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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
120.ウサくんとシモン
しおりを挟む「シモン。準備できた」
わくわく。頬を紅潮させて言うと、シモンは笑顔のままグハッと悶えて蹲った。
十歳の誕生日にお父様から新しく買ってもらったショルダータイプの小さな鞄。
その中にお土産の手作りクッキーといつも持ち歩く飴をたくさん入れて、準備を終えたことを部屋の隅で待機していたシモンに報告する。どうして今、というところで悶えるシモンの姿はいつものことなので、回復するまでそわそわしながらじっと待った。
「ぐっ…ふ……えらいですフェリアル様!お一人で準備出来ましたね!」
「ふふん。僕、かっこいいお兄さんなれた?」
「それはもう!フェリアル様はカッコよさと愛らしさを併せ持った究極のお兄さんですよ!」
「えへへ」
「グハァッ!!」
今日はよく悶えるなぁ。体の調子が悪いのかなぁと心配しながらも、気付けば時間がかなり迫ってきていたので慌てて部屋を出る。
いこういこうとぴょんぴょん跳ねて催促すると、シモンは鼻血を手で押さえながら颯爽と僕の後を着いてきた。
廊下に出て、不意にシモンが何かを思い出した様子でピタリと動きを止める。どうしたのだろうと瞬く僕に、シモンはぽつりと問いかけてきた。
「ウサ様はご一緒しなくて良いんですか?」
その問いを聞いてぴしっと硬直し、やがてへにゃへにゃと肩を落とす。
鞄の紐をきゅっと掴んでしょんぼりと答えた。
「うん…ウサくんとは、これからはお邸で遊ぶの。お外では、ウサくんばなれ、する」
「……!!フェリアル様…」
最近までは何も考えていなかった。ウサくんはお友達だからという理由でどこへ行くにも一緒に連れて行っていたけれど、最近になってようやく、僕はあることを考えるようになった。
もう十一歳になる。かっこいいお兄さんへの階段も着実に上って行っている。
それなのに、ずっとウサくんと一緒にいるのはどうなのかって。身も心もお兄さんになっていく過程で、僕はこれから一人でも動けるようにならなくてはいけないのだ。
だから、いつまでもウサくんの温もりに甘えてばかりではいられない。悲しいけれど、寂しいけれど、ウサくんにはお邸で僕を応援してもらって、温かく見守っていてほしいという身勝手な我儘。
しゅんと沈んだ表情を浮かべてそう言うと、シモンは顔を大きな手で覆って俯いた。
「シモン……?」
「恥ずかしいからとかじゃ無いんだよなぁ…そういうところが天使なんだよなぁ…」
「だいじょぶ…?」
「これが子供の成長ですよね…寂しいような…嬉しいような…」
ずるずると蹲って何やらぶつぶつ呟くシモン。何だかとってもじーんとしている。何かに浸っているような姿に首を傾げる僕をそろりと見上げると、シモンは哀愁を含んだ穏やかな笑みで小さく語った。
「俺、世の親の気持ちが分かった気がします…子供の成長って嬉しいことばかりだと思ってましたが、結構寂しいことも多いんですね…」
シモンが…シモンが何やら悟っている…。
大丈夫かなと思いながらそわそわシモンの様子を見守る。どこか痛いのかな、何が寂しいのかな。
シモンが言葉通り本当に寂しそうな顔をするものだから、何だか僕まで寂しくなってきた。突然胸にぽっかり空いた穴を埋めるように、正面で膝をつくシモンにぎゅっと抱き着く。
シモンがぴしりと硬直したのをいいことに、首元にうりうりと顔を埋めてこっそり囁いた。
「あのね。でもね。ぼく…シモンばなれは、できないかも…」
「……」
薄っすら頬を染めて言ってみたけれど、何の反応も無いことを不思議に思って顔を上げる。見上げて、ぎょっとした。
シモンの瞳からは滂沱の涙が溢れ、鼻血も絶え間なく零れ続けている。はっきり言って、ちょっと怖い顔。
あわあわぱちくりと瞬いてかたかた震えていると、やがてシモンはぶわっと涙の勢いを強めて「ううぅぅぅ…」と呻き始めた。
「一生…俺離れなんてしなくていいです…!!」
「シモン。はなぢ、はなぢ」
「寧ろ俺の方がフェリアル様離れなんて出来ませんからぁ…!!」
「はなぢ大変。ふきふきしないと」
一文字一文字全てに濁点がついているような掠れた声。よしよしと宥めて頭を撫でてあげると、シモンはぐすっと永遠に続きそうな涙を堪えてぎゅっと抱き締め返してきた。
「離れないでくださいぃ…」
「はなれないよ。だいじょぶ、だいじょぶ」
「成長なんてしないで…子供の成長なんて残酷なだけです…」
「うれしいこと、たくさんある。だいじょぶ」
寂しいこともあるって言っていたけれど、嬉しいことだってあるってさっきも言っていた。
