幸せのかたち

すずかけあおい

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幸せのかたち⑧

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 授業中もぼんやりとしたままで、ときどき詠心のうしろ姿を盗み見ては緊張した。
 変な感じが続いている。胸が騒ぐような落ちつかないような、言葉に表現できないなにかが心の内に広がり、追い立てられるのに似た焦りを感じる。なぜそんな感覚があるのかわからず、胸に手を当ててはため息をついた。本当に変だ。
 ぼんやりとしたまま放課後になり、普段どおり、と自分に言いきかせて詠心に声をかけようとする。
「あれ……?」
 教室内に詠心の姿がない。先ほどまで席にいたはずなのに。廊下に出てきょろきょろとしていると、廊下の先に詠心を見つけた。
「えい――」
 呼びかけようとして、言葉が止まった。
 詠心は女子と一緒にいた。
 ふたりでなにかを話していて、女子がふざけたように笑って詠心の肩を叩いた。詠心もそれを受けて笑っている。ずきんずきんと胸が痛む。
「……」
 詠心だって女の子がいいんじゃん。
 胸が苦しくて痛くて、ふたりの姿を見ていられない。背を向けて早足で廊下を進み、ひとりで学校を出た。
 どうしてこんなに悲しいのだろう。考えながら、俯きがちに歩く。電車に乗っても隣に詠心がいない。そういえば詠心と一緒に帰らないのは珍しい。いつでも詠心が藍斗のそばにいてくれた。
「ただ女子といただけなのに」
 そう、それだけなのだ。あの女子とつき合うとかあの子が好きだとか言われたわけではない。それなのに悲しくてつらくて、どうしようもなく苦しい。
 自分に自信がないから、こんな考えばかりになるのだろうか。どうしても自分と女子を比べてしまう。母が望むように、詠心も女子を望んでいるのではという考えが浮かぶ。詠心はひと言もそんなことを言っていないのに。
 自宅最寄り駅で電車を降り、寂しく思いながら帰路につく。自分で気がついていなかった自分勝手さを知る。詠心の隣を誰にも取られたくない。強い気持ちが胸を占めている。
「……?」
 家の近くまで来たところで、隣の小響家の前に人影がふたつ見えた。なにかを話しているようで、背が高いほうの人影が小柄な人影に近づいた。逃げようとする小柄なほうを、背が高いほうが捕まえた。背が高い人影は春海だ。
 なるべく見ないようにしながら家の門扉を開ける。見ないようにと思うと気になってしまって、そうっと隣家のほうを見たら、春海が男の子とキスをしていた。
「……っ」
 慌てて家に入り、自室に飛び込む。春海が男の子と一緒にいるところを見たことはあるが、あんなシーンははじめて見た。
「キスしてた……」
 どきどきと激しく心音を刻む胸に手を当てる。猛烈に恥ずかしくなってきた。幼馴染のキスシーンなんて、びっくりするし恥ずかしいに決まっている。
 キスって好きな人とするんだよね。
 ぼうっと熱い頬を両手で包みながら、首をひねる。春海の場合は好きではなくてもするのだろうか。でも話していたときの様子が、普段の春海と違う感じだった。
 考えていたらまたキスシーンが頭によみがえり、頬が火照る。恥ずかしいものを見てしまった。
「……」
 次に頭に浮かんだのは詠心だった。また心臓が跳ねる。でも先ほどまでの心音と違う。不思議なくらいに心臓が弾んで、心が甘く揺れる。くすぐられたときと似たこそばゆさに、じっとしていられない。落ちつけ、と胸に手を置いて深呼吸をする。
 詠心のことを考えただけなのに、こんなにどきどきしている。でも学校で詠心が女子といたところを思い出し、すぐに気持ちが沈んだ。不可解なもやもやを追い払うように頭を振ると、同時にポケットの中のスマートフォンが振動した。もしかして、と思ったらやはり詠心からのメッセージだった。
『先に帰ったのか?』
 文字を目で追い、返信せずにスマートフォンをローテーブルに置く。
「だって女子と一緒にいたじゃん」
 呟いたらまた悲しくなった。既読で放置するのも嫌だけれど、なにか返信すると詠心に嫌な言葉を送ってしまいそうだ。
 どうしても詠心と女子の姿が脳裏に浮かぶ。ベッドに横になり、枕に顔をうずめて呻いてみる。しばらくそうしていたら、階下からインターホンの音が響いてきた。繰り返し鳴るので、母は出かけたようだ。夕食の買いものに行ったのかもしれない。もやもやをかかえたまま階段をおり、親機のモニターを見ると詠心が映っていた。
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