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学園編
17.贖罪を継ぐ者
しおりを挟む生徒会の役職も決まったし、アランとアディくん、大好きな友達である二人と過ごす時間も必然的に増えた。
いいこと続きでルンルン気分になりながら放課後の帰路につく。
寮に戻ったらまずは授業の復習を……いや、そういえば手紙を書くんだった。
やることを考えながら歩いていると、学校が終わったばかりでまだ人の少ない寮の玄関に、ふと見覚えのある人物が見えた。
「ブレイド?」
中庭ではじめましてをしたばかりの新しいお友達、ブレイド。
どうやら誰かに手紙を届けようとしていたところだったらしい。
ポストの前に立っていたブレイドは、僕の呼びかけを聞いて振り返った。
「これはフェリアル様。お一人でお帰りですか」
「うん。僕は学校に残ってすることもないから」
アランとアディくんはどっちも忙しくて用事があるみたいだし、オーレリア兄様は生徒会の仕事がある。
ローダも会長なので常に多忙だけれど、僕の護衛でもあるから仕事を減らしているらしい。
たぶん、もう少ししたら僕を追って帰ってくるだろう。
それにしても、ブレイドだって僕に負けず劣らず早い帰宅だ。
なんとなく気になったので、ぱちくり瞬きながらブレイドに歩み寄った。
「ブレイドはなにしてたの?だれかに、お手紙?」
ブレイドの背後にあるポストをチラッと一瞥する。
僕の問いを受けたブレイドは、一瞬だけ無表情を微かに気まずそうな色に変えた。
いけない、デリカシーのないことを聞いてしまっただろうか……確かに考えてみれば、手紙について聞かれるのは嫌かも。
反省して問いを取り消そうとすると、その前にブレイドが小さく頷いた。
「……はい、兄に手紙を。といっても、兄は手紙など読まないでしょうが」
そう語るブレイドの表情には、なんの感情も籠っていない。
それがなんだかとても不思議だった。家族のことを、そんな深淵が覗くような瞳で語るなんて。
それでも、なぜだか今のブレイドを放っておくことはできなくて。
まだ出会ってばかりだけれど、ネジの外れた例の知り合いに似た、けれど確かに温かみを感じるブレイドの仄暗い空気を、とにかくどうにかしたいと思った。
「あの……ブレイド。僕、ブレイドとお喋りがしたいな。もっと、なかよくなりたいから」
いっそ不安なくらいに人通りはない。
けれど校舎の方から確かに賑やかな気配が届いてくるから、それも相まって酷く物悲しい空気の中に取り残されているような気がした。
僕が恐る恐るそう言うと、ブレイドは一度ぐっと拳を握り締めた。
その拳からはすぐに力が抜け、あの感情が読めない紫の瞳が僕を真っ直ぐに射抜く。
「フェリアル様、無礼を承知でお願い致します。どうかお時間を頂けませんか、貴方様に……どうしてもお話したいことがございます」
陽が雲に隠れる。ちょうど日陰が寮の周辺を覆って、暗い空気が静かに漂う。
楽しかった昼の雰囲気とは一転、僕はやけに冷徹な空気を感じながら頷いた。
***
案内されたのはブレイドの部屋だった。
どうやらブレイドは一人部屋のようで、共用部のリビングがない代わりに部屋は他よりも少し広い。
全体的に物が少なく殺風景な室内で、僕はブレイドに勧められて質素な椅子に腰かけた。
「申し訳ございません。フェリアル様を招くには粗末な部屋ですが」
「ううん!大丈夫だよ。僕、こういう静かなお部屋も好き」
日当たりがあまり良くない部屋だからだろうか、なんというか、かなり薄暗い。
でも、なんだか逆に落ち着くかも。広くて明るい場所よりも、少し狭くて暗い場所の方がリラックスできるのかもしれないな。
「それで……お話ってなぁに?」
ブレイドが淹れてくれた紅茶を一口飲んで尋ねる。
僕の向かいに座ったブレイドは、僅かに視線を伏せて数秒黙り込むと、やがて意を決したように切り出した。
「……私の、父に関する話です」
ブレイドのお父様……?
それはつまり、ギデオンのお父様でもあるということだ。
予想外というか、それはもう斜め上の想定をいく内容だったので思わず目を丸くした。
「ブレイドのお父さまが、どうかしたの?お父さまに、なにかあった?」
僕がブレイドのお父様についてのお話を聞いてもいいのだろうか。
彼の父親とはあまり関わりもないはずだけれど……。首を傾げる僕に、ブレイドはただ淡々と答えた。
「父は死にました。二年……いえ、もう三年になりますね。例の災厄で、愚かにも神殿と結託したが為に」
ドクン、と鼓動が強く跳ねた。
嫌な音だった。全身が微かに震えて、金縛りみたいに動くことが出来ない。
そんな僕の様子を知ってか知らずか、ブレイドは気にせず話を続けた。
その表情は兄であるギデオンによく似ていた。中庭で花を愛でる姿には、確かにブレイドという温かい個性が見えたのに、今は見えない。
「我がウォード家には魔物の血が流れております。故に理性は弱く、本能は強い。人の形をしておりますが、中身は限りなく魔物という獣に近いのです」
淡々と語るブレイドが、自らの手のひらを見下ろして力無く息を吐く。
つい数秒前まで無だった瞳に、ようやく感情が灯ったように見えた。といっても、それは嫌悪とか憎悪とか、そういう類のものだけれど。
「魔物の毒。それはウォード家の秘技であり、禁術です。それは魔法とも呪いとも異なる。解毒には特殊な方法を扱う必要があります」
なんだか、どこかで聞いたような話だ。
魔物の毒……そうだ、そのせいで、“彼”は片腕を事実上失ってしまった。
僕の力を試してみようにも、もう魂を削る例の力を使うことは許さないと言われてしまったし……。
どうするべきか決めあぐねて、結局かなりの時間が経ってしまった。彼は今どうしているだろうか、ふとそんなことを思い出した。
ブレイドは、まるで僕の頭の中を読んだみたいにスッと目を細めた。
「父は死の直前、魔物の毒を敵に使用しました。相手はたかだか暗殺者が二人。あの飄々とした父が、あろうことか焦って禁術に頼ったのです」
二人の暗殺者。魔物の毒。神殿での最期。
点と点が繋がるみたいに、あの日の記憶が走馬灯のように蘇る。
迫り来る聖騎士達。彼は、帝国最恐の暗殺者は、自らに結末を下すと言って僕を逃がした。
思えば彼は僕が去った後、どんな結末を迎えたのだろうか。
「私はこの忌々しい血を継ぐ者として、父の遺産を清算する義務があります」
ブレイドがぐっと拳を握り締める。その瞳にはもう憎悪は滲んでいなかった。
揺るぎない決意の色が宿る。ブレイドは真っ直ぐに僕を見据えて語った。
「災厄の英雄、フェリアル様。どうか『帝国の闇』へお伝えください。愚かな父の罪は、私が責任を持って償わせて頂くと」
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