幸せのかたち

すずかけあおい

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幸せのかたち⑦

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 昨日の春海の答えが頭でまわっている。半分混乱した状態で起床し、朝食を食べる。ぼんやりとしながらニュースを見ると、天気予報がやっていた。今日も陽射しが強いらしい。四月でも初夏の陽気が続き、春はすぎてしまったようだ。
「いってきます」
 家を出たら、ちょうど春海が小響家から出てくるところだった。目が合い、互いに微笑む。一緒に行こうか、なんて言葉もなく、自然とふたりで並んで歩く。脚の長い春海は藍斗に合わせてくれている。詠心もそうなんだよな、とふと思った。
 詠心のことを考えながら歩く。春海は声をかけてこないし、藍斗もなにも話さなかった。なんとなく、春海もなにかを考え込んでいるように感じる。それがなにかはわからない。でも春海の視線が、実際に見ている先ではなく、他のなにかに向けられているように感じた。
 駅につくと、なぜか詠心がいた。はっとして足を止めた藍斗に、春海は「先行くね」と手を振ってエスカレーターにのった。近づいてくる詠心の真剣な表情に緊張する。身を固くしていたら、詠心は小さくため息をついた。
「偶然だから!」
 声が大きくなってしまい、慌てて口を手で押さえる。詠心は複雑そうにしながらも、頷いてくれた。
 詠心と改札に向かうあいだ、気まずい沈黙に包まれた。周囲の話し声がいっさい聞こえないくらいに、詠心の声だけに耳を澄ませて歩く。でも詠心はひと言も話さなかった。
 ホームで電車を待ちながら、何度も隣の詠心を盗み見た。まっすぐに前を見ていて、表情は若干強張っている。怒っているのかもしれない。
「藍斗は」
 突然名を呼ばれ、びくんと肩が跳ねる。おおげさな反応に、詠心もわずかな驚きを見せる。
「ご、ごめん。なに?」
「藍斗は……小響さんが好きなのか?」
 急な話題に首をかしげる。なにがどうなったら、そうなるのだろう。
「よく一緒にいるだろ。家に行ったりしてるし」
 横顔が悔しげに見えて、緊張で心臓がどきんと跳ねる。詠心はなにか思い違いをしているみたいだ。
「僕は春海くんに逃げてるだけだよ。幼馴染として好きだけど、それだけ」
「逃げてるって?」
「……他に逃げ場所がないから」
 いつも春海に甘えてしまうことは、やはり申しわけない。詠心が藍斗の行動に苛立っているのがわかる。それでも詠心に甘えるのは、どうしても遠慮が先立つのだ。頻繁に詠心のところに逃げ込んだら、詠心にも詠心の親御さんにも迷惑になると感じる。詠心も親御さんも藍斗を迷惑がるような人ではない。わかっていても遠慮してしまうのだ。
「じゃあ、俺が藍斗の逃げ場所になる」
 詠心は藍斗の心を読んだように、しっかりとした口調で告げた。
「でも迷惑かけちゃうから」
「どうして小響さんには悪いって思わないのに、俺には遠慮するんだ」
 はっと顔をあげて目に入ったのは、つらそうに表情を歪めた詠心だった。言葉が出てこなくて喉が震える。怖いくらいに真剣に見つめられ、逃げたいほどの緊張に襲われる。
「慣れの問題なら慣れてくれ。俺は藍斗の逃げ場所になりたい」
 藍斗がなにかを言う前に電車到着のアナウンスが流れ、詠心の視線が逸れた。混み合った電車の中で、詠心はさりげなく藍斗をかばってくれる。いつものことなのに、今日はやけに緊張する。ドアに手をついた詠心の腕の中に守られる体勢で、詠心を見あげる。詠心も藍斗を見ていた。目が合って、そのまま動けなくなった。
 こんなに近かったっけ。
 この状態でなにも感じたことがない。それなのに今日は妙にどきどきする。緊張とは違うなにかが胸にある。
 人に押された詠心と、さらに距離が近くなる。うるさいくらいの心音を不思議に思いながら、詠心からいい香りがすることに気がついた。優しくて、心が穏やかになる香りだ。詠心の香りなんて、ずっとそばにいたのに気がつかなかった。
 会話のないまま電車に揺られ、高校の最寄り駅で降りた。流れにそって歩き、校門が見えてきたところでポケットの中のスマートフォンが震えた。
「……?」
 立ち止まって確認したら、詠心からのメッセージだった。ぱっと顔をあげて見ると、二歩先にいる詠心もスマートフォンを手に持ち、藍斗を見ている。なんだろう。メッセージの内容を確認して、また心臓が跳ねた。
『告白の返事と一緒に考えてくれ』
 もう一度顔をあげて詠心を見る。ゆっくりと頷いた詠心が歩きはじめるので、藍斗も続く。ずっと胸がどきどきしている。
 難しい問題が増えてしまった。
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