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学園編
18.ウォード家の狂人
しおりを挟むあのあと、僕は沈んだ表情を隠すことも出来ないままブレイドと別れた。
一応曖昧な感じでも頷いてはみたけれど、正直まだ心が決まっていない。あんな大事な話を突然されたのだから当然だ。
とぼとぼと力無く部屋へ戻ると、玄関の扉を開けた瞬間大きな影に覆われた。
「……?わっ!?」
「フェリアル!」
無表情に僅かに焦燥を滲ませて飛び出したのは、ローダだった。
ローダは僕を見るなり安堵の息を吐いて、衝動に任せたみたいにぎゅっと抱き締めてきた。
僕も咄嗟にローダを抱き締め返し、肩に埋められた頭を反射的によしよしと撫でる。
「ローダ、どうしたの?なにか、こわいことがあった?」
ローズに似て、ローダは感情の起伏が少ない。
だというのにこれだけ余裕のない様子、何かあったのは明白だ。
心配になって眉尻を下げると、ローダは僕の肩から視線だけそろりと上げた。なんだか色々と言いたげなジト目にぎょっとする。
あ、あれ……どうしてそんなに睨むんだろう……。
「……お前がいないから焦った。拉致でもされたかと」
「あっ!ご、ごめんね!そうだよね、びっくりさせたよね」
そうだった。ローダは一応僕の護衛でもあるから、僕を心配してくれるに決まっていた。
寮生活を始めた初日の夜、一人で出かける時は最低限書き置きくらいは残すようにと約束したのに。
僕ったら、それを忘れて普通にブレイドについていってしまった。
これは大反省しなきゃ……と冷や汗を垂らしつつ、とにかくこればかりは正直に話すべきだろうと慌てて説明を始めることに。
「あのね、ブレイドのお部屋にいってたの。だいじなお話が──」
「……ブレイド?まさか、ブレイド・ウォードか?」
ローダが勢いよく顔を上げる。
例の件についても話すべきだろうか。そんなことを考えて、けれど巡らせようとしていた思考は反射的に中断された。
気のせいだろうか。あのローダが微かに瞳を揺らしている。
僕の両肩をガシッと掴むと、何やら切羽詰まった表情で僕の全身を確認し始めた。
「あ、あの、ローダ?」
「何もされなかったか!?」
「……へ?」
「あの狂人に、何かされなかったのか……!?」
ぱちぱちと瞬く。硬直した身体がようやく脱力するまでしばらくかかった。
ローダのセリフを脳内で繰り返し、やっと理解が追い付く。
けれど、どういう意味かまったく分からなかった。どうしてローダはこんなにも焦っているのか?それに、狂人とは誰のことを言っているのか。
あのギデオンの弟だから、確かに僕も初めは警戒したけれど。
でも、ブレイドは常識人だ。いっそこちらが拍子抜けするほどの、まともな人間。
野花が美しいからと早朝に中庭へ出るような彼を、ローダは狂人と呼んだのか?
「えっと、ローダ、ちょっぴりおちついて……なんのことだか、その」
困惑する僕に気が付くと、ローダはハッとしたように一度動きを止めた。
そしてすぐに気を取り直した様子で無表情を戻し、僕から離れて淡々と部屋へ踵を返す。
中へ進んでいくローダを見て、僕も慌てて後を追った。
玄関の扉を閉めて上がり込むと同時に、少し先まで進んでいたローダがふと振り返る。
「フェリアル。ブレイド・ウォードには関わるな」
「……え?」
ブレイドに関わるなって、一体どうして。
どうやらローダがブレイドに良い印象を抱いていないことはわかったけれど、そこまで嫌悪感を露わにする理由がいまいちよく分からない。
ただ困惑して佇むことしか出来ない僕に、ローダは珍しく眉を顰めて低く語った。
「アレは狂人だ、今後は絶対に関わってはいけない。いいな」
それだけ断言してローダは奥へと消える。
僕はというと、あまりに突然すぎる勝手な指示にちょっぴり不貞腐れてしまった。
ローダの事情は分からないけれど、流石に少し失礼だ。ブレイドはあんなにいい人なのに。お花を愛する素敵な人なのに。
彼が狂人だなんて。
確かに、ウォード家と聞いて良い印象を抱く人間は少ないだろう。けれどブレイド自身は、本当に心優しい素敵な人だ。
そのはずだ。そのはずなのに。
「……どういうこと、なのかな」
ぽつりと呟く。
きっと今鏡を見れば、それはもう困惑した自分の表情が見られるのだろう。
「でも、ローダは嘘つかない」
出会ったばかりだけれど、それは分かる。
彼からはローズの誠実さを感じる。育ての親だろうローズの穏やかな片鱗が、彼からは確かに感じ取れる。
だから、単なる悪意でブレイドを貶したのだとはとても思えなかった。
ローダのことだから、きっと何かしら根拠があってあんなことを言ったのだろう。
でも、それならますます分からなくなる。
あの素敵なブレイドを狂人と呼ぶに至った経緯が、これっぽっちも分からない。
「……僕も、なにか調べなきゃ」
だめだ、ただ悩んでいるだけなんて。
明日学校へ行ったら、早速アディくんにでもブレイドのことを聞いてみよう。
僕は学園に来たばかりだから無知なだけで、もしかしたらブレイドはかなり有名人かもしれないし。
そう決めて、僕は切り替えて今日の用事を済ませようと動き出した。
***
翌日。教室へ登校すると、僕はすぐにアディくんへ話しかけた。
「おはようアディくん。あのね、ちょっとね、聞きたいことがあるの」
「おう、フェリアルおはよう。聞きたいことってなんだ?」
朝の挨拶を軽く済ませ、アディくんの方に椅子を向けて座り直す。
一応周囲をチラチラと確認してから、恐る恐るブレイドのことについて尋ねてみた。
「アディくんは、ブレイドのこと知ってる?ブレイド・ウォード、彼のことを知りたくて」
「…………」
どんな人なの?
そう聞こうとした口は、まるで縫い合わされたみたいに開かなかった。
アディくんはなぜか、恐ろしいものでも見るような目で僕を凝視した。
やがていつもの空気を取り戻すと、ものすごく複雑そうな表情で逆に尋ねてくる。
「……なんであの人のこと知りたいんだ?お前、死にてぇのか?」
「は、えぇ!?どうしてそうなるの!?」
ブレイドのことを聞いたら死にたいことになるのか。
驚いて飛び上がる僕を、アディくんはやけに怪訝そうな顔で見据えた。いやいや、きょとんしたいのはこっちです。
「ブレイド・ウォードには関わるな、暗黙の了解ってやつだ。なにせあの人は、狂人家系で有名なあのウォード家で随一のイカレ野郎だからな」
「……??ブレイドが、いかれてる……?」
どこの世界線のブレイドかしら。そんなことを割と本気で考えた。
だって、だって。あの人畜無害を形にしたようなブレイドを、あろうことかイカレ野郎呼ばわりするだなんて。
これがギデオンだったなら、まぁ納得だし、反論も別にしなかったけれども。
でもウォード家随一となると、アディくんの認識ではブレイドはあのギデオンよりも狂っていると言いたいのだろう。
ブレイドには特殊な性癖とやらもないみたいだし、全然普通だと思うけれど……。
「とにかく、ブレイド・ウォードには関わるな。特に、あの人の前では精々“血”に注意しろ。絶対に血を見せちゃダメだ」
「血……?」
これまたどうして、と頭上のハテナが増える。
けれどそれを詳しく聞く前に、朝の休み時間の終了を告げる鐘の音が鳴ってしまった。
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