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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
123.闇属性(シモンside)
しおりを挟む『あの子の周囲は死に急ぐ人間が多いな』
フェリアル様の元に転移した筈が、何故か大人の男の低い声が聞こえてくる。
ついさっきまで激痛を伴っていた体は痛みが引いていて、動きがままならなかった状態も完全に回復していた。
重い瞼を上げると、そこは一面真っ白な世界だった。フェリアル様の姿も気配も無く、声の主を探すために起き上がる。振り返った先に立っていたのは、黒い装束を着た無表情の男だった。
「…あなた、誰ですか。フェリアル様は…」
一瞬混乱したが、すぐに硬直を解いて男を睨む。
聖者に襲われ、瀕死の状態で転移を実行したのがついさっきのこと。つまり転移先であるここにはフェリアル様が居るはず。だが見渡す限り、この場に居るのは如何にも怪しいこの男だけ。
結局さっきの事は仕組まれたことで、侍従長からの呼び出しなど無かった。それなら副団長の指示は一体何だったのか。最悪の仮説が浮かぶが、まだ確信を得ることは出来ない。
兎も角この男の正体が分からない以上、警戒は強く残ったままだ。
『それが命の恩人に向ける視線か。闇属性でなければお前の運命は事切れていたぞ』
「命の、恩人…?」
告げられた言葉にハッとして自分の体を見下ろす。
正直死んだと思ったが、刺されたはずの傷は消え、聖者と視線が合った時に陥った妙な気怠さも無くなっている。傷を治癒したのがこの男だとでも言うのだろうか。
「どうして俺を?理由の無い手助けを信用するほど単純では無いのですが」
『……参った。先の出来事で完全に疑心暗鬼になっているらしい』
無表情のまま肩を竦める男に眉を顰める。
警戒を顕にするものの、この状況で俺を治癒出来る人間はこの男しかいないと本当は理解している。だが、この男の言う通り疑心暗鬼がどうしても消えない。
何より、男が纏う壮絶な圧と屈従を促すような神々しさ。聖者と何処か似たものを持つ男に本能的な嫌悪を抱いてしまった。
『分かった。では言い方を変えよう。私は聖者の敵だ』
「……聖者の、敵?」
『あぁそうだ。そして私はお前達闇属性の父…いや、同胞と言った方が受け入れ易いか?』
そう言うと、男は不意に片手を軽く開いて地面に翳して見せた。
一面真っ白な世界。光も影もないはずの空間。そんな空間の地面から、突如見覚えのある黒い触手が大量に現れる。それは男を囲むようにぐるぐると動き回り、蛇の如く、だが甘えるように男の腕や首に巻き付いた。
『影を使役する力…お前が闇属性の中でも最上級の力を持つ理由は、他でもない私がお前に力の一部を与えたからだ』
「……はい?あの…理解が追い付かないのですが…」
『む…また段階を飛ばしてしまったか。全く、これだから説明は苦手なのだ』
気怠げに地面に胡坐をかいて座り込む男。緊迫しているのか緩んでいるのか、調子の狂う自由な姿に一瞬固まってしまった。
一番重要な切り出しをすっ飛ばしている辺り、どうやら説明が苦手という言葉は紛れもない事実らしい。闇属性がどうの影がどうの、それよりも先に話すべきことがあるだろうと呆れ顔で促す。
「まず、あなたの名を教えて頂けますか」
『…?あぁ、そうか。今回のお前は私の正体を知らないのか』
「……今回の?」
そういえば、聖者も似たようなことを言っていた気がする。
今回も、お前はアイツの味方をするのかと。アイツというのが誰なのか、そもそも今回という言葉の意味が何なのか。根本の部分は全く分からないのだが。
怪訝に首を傾げる俺に、男は無表情で淡々と名乗った。
『私の名はリベラ。元は自由の神と呼ばれていたが、今は邪神の名に堕とされてしまった』
「邪神…リベラ…?」
邪神リベラ。それは遠い昔、死んだ父から聞いた名と同じだった。
この世界で絶対的な信仰を持つ運命の女神マーテル。その対となる存在。崇高な光属性を人間に与えたマーテルとは違い、リベラは下劣な闇属性を人間に与えた邪神として、古くから災いを呼ぶ者として知られる神だ。
今となってはその名を口にすることすら悍ましいということで、出回る書物にすら一切邪神の名は記載されていない。
