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学園編
41.ローズ・シュタイン
これは予想外である。
いや、ローズはこういう時に逃げない人だというのは分かっていたけれど、まさかこんなに早く現れるとは思わなかった。
正直なところ、今日は会えないだろうなとさえ思っていた。
ウォード家の人間に腕を治してもらうなんて、ローズからしたら複雑だろうし……きっと悩みに悩んで、今日は来られないんじゃないかと。
でも違った。
僕の目の前には、至っていつも通りのローズがスンとした感じで佇んでいる。
「ローズ!お、おひさしぶり?」
「あぁ。見ない間に豆粒ほど背が伸びたな、フェリアル」
「まめつぶ……」
それ、全然背が伸びていないって言っているのと同じじゃないのかね。
相変わらずノンノンなデリカシーのローズに肩を落とす。
決して気を遣わない直球コミュニケーションのローズは安定のようだけれど……ま、まぁとにかく、いつも通りみたいでよかった。
「ローズさん……来てくれたんですね」
ガックシと項垂れる僕の横で、ふとローダがぽつりと声を零した。
ローズに似て感情の読めない無表情が、今はなんとなく嬉しそうに綻んでいる気がする。
本当にローズのことが好きなんだなぁと、こんな状況だけれど少し微笑ましく思った。
「当然だ。使い物にならない左腕を修復出来ると聞いたからな」
自分を道具みたいに言う癖も相変わらずみたいで、思わずメッとお説教しそうになったけれどグッと堪えた。
今はそれどころじゃない。それよりも……ローズの発言がちょっぴり引っ掛かる。
それは僕だけじゃなくローダも同じだったみたいで、ローダは訝し気に首を傾げた。
「……ローズさんは、ここへ来ることを躊躇していたのでは」
そう、そうだ。
今までずっと手紙の返事も来なかったし、まるで音沙汰がなかった。
てっきりブレイドに治癒されることを躊躇っているのかと思っていたけれど、違ったのだろうか?
「ローズ、お手紙、返してくれなかった……」
ローダに続いてぽつぽつと呟く。
眉尻を下げた僕を見下ろすと、ローズは無表情のままきょとんと瞬いた。
「手紙?あぁ、多忙だったので返す暇がなかった」
「……へ?」
「トラードに代筆を頼もうと思ったのだが、それも忘れていたようだ」
淡々と語るローズにまたもやガックシと肩を落とす。
そ、そうだった……ローズって、こう見えてかなり天然のうっかりさんなんだった……。
「そ、それじゃあ、ローズは来る気満々だったのね」
「あぁ。来る気満々だった」
来る気満々だったのか……。
嬉しいけれど、ローズが手紙を無視したわけじゃなかったのは嬉しいけれど。
それはそれとして、このローズのシュールな感じが懐かしくてちょっぴり感慨深くなる。
「それで、そこの男がウォードか」
ローズが僕とローダの背後に目を向ける。
ハッとしてその視線を追った先には、何とも言えない複雑な表情を浮かべたブレイドが立っていた。
「……ブレイド・ウォードと申します。お会いできて光栄です」
僕達のやり取りをずっと黙って見ていたブレイドは、ローズに話しかけられると恭しく頭を下げた。
ローズは微かに目を細めると、音もなくブレイドに近付いて淡々と尋ねる。
「俺はお前の父親を殺した。知っているか」
「はい。もちろん存じております。あなたに償える機会を心待ちにしておりました」
「……償い?俺ではなく、お前が?」
怪訝そうに眉を寄せるローズに、ブレイドは迷わず頷いた。
「ウォード家に身内の情というものはございません。ただ、身内が遺した禍根や往生際の悪い爪痕は生きている者が後処理をする。それが家訓なのです」
そう言うとブレイドは赤い液体の詰まった瓶を取り出し、それをローズに手渡した。
恐らくあれがブレイドの言っていた血なのだろう。飲めば解毒されるというのは本当なのかな……。
「魔物とほぼ同じウォード家の血は、それ自体が魔物の体液を解毒する中和剤の役割を果たします。それを飲めば父が遺した毒は解毒されるでしょう」