だから大丈夫だよとぎゅーしてあげると、シモンはやがて落ち着きを取り戻して大惨事になっていた鼻血をてきぱきと数秒で拭き終えた。
「すみません…少々取り乱しました…」
少々だったかな、と思いながらも口にはしない。僕はお兄さんだから空気を読むのもお茶の子さいさいなのだ。
「元気になった?」と問うと返ってくる肯定の言葉。それに満足してうんうん頷き、今度こそとシモンを立ち上がらせた。
時間はぎりぎり間に合いそうだけれど、少し遅れても彼はきっと怒らないだろう。とはいえ、それは遅れてもいい理由にはならないからなるべく急ごうとシモンの手を引いて歩き出す。
いや…歩き出そうとした。
「フェリアル様!」
不意に背後から聞こえてきた声にハッとして振り返る。隣に並ぶシモンが微かにぴくっと反応したような気がした。
「サムさん。どうしたの?」
「フェリアル様…!よかった…ギリギリ間に合いましたね」
余程急いで走ってきたのか、突如訪れたサムさんの額には汗が滲んでいる。けれど息切れを一切していないことに気が付き、サムさんも騎士なんだと当然のことを改めて思った。
サムさんとはたまに訓練場を見学に行く以外会う機会があまり無いから、久々の再会に少しそわそわしてしまう。そんな僕の様子に気が付いたのか、ふとサムさんが警戒を解くような柔らかい笑みを浮かべて膝をついた。
シモンの背後に隠れてちらりと覗くと、サムさんの穏やかな色を滲ませた瞳と視線が合って思わず固まる。
「フェリアル様、おはようございます。最近はフェリアル様もお忙しかったようで…久々に会えて嬉しいです」
にこ、と浮かぶ笑顔。これがお兄さんを極めた大人の余裕か…と息を吞んだ。
サムさんの思い通りと言うべきか、その笑顔でまんまと警戒を解いた僕は、恐る恐るシモンの背後から顔だけでなく全身を出してそっと近付く。やや伏し目がちになりながら、照れくささを隠してぽそりと答えた。
「ぼ、ぼくも…うれしい…」
もじもじと体を揺らしながら言うと、サムさんはたちまち余裕気な笑顔を綻ばせて「ぐうかわ…!!」と大きく悶え始める。
何だか既視感が…と思いながら横を見る。なるほど血の繋がりは確かなようだと、シモンを一瞥してふと思った。
それにしても、どうしてシモンはサムさんに何も言わないのだろう。叔父と甥の関係だというのに…と思いながらも、そういえば昔から二人にはあまり表での接点がなかったのだと思い出して更に疑問を深めた。
「……副団長。フェリアル様はこれからご友人に会いに行く予定が控えているのですが…用件を手短に願います」
「おっと、そうだったね」
感情の籠らない声で用件を促したシモンには特に反応を示さず、サムさんは笑顔のままシモンに向き直って淡々と答える。
「さっき侍従長がお前を呼んでいたよ。どうしても外せない件らしいから、絶対に来いって。その代わり、今日のフェリアル様の護衛は私が務めることになった」
「……は?」
怪訝そうな声を低く紡いだシモンとほぼ同時に、僕もぽかんと目を見開く。
シモンが護衛から外れる…?今日の外出は、シモンと一緒には出来ない…?
思わずシモンの服をきゅっと摘まんだ僕に気が付いたのか、サムさんがはっとした様子でにこっと笑った。
「大丈夫ですよ。フェリアル様がご帰宅なさった頃には、シモンも通常業務に戻りますから。外出時の護衛のみ、私が務めることになっただけです」
「……」
「私では…頼りないでしょうか…」
「う…ううん…!わかった。今日、よろしくね。サムさん」
「はいっ!精一杯務めさせて頂きますので、ご安心ください!」
しゅんとしたサムさんに焦燥が募り、慌ててよろしくと言うと返ってくる満面の笑み。何だか騙されたような感覚がして少し悔しい。
む…と唸りながら振り返ると、何処となく寂しそうな顔をしたシモンが視界に映ってぴたりと表情を戻す。ぎゅっと手を握るとこちらに向く視線にふわりと微笑んだ。
「帰ったら、一緒にチーズケーキたべよ?」
「……!!」
寂しそうな顔がたちまちぱぁっと輝いたことに満足して頬が緩む。
シモンが一緒じゃないことには慣れていないから、正直きっとシモンより僕の方が寂しさを感じている自信があるけれど…それでもシモンの仕事の邪魔をしていい理由にはならないから、そっと本音を隠した。
それにしても、侍従長がシモンを呼び出すなんて珍しい。いや、仕事が終わった後とか、僕が知らない間には話しているだろうけれど。
それでも、恐らくシモンに課せられた最優先任務である僕の護衛を後回しにしてまで、どうしても呼び出さなければならない理由があったということ。
それが何故だか、考えれば考えるほど異様に気になって仕方なかった。
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