永久糖度

すずかけあおい

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永久糖度

永久糖度③

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「恵吾、おはよう」
 今日はアラームを間違えなかった。いつも叶は恵吾が起きてから部屋に来る。どうも様子を見ていると、これほど好意を主張してくるわりには、強引に押しつけたり無理矢理なにかをしたりというのは好まないようだ。朝も眠いところを無理に起こされたことがない。起きたらベッドの横で座って待たれていたことはある。気遣いなのかなんなのか。
「岸井恵吾さん、結婚してください」
 学校について早々、登校する生徒たちの流れの中で立ち止まった叶は、恵吾の前で片膝をついた。
 ……俺、叶のこと全然わかってないかも。
 まさかこんな行動に出るとは思わなかった。強引に押しつけたり無理矢理なにかをしたりするのは好まなそうだったのに。いや、一応返事を待ってくれているのだから、強制ではないのか。
「叶、立てよ。みんな見てんだろ」
「答えをくれたら立つよ」
 周囲からだけではなく叶からもじっと視線を注がれて、さすがに困る。叶に本当に困らされたのははじめてかもしれない。
「……結婚は、無理」
「じゃあなにならいい? 愛人?」
「もっとだめだろ」
 食らいついてこられてため息を落とすと、叶は小さく首を傾けた。
「俺、恵吾といられるなら愛人でも我慢する。でも恵吾はひとりの人だけを大切にするってわかってる」
「わかってるなら愛人とか言うなよ」
 頭が痛くなりそうだ。
 こうしているあいだも、まわりは興味深そうに公開プロポーズの成りゆきを見守っている。恵吾が注目されるのが苦手だと知っているくせにこういうやり方をするのは、気に食わない。
「叶は俺の嫌がることはしないと思ってた」
「しないよ」
「じゃあなんでこういうことすんの?」
 苛立ちより不安のほうが大きく胸に渦巻く。叶が嫌いなわけではない。ただやり方が気にいらないのだということが、うまく伝わるかがわからない。
「恵吾と一緒にいたいから」
 叶は迷いもなくそう言いきった。
 一緒にいたい気持ちは恵吾の中にもあるが、このままでいいのかという疑念もある。叶の世界を狭めているのが自分だと思うと、簡単に頷いていいものではない。
「叶は俺以外を知らないだろ。他の人とも話したり仲良くしたりしてみろよ」
「俺は恵吾以外なんて知らなくていいの。だって恵吾だけが好きだから」
 間髪を容れず言葉が返ってきて、恵吾のほうが怯む。でも今は、いつものように「しょうがないな」と終わらせてはいけない気がする。
「どうしてそこまで俺にこだわるんだよ」
 はっきりさせるにはいい機会かもしれない。叶の気持ちも、恵吾自身の心も、見直したほうがいい。
「覚えてないの?」
「え?」
 なにを、と口に出す前に叶が言葉を続けた。
「俺には恵吾しかいないんだよ。恵吾が大好き。恵吾はいつもままごとでママをやってくれたし、結婚してって言ったらするって言ってくれた」
「そんなの小さい頃の話だろ」
「ううん。ずっと可愛い恵吾が、俺は今も大好き。一生好き」
「――」
 さすがに閉口する。この平凡な男子高校生に「可愛い」と言うか。
「叶、視力は」
「屋上にいる人が手振ってるのが裸眼ではっきり見えるよ」
「……だよな」
 恵吾も知っている。
「恵吾は俺の特別なんだよ」
 縋るような声で、胸がきゅっと掴まれたように疼く。絆されてはいけないと思うのに、頷きたくなる。叶の弱っている姿には絶対に勝てないのだ。
「しょ――」
「岸井くん嫌がってるんじゃない?」
 しょうがないな――また今回も流されて終わりだ。そう思ったのに。
 声のした校門のほうへ顔を向けると、茶色のショートボブヘアの女子が仁王立ちをしていた。思わず叶を見ると、叶もその女子に視線を向けている。
「長沼くん、いつも岸井くんを好き好きって迫るけど、岸井くんの気持ち考えたことある? 一方的すぎる好意は嫌悪につながるよ。嫌われたくないなら距離を置くべきじゃない?」
「恵吾の気持ち……嫌悪……」
 今まで聞いたことのない単語を聞いたような顔をした叶が、女子を凝視している。恵吾はさすがにそこまで言う必要はない気がするが、口を挟める雰囲気ではなかった。
「愛情と憎しみは紙一重って言うでしょ。今岸井くんが長沼くんの好意につき合ってくれてても、気がついたら嫌になってることだってあるよね。嫌いどころか、これまでにあったかもしれない出会いを潰したって憎まれるかもしれない。それに、長沼くんの好きは『本当の好き』なのかな?」
「恵吾に、憎まれる……『本当の好き』……?」
「いや、あのさ」
「いいの。わかってるから」
 これは言いすぎだと止めようとするが、逆に制止された。この女子はなにをわかっているのか、自信ありげだ。叶はぶつぶつと女子の言葉を繰り返しては小さく首をかしげ、恵吾を見る。
「岸井くんに憎まれる結末なんて、長沼くんも嫌でしょ? だから解決策を私が示してあげる」
「解決策?」
 恵吾が首をひねると、女子はふふんと笑んで大きく頷いた。
「長沼くん、私とつき合おう? 私が本当の恋愛教えてあげる」
 叶の腕に手を絡めた女子は、先ほどまでの剣幕が嘘のように可愛らしく微笑んだ。
 それが目的かよ……。
 恵吾だけではなく、固唾を呑んで見守っていたらしき周囲の生徒たちも、一斉に深いため息をついた。この女子は、妙に元気がある叶のファンのようだ。
「……」
 べたべたと叶にくっつく女子にもやもやする。
 なんで振り払わないんだ。俺が好きなんだろ、こんなわけわかんない屁理屈否定しろよ。
 ぼんやりとしている叶にも苛立ちが起こり、口もとが歪むのが自分でわかった。こんな突然現れた人間の言葉に惑わされるくらいの気持ちだったのか、と恵吾まで叶を責めそうになったが、それはこらえた。
「ね、叶くん。つき合ってみよ?」
「……」
 勝手に叶を名前で呼ぶな。
 自分でもどうしてこんなにいらいらするかわからない。でも腹が立って仕方がなかった。
「叶くんのこと、私はちゃんとわかってあげるよ?」
「っ……」
 俺以上に叶をわかるやつがいるわけないだろ!
 言葉が飛び出しそうになり呑み込む。こんなに注目されている中でそれを言うことに怖気づく。けれど断言できる。恵吾以上に叶をわかる人間など、この世にいない。
 叶もいつもの調子ではっきりと言えばいいのに、黙ったままで俯いている。そんな調子だから余計に相手が図に乗るのだ。
「可哀想。反省してるんだね。私が慰めてあげる」
 女子が叶の髪を撫でようとした手を、恵吾が払い落した。叶も女子も目を丸くして恵吾を見る。
「あのさ」
「はい。そこまでー」
 ちょっとやりすぎじゃないのか、と今度は恵吾が女子に詰め寄ろうとしたところで、梅田があいだに入った。叶と女子、女子と恵吾を引き離す。
「ほらほら、予鈴鳴るから。長沼も岸井もあんたも、教室行く行く」
 叶と恵吾の背を押した梅田もさっさと教室に向かっていく。校舎上方についている時計は、たしかに予鈴ぎりぎりの時間を示している。
「長沼、行くぞ」
 立ち尽くしたままの叶の腕を掴んだ梅田は、めんどくせ、と呟いてから校舎に向かっていく。恵吾も慌てて追いかけた。
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