一切の躊躇なく片手で瓶の蓋を開けたローズを見て、ブレイドは一瞬驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに表情を僅かに歪め、一気に瓶を呷ろうとしたローズを引き留めるように声を上げた。
「お待ちください。お分かりですか、それを飲めばあなたの血に魔物のそれが混じることになるのですよ」
「……おい、それはどういうことだ」
低く声を這わせたのは、当のローズではなくローダだった。
ローダに腕を掴まれて血を飲むことを中断させられたローズは、特に何も言わずスンと動きを止める。
なんだかオモチャを取り上げられた子供みたいだ。
「言葉の通りです。魔物の成分が定着し、血を分けた子や孫にも代々魔物の血が継がれていくことになる」
静かに話を聞いていたけれど、初耳のそれにはぎょっと目を丸くした。
それは……それはつまり、実質ローズは子供を作ることが出来なくなるということか。
こう見えて心底優しいローズのことだ。
魔物の血が流れることになると知れば、死ぬまで子供を望まなくなるはず。
ローダもそのことは容易く想像出来たらしく、瞳に怒りの色を滲ませた。
「なんだと、お前はッ────」
「ローダンセ。やめろ」
ブレイドに掴みかかろうとしたローダだったけれど、ローズの一言ですぐに動きを止めた。
どうやらローダは、どんな時でもローズの言葉にだけは逆らえないらしい。
「別に構わない。元々子を生す気などない」
「ですが、ローズさん……」
「ローダンセ」
説き伏せるような声音だった。まるで、親が子を言い聞かせるような。
ローダの頭をふわりと撫でるローズの姿に、不思議とぎこちなさはなかった。傍から見ても、まるでローズはローダの父親みたいだ。
「日陰者が生むのは負の連鎖だけだ。俺は恨みを買いすぎた。物心ついた時から、この血を途絶えさせないという選択肢は俺にはない」
そう語るローズの表情は悲痛も後悔もなくて、ただどこまでも凪いでいた。
こういう時にふと『ローズ・シュタイン』の本質を突き付けられる。
僕は前世を……リベラ様が見せてくれたあらゆる方面からの過去を通じて、ローズの内側を知り尽くしている。だから、何も言えない。
安易に口を出せない問題だと分かっているからこそ、もどかしい。
ローズは確かに暗殺者として生きた過去があって、その時に生んだ数多の憎悪はそれこそ他人の想像を絶するほどだろう。
ローズは決して善人じゃない。
それが分かるから、否定できない。そのことがもどかしい。
「むしろ好都合だ。子を生せと喧しい外野を黙らせることが出来る。腕を修復出来る上に大義名分まで。これほどの好条件はないだろう」
ローズの声音には強がりも嘘もない。単純な本音だ。
ローダもそれを理解出来るからか、色々と言いたげな表情をしつつも全てを飲み込む判断をしたらしい。
「……ローズさんが、構わないと言うなら」
ローダがローズの腕から手を離す。
右腕が解放されると、ローズは改めて瓶を持ち直して一気に中身を飲み干した。
「…………、世辞にも美味とは言えない」
「まぁ血ですから」
ローズが血を呷る瞬間、緊迫した空気がそれはもう張り詰めたけれど……。
シリアスブレイカーことローズが、これをあっさり締まらない空気にぶち壊してくれた。
「腕は特に動かないが」
「完全に毒が中和されるまで少々時間を要します。私の血があなたの血に馴染めば、自然と腕の麻痺が解消され動くようになるでしょう」
「そうか。わかった」
淡々と言葉を交わすローズとブレイドを見て、ローダはさっきまでの不安が嘘のように呆れ顔を浮かべていた。
わかるよ、ローダ。ローズもブレイドも、どっちも不思議さんだものね。
「フェリアル、ローダンセ、安心しろ。完全に動くようになったら、その時は忘れずに手紙を出す」
「あぁ……はい」
「リハビリがんばってね、ローズ」
ふぁいとだよーと拳を握ると、ローズは親指を立ててうむと頷いた。
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