決した動きでまた藍斗の人差し指を握る。
「俺はそのままの藍斗がいい」
静かな、落ちついた声が心に響く。ゆっくりと顔をあげた藍斗に、詠心は柔らかい微笑みを向けた。
そう、詠心はこういう人だ。思ったことや感じたことをはっきりと言ってくれて、そのたびに藍斗は救われる。詠心のまっすぐさは眩しくて、ときどき羨ましくなるほどだ。
「それは、僕が好きだから?」
「そうだ」
しっかりと頷いてくれて、心が温かくなる。
「でも、僕男だよ?」
「男とか女とかどうでもいい。藍斗だから好きなんだ」
驚きをそのまま顔に浮かべた藍斗に、詠心は落ちつかせるようにまた穏やかに笑んでくれた。胸にぬくもりが満ちる。
男でも女でもいいという考えを、知らなかった。男ではだめで、女でないとがっかりされる――そればかりが頭にあった。だから詠心からの気持ちは、驚きとともに藍斗の心に光を与えてくれた。
「そっか、ありがとう」
男の自分でも好きになってくれる人がいる。その事実は、たしかに藍斗を救ってくれた。本当に優しくて素敵な人だ。そんな人が藍斗を好きだと言ってくれるなんて、信じられない。
「詠心といると、心が楽になるんだよ」
今度は心から微笑むことができた。詠心は握った藍斗の指を、甘えるようにゆらゆらと揺らす。いたずら心で軽く手を引いてみると、長い指が追いかけてくる。
「……!」
追いかけっこをしていた手を前触れなく握られた。ぎゅっと力を込められ、心臓が跳ねる。
「詠心?」
周囲から見られている気がして、慌ててまわりに視線を走らせる。藍斗が考えすぎなのか、誰もこちらを見ていなかった。ほっとしながらも、いつ見られるかと思うとひやひやする。藍斗がなにかを言われるのはいいけれど、詠心が好奇の目で見られたりしたら嫌だ。男子同士が手をつないでいるくらいで、誰もなにも言わないかもしれない。でも、どうしても気になってしまう。
「あ、あの」
離してと言っていいかわからず、軽く手を引く。詠心は、逃がさないと手を握る力強さで伝えてくる。緊張しながら詠心を見ると、詠心は藍斗だけを見ていた。
濃茶色の瞳が、まっすぐに藍斗だけに向けられている。不思議と緊張がほぐれ、かわりに胸が弾む動悸がやっていた。とくんとくんと跳ねる心臓の動きにつられたのか、頬がわずかに熱くなる。
どうしたらいいかわからず、視線を逸らす。見られているのも手を握られているのも、恥ずかしい。
「藍斗」
いつもより低い声が藍斗を呼ぶ。少し硬い声音に、またどきんと心臓が跳びあがった。
「答えはいらないって言ったけど、やっぱり考えてくれ」
心臓は激しく跳ね続けている。どきんどきんと響く心音に、どうしようもなく落ちつかない気持ちになる。
返事のかわりに視線を詠心に戻す。詠心は一度唇を結んでから、ゆっくりと口を開いた。
「俺と一緒にいること、考えてくれ。俺は藍斗の恋人になりたい」
はっきりと言いきる詠心に、心音がいっそう高くなる。頬はじわりと火照り、動くことができない。指一本動かせない緊張を感じつつ、詠心の真剣な視線を受け止めた。
「詠心?」
声をかけると、詠心ははっとしたように顔をあげた。
「あ、……悪い、ぼうっとしてた」
詠心はときどきぼんやりとして、なにかを考え込んでいる。
教室の窓際一番前が詠心の席だ。廊下側一番うしろの藍斗の席から離れているから、休み時間になると詠心が席に来てくれていた。でも最近の詠心はぼうっと席に座ったままなので、藍斗が詠心の席に行っている。詠心の様子がおかしいのは、あの告白の翌日から。
「……なにかあるなら聞くよ?」
話せることならば、相談にのるくらいはできる。詠心のためになにかできたら嬉しい。いつも支えて守ってくれる詠心に、返せるものがあるのなら返したい。詠心が悩んでいるのがあの告白のことなら、すぐには返事ができなくても、きちんと答えられるように考える。だから詠心はもっと藍斗に求めてくれていい。
「なにもない。ちょっとぼうっとしただけだから、大丈夫だ」
「……そう」
笑って見せてくれるけれど、やはり違和感が残る。あきらかに普段と違う。
僕じゃ、相談にものれないのかな。
詠心がいつも助けてくれるから、詠心が困っているときには藍斗がなにかをしたいと思ったのに。悔しさと情けなさが込みあげる。なにもできない、頼りない自分が悔しい。こんな自分が詠心に好かれているなんて、本当にありえるのだろうか。
そばにいても迷惑かも、と詠心の席から静かに離れようとしたら、人差し指を握られた。どきりとして足を止める。
「詠心?」
「藍斗は、なりたいものあるか?」
「ある」
