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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
119.ある朝の主と侍従
しおりを挟む「しもん…おはよう…」
眠い目を擦りながら部屋を出る。案の定既に扉の前で待機している姿に声をかけると、物凄く驚いた顔を浮かべたシモンが振り返った。
「フェリアル様!?まだ早朝なのにどうして…?」
慌てた様子で膝をついたシモンは、こくりこくりと頭を揺らす僕を抱き上げて背中をぽんぽんと撫でる。眠気と戦っている時に背中ぽんぽんはいけない。これでは眠ってしまうと焦りを抱いて、腕の中でもぞもぞ動いて抱っこから逃れた。
眉間に皺を寄せて無理やり瞼を上げると、そんな様子を見たシモンが心配そうな表情を向けてくる。ぱちぱちと軽く瞬いて顔を上げ、少し目を伏せながら小さく問い掛けた。
「……きょうは…お手紙、とどいた?」
「あ…いえ…今朝は何も…」
僕の問いの真意を察したらしいシモンが申し訳なさそうに眉を下げる。それにあたふたと首を横に振って、全然大丈夫だよと笑みを浮かべて見せた。
昨日一週間ぶりにガイゼル兄様から近況報告の手紙が届いたものだから、今朝も来ないだろうかとそわそわして早起きしてしまった。
普通に考えて、聖者に怪しまれないよう日を置いて届く手紙が昨日今日と続いて届くはずがないのは明白なのに。昨日の手紙にも望んでいた内容が記されていなかったから、無意識に焦っているのかもしれない。
「…ごめんね。まだお仕事の時間、ちがうのに…お話しちゃって…」
きょとんと瞬くシモン。へにゃりと眉を下げる僕を見下ろし、シモンは困ったように柔らかく微笑んで答えた。
「何を言いますか。俺はいつも仕事が始まるのを心待ちにしてるんですよ。今日はいつもより早めにフェリアル様とお話が出来てとっても嬉しいです」
言葉通り、シモンの表情がにこっと嬉しそうに緩む。
「今日は良い日になりそうですね」とにこにこするシモンにぎゅーっと抱き着くと、瞬く間に堪えていた眠気が表に出始めてしまった。
片腕に抱いていたウサくんを両腕で抱っこし直すと、そのウサくんごと僕の体を抱き上げたシモンがそろりと部屋に入る。
カーテンを閉め切ったまだ暗い寝室。その壁際に配置されたベッドの前に進んだシモンは、その中央にそっと僕を下ろした。
「シモン…?」
「まだ早いですから、ゆっくり休んでください。もしもお手紙が届いたらちゃんと起こしてあげますから、ね?」
「……うん」
ぜったいだよ、と念を押すと返ってくる「絶対です」という穏やかな声音。
ベッドの縁に控えめに腰掛けたシモンに手を伸ばすと、すかさずそれを大きな手に包まれる。温かい感触にほっと息を吐いて、半ば無意識にぽつりと呟いた。
「……シモンは、ずっと一緒だよ。僕のこと、置いていったらだめ…」
今朝、手紙以外に早く起きてしまった理由がもう一つある。
それは、幼少期によく見ていた悪夢を最近になって再び見るようになったこと。僕がフェリアルになって、兄様達に侮蔑の眼差しを向けられるあの悪夢。
大好きな人たちがみんな聖者を守るように立ちはだかって、悪役の僕に制裁を与える。そんな、泣きそうになるくらい辛い夢。
夢なのか現実なのか分からなくなるくらい、その悪夢は酷く生々しい光景に見えた。
「シモン…だけは…だめ。ぜったい、だめ…」
ディラン兄様の件もあったし、思ったより最近の出来事がトラウマになってしまっている。
最悪近い内にゲーム通りのシナリオが始まったとしても、それは分かりきっている未来だから、どれだけ悲しくなってもきっと最期には諦められる。
でも、シモンだけは別。ゲームで結末さえ迎えられなかったシモンは、ある意味唯一フェリアルの直接的な敵にならなかった人物だった。
だから、そんなシモンが僕から離れるようなことが万が一にでもあれば…それはどれほどの絶望なのか、今の僕には想像もつかない。
この世界で、きっと自分が一番信頼できるのはシモンだろう。とっくに運命が終わっている筈のシモンと、運命が近い内に終わることが確定している僕。どこか似た境遇のシモンだからこそ、シモンだけはという執着にも似た感情が湧いてしまう。
シモンだけは、最後まで奪われるわけにはいかない。
そんな自分勝手な我儘を。
「……言われなくたって、絶対離れてあげませんよ。一人にはしません。だから…フェリアル様も、俺を一人にしないでくださいね」
誰だって、独りぼっちは悲しいだろう。
独りで死を迎える虚しさを知っているのは、僕だけではなかったのかもしれない。
ふわりと頭を撫でる手があまりに優しいものだから、思わずぽろりと涙が零れる。きっとこれは眠いせいで、それだけで、特別な理由なんてない。
そう、これは眠気が引き起こしたただの夢。思わず溢れた、ただの独り言。
世界が敵になったとしても、シモンはずっと一緒だなんて言ってくれるのだろうか。バッドエンドが確定していたとしても、それでも…。
ぽつりぽつりと零れる独り言を、シモンは全て丁寧に拾ってくれる。真剣な表情が不意にふわりと綻んで、「壮大な冒険記でも読みましたか?」という笑みを含んだ優しい声音が耳に届く。
どうやらシモンは、僕の悪夢を本の読みすぎのせいだと解釈したらしい。確かに、突然こんな独り言を聞いたら、一体何を読んだのかと思ってしまうのも無理はない。
それならそれで、なんて思いながら静かに口を閉ざす。言葉の止んだ僕を見て眠ったと思ったのか、シモンは少しズレていた毛布を肩まで引き上げてくれた。
「……悲惨な結末でも、フェリアル様が一緒なら…それは俺にとってのハッピーエンドですよ」
ふと届いた言葉に息を呑む。
本を読み過ぎた主が呟いた独り言。シモンにとっては、僕の言葉はそういうものとして捉えられていたはず。
だから、細く語られたそれに深い意味なんてきっと無い。無いはずなのに。
何気ない一言が長い間脳内で繰り返されるほど、その声音には確かな覚悟が宿っているような気がした。
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