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学園編
40.噂の伯爵
しおりを挟む兄様達を見送った後は、すぐにローダとブレイドを探しに向かった。
二人ともあまり人の多い場所を好まない上に、仮にローズと会うつもりならそれこそ全く人がいない場所を選ぶはず。
そう考えて足を運んだのは校舎裏だ。ここはブレイドがよくいる場所でもあるし、もしかしたらと思って来てみたけれど……。
どうやらその勘は正しかったらしい。
「ローダ!ブレイド!」
学園の賑やかな空気が遠くにあって、まるで世界が断絶されているような感覚に陥る。
いつでも一歩引いたところに立っている二人は、やっぱり今回もそういうところにいた。
校舎裏へ回るとすぐに二つの人影が見えて、僕は迷いなく声をかけて駆け寄る。
「フェリアル……来たのか」
「フェリアル様。よくここが分かりましたね」
何やらコソコソと話をしていたらしい二人が驚いた様子で振り返る。
気のせいだろうか。声をかける直前、二人の纏う空気がピリついていたように見えたけれど……。
「オーレリア兄様から、ローダが出ていったって聞いて……心配でさがしたの。もしかして、ローズのお返事がきたの?」
僕の問いにローダは首を横に振った。
「いや、ローズさんからは何も。ウォードに用があったから呼び出した」
「ローダが……ブレイドに?」
ローダが個人的な用件で人を呼び出すなんて珍しい。
僕がきょとんと首を傾げると、ローダは少し躊躇った様子を見せてから言葉を続けた。
「……解毒手段についだ。詳しいことをまだ聞いていないだろう」
低く呟いたローダが疑心を含んだ視線をブレイドに向ける。
それを聞いてハッとした。そうだ、そういえば僕もまだ、ブレイドの言う解毒手段のことを詳しく聞いていなかった。
言われてみれば、僕はブレイドがローズを治せるということは知っているけれど、それ以上のことは知らない。
ローダからすれば不安になるのも無理ないだろう。
「そうだったんだね。えっと、それで、解毒はどうやってするの?」
「答えられないらしい」
「……へ?」
「答えたくないのだと。この男、まさか謀ったんじゃないのか」
ローダが一際鋭くブレイドを睨み付ける。
一触即発の空気に慌てて割って入りつつ、僕は眉尻を下げた困り顔でブレイドに尋ねた。
「ブレイド、どういうこと?詳しいこと、お話できないの?」
ローダは謀ったと言うけれど、そうは思わない。
言葉の足りないブレイドのことだ、きっと何か理由があるに違いない。そう思って尋ねると、ブレイドは案の定言いにくそうに答えた。
「……聞けば後悔するかと」
「後悔するような内容の解毒手段をローズさんに施すことこそ許せない」
ローダの尤もな即答にぐっと言葉を詰まらせたブレイドは、やがて観念したのか俯きがちに白状した。
「…………私の血を飲ませます」
「あ?」
ま、ままっ、まずい!
冷静沈着なローダが一瞬にしてドス黒い空気を纏い出してしまった……!
いや、当たり前だけれど。そりゃあ、ブレイドの今の発言はローダからしたら激おこものだろうけれど。
でも、そこをグッと堪えて、落ち着いて話の続きを聞こうじゃないか。
ローダの背中を撫でて「どうどう」と宥めると、ローダはものすごく殺気の滲んだ視線をブレイドに向けながら引き下がった。ひとまずほっと一息である。
「誤解しないでください。私も本意ではないのです」
「……本意、本意、お前はいつもそれだな。本意ではない、本能だと。ふざけるな、本意も本能も傍から見れば同じだクソが」
「ロ、ローダ!めっ!」
表に出さないだけでかなり鬱憤が溜まっていたのだろう。
ローダはムスッとした勢いのままブレイドに全てを吐き捨てた。ブレイドが可哀想だけれど……ぐぬぬ、正直ローダの言い分は尤もである。
「まぁ、ぐうの音も出ませんね」
「ブレイド、あきらめないで……ブレイドはいいひとだよ……」
ぐう、という感じの表情でブレイドが呟く。
なんだろう。出会った頃と比べて、ブレイドがどんどんギデオンに近付いているような。
初めはあんなにまともで優しい人だと思ったのに、今やすっかり立派なウォード家の令息に見える。
「確かにあなたの仰ることは正しい。ですが本当に、本意ではないのです。本能的な昂りは止められませんが、決して不純な下心は抱かないと断言いたします」
「本能的な昂りこそが不純な下心だ。このクソ──」
「わーっ!ローダ、めっ!!」
さっきよりもっといけないことを言い出しそうなローダを慌てて止めた。
ローダがどんどん冷静沈着から遠い人になってしまう……。
「ブレイド!さっきの、もっと詳しく話して!説明おねがい!」
「ふむ……わかりました」
ローダの口元を両手で塞ぎながら叫ぶ。
ブレイドは僕の焦りを他人事みたいに見て頷くと、さっきの衝撃の発言についての説明をしてくれた。
「ウォード家に魔物の血が流れていることはご存じでしょう。そして、伯爵を蝕んでいる毒も同じく魔物のものです」
「ふむふむ。そうだね」
「いわゆる毒を以て毒を制す、です。魔物の成分が流れているといえどもこれは人の血。人体に害はございません」
「ふんふん。それで?」
「簡潔に言えば、伯爵を蝕む毒を私の血で倒すのです。私の身に流れる魔物の血そのものが、魔物の毒に対する唯一の解毒手段なのです」
なるほど。これは不純な下心だけでは片付けられない合理的な理由だ。
どうかね?と恐る恐る見上げると、ローダは未だにムスッとしつつもさっきよりは落ち着きを取り戻した様子だった。
「…………そういうことなら、仕方ない」
全然仕方なくなさそうな感じでそう答えたローダに、うんうんと強く頷いた。
ローダ、えらい。きちんとグッと我慢できてえらい。
「うむうむ。それで、ローダ。ローズはいつ来るのかな」
「さぁ。この男に身を委ねることが嫌で来ないかもしれないが」
この流れでサラッと空気を変えようとしたのに、普通に失敗してしまった。
ブレイドへの不信感は完全に定着してしまったのか、ローダはツンとした態度でブレイドから顔を背けた。
それを見てガックシと肩を落とすけれど、仕方ないか……とも思う。
元々いかにも相性が良くなさそうな二人だったし、親友みたいに仲良くなれなくても仕方ない。残念だけれど……。
「そ、そんな。ローズはきっとくるよ。大丈夫、ローズはこういうとき、逃げるような人じゃないから」
「────その通りだ。俺は逃げなどしない」
「うむ、それは当然だよ。だってローズはそういう人…………って、あぇ??」
一度はローダの返事だと思ったそれが、あれれ?なんか声が微妙に違うような……と気付いたのはすぐのことだった。
ローダも、ブレイドですら気配を察知できなかったらしい。
一拍遅れてからハッと振り返った二人に続き、僕もギギギッと背後を見る。
そこに至って普通に立っていたのは、まさに噂をすればといった感じの彼だった。
「ろろっ、ローズ!!」
ぎょえぇ!と両腕を上げてびっくり仰天する僕を見て、いつも通り全身黒づくめで現れた彼……ローズは、無表情のままきょとんと首を傾げた。
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