即答すると、詠心は驚きの表情で目をまたたいた。なにか相談してくれる気になったのかもしれない。話を聞くくらいなら藍斗にもできる。
僕がなりたいもの、ひとつある。
「女の子になりたい」
そんなつもりはなかったのに、詠心はひどくつらそうな顔をした。
「悪い」
聞いてはいけないことを聞いたという顔をしているので、慌てて首を横に振る。詠心に気を遣わせるつもりはなかった。藍斗のほうこそ悪いことをした。自分の気のまわらなさに苛立ちさえ覚える。もっと相手の心の内を考えて発言をしないといけない。
「藍斗は女の子になれれば幸せか?」
幸せ……。女の子だったら幸せなのだろうか。男の藍斗が今まで築いてきたものを思い浮かべると、はっきりと頷けず、ただ曖昧に微笑むしかできなかった。
「僕が女の子だったら、お母さんが喜んでくれるから」
作った笑顔なんて、詠心には見抜かれる。それだけ詠心は藍斗のそばにいてくれた。だから今さら取り繕うこともない。表情がしおれ、しゅんとした藍斗に、詠心はなにも言わずただ視線を向けている。
無言がふたりのあいだに流れ、笑みを消したまま藍斗も唇を引き結ぶ。失敗した。顔が勝手に俯いていく。こんなことを言われたって、詠心が困るだけだ。やはり自分は人の気持ちを思いやれない人間だ。あまりに情けなくて、顔をあげられない。
「僕こそ、変なこと言ってごめん」
詠心の机に落とした視線の先で、詠心の手がすっと滑るように動いた。一度動きを止めた手は、意を決した動きでまた藍斗の人差し指を握る。
「俺はそのままの藍斗がいい」
静かな、落ちついた声が心に響く。ゆっくりと顔をあげた藍斗に、詠心は柔らかい微笑みを向けた。
そう、詠心はこういう人だ。思ったことや感じたことをはっきりと言ってくれて、そのたびに藍斗は救われる。詠心のまっすぐさは眩しくて、ときどき羨ましくなるほどだ。
「それは、僕が好きだから?」
「そうだ」
しっかりと頷いてくれて、心が温かくなる。
「でも、僕男だよ?」
「男とか女とかどうでもいい。藍斗だから好きなんだ」
驚きをそのまま顔に浮かべた藍斗に、詠心は落ちつかせるようにまた穏やかに笑んでくれた。胸にぬくもりが満ちる。
男でも女でもいいという考えを、知らなかった。男ではだめで、女でないとがっかりされる――そればかりが頭にあった。だから詠心からの気持ちは、驚きとともに藍斗の心に光を与えてくれた。
「そっか、ありがとう」
男の自分でも好きになってくれる人がいる。その事実は、たしかに藍斗を救ってくれた。本当に優しくて素敵な人だ。そんな人が藍斗を好きだと言ってくれるなんて、信じられない。
「詠心といると、心が楽になるんだよ」
今度は心から微笑むことができた。詠心は握った藍斗の指を、甘えるようにゆらゆらと揺らす。いたずら心で軽く手を引いてみると、長い指が追いかけてくる。
「……!」
追いかけっこをしていた手を前触れなく握られた。ぎゅっと力を込められ、心臓が跳ねる。
「詠心?」
周囲から見られている気がして、慌ててまわりに視線を走らせる。藍斗が考えすぎなのか、誰もこちらを見ていなかった。ほっとしながらも、いつ見られるかと思うとひやひやする。藍斗がなにかを言われるのはいいけれど、詠心が好奇の目で見られたりしたら嫌だ。男子同士が手をつないでいるくらいで、誰もなにも言わないかもしれない。でも、どうしても気になってしまう。
「あ、あの」
離してと言っていいかわからず、軽く手を引く。詠心は、逃がさないと手を握る力強さで伝えてくる。緊張しながら詠心を見ると、詠心は藍斗だけを見ていた。
濃茶色の瞳が、まっすぐに藍斗だけに向けられている。不思議と緊張がほぐれ、かわりに胸が弾む動悸がやっていた。とくんとくんと跳ねる心臓の動きにつられたのか、頬がわずかに熱くなる。
どうしたらいいかわからず、視線を逸らす。見られているのも手を握られているのも、恥ずかしい。
「藍斗」
いつもより低い声が藍斗を呼ぶ。少し硬い声音に、またどきんと心臓が跳びあがった。
「答えはいらないって言ったけど、やっぱり考えてくれ」
心臓は激しく跳ね続けている。どきんどきんと響く心音に、どうしようもなく落ちつかない気持ちになる。
返事のかわりに視線を詠心に戻す。詠心は一度唇を結んでから、ゆっくりと口を開いた。
「俺と一緒にいること、考えてくれ。俺は藍斗の恋人になりたい」
はっきりと言いきる詠心に、心音がいっそう高くなる。頬はじわりと火照り、動くことができない。指一本動かせない緊張を感じつつ、詠心の真剣な視線を受け止めた。
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