俺は親から名を教わった過去が辛うじてあるものの、同世代から下はリベラの名を知る人間は存在しないだろうと断言出来るほどだ。
それにしても、闇属性を生んだのが邪神だったというとうに忘れていた事実。思い返してみればお似合い過ぎて、驚きが一切湧いてこない。
人間に恐れられ神に疎まれ、居場所も無く孤独な邪神に堕ちたリベラ。そして生まれつき居場所を持たず、迫害される運命が決定付けられる闇属性。
聞けば聞くほど濃い繋がりを感じる。
「あなたが邪神だとして、何故俺を助けたんです?神から人への干渉は不可能だと神官が騒いでいたのを、以前聞いたことがあるのですが」
だからこそ、神に干渉出来る聖者は真に神々しい存在なのだとも語られていたが。
疑心暗鬼を捨てずに問うと、邪神から返ってきたのは重い話の内容に見合わない適当な答えだった。
『闇属性は我が子も同然。実質神の子のようなものだろう。私の力の一部を持つお前なら尚更。という理論で言い訳したら、神界からギリギリ許しを貰った』
「……ふざけてますか?」
『大真面目だが。まぁ、私の復活を少なからず望んでいる神々が居るということだろう。そろそろ神界の連中もマーテルの所業には重い腰を上げているらしいからな、私が起こす多少のタブーからは目を逸らすことにしたのだろう』
マーテル。運命の女神。邪神の話を聞く限り、どうやら人間の世界に伝わっている話と神界での真実には大きな相違があるらしい。
マーテルの所業、というものには恐らく聖者が関わっているのだろう。無理やり人の心を手籠めにするなど世界の倫理に反している上に、本来伝わっている聖者の印象とは程遠い存在に見えた。あれを正義と呼ぶには大きな違和感がある。
リベラは邪神に堕とされたと言っていたが、まさかその相手はマーテルだったりするのだろうか。
『ほう…凄まじい理解力だ。ぽわぽわしたりぼーっとしたりしているあの子とは真逆だな。私も話を進め易くて有難い』
「あの子、というのは?」
『あぁ、それも忘れているのか。あの子というのはフェリアルのことだ。フェリアルは私の愛し子…つまりはそうだな、お前達闇属性の主君と呼ぶべきか』
ぽわぽわぼーっと、の辺りから何となく察していた為に驚きは最小限に留められた。
フェリアル様は実質人間を超えた存在、天使や妖精の類に最も近い人間と言える。だから神との交流があったとしても大した驚きは無い。やっぱりか、という思考が少なからず湧くのみだ。
それにしても、フェリアル様が闇属性の主君とは。実に有意義な情報を聞けて満足だ。俺とフェリアル様は血や魂のみならず、属性という力にも繋がりがあったとは。
俺は生まれながらにしてフェリアル様の下僕だったということ。なんて素晴らしい真実だろうか。
『……お前、前世より変態性が増したか?以前も変態的な忠誠心を持つ人間だと思っていたが…』
「失礼な。変態じゃないです真剣です。そんなことより、あなたが闇属性を司る神ならフェリアル様の属性は何故見えないのでしょうか?フェリアル様も闇属性ということでは無いのですか?」
『フェリアル以外の話題に淡白なのは変わらずか』
無表情で形だけの溜め息を吐くと、邪神は面倒くさそうに胡坐の位置を直して頬杖をついた。
何というべきか、神らしくない怠惰っぷりだ。堕落した原因はマーテルだけでなく、己の怠惰にもあるのではないかとどうでもいいことを考えてしまう。
『私はあくまで闇属性を作り上げたというだけ。私自身が闇属性を扱う訳ではない。実際に、マーテルは光属性を謳いながら悍ましい粘着質な力を使うだろう。魅了と言ったか…と、そんなことはどうでも良い。フェリアルに属性が無いのは、私が闇属性ではなく己の力そのものを与えたからだ。神の力に属性は無い』
この神がどうして説明下手なのか分かった気がする。一言で纏まる内容をとんでもなく長文にしてしまうからだ。
侍従として簡潔且つ素早い報告が求められる日常を送っている身としては、邪神の話し方が悪い意味で気になって仕方ない。
とは言え今こんなどうでもいいことを語り合う意味は無いので、素直に話を続けることにする。
「フェリアル様の属性については理解しました。では魂が透明なのは何故ですか?それも属性ではなく神そのものの力が宿っているからとでも?」
『うむ…概ねその通りだが、大部分の原因はそこではない。あの子の魂…お前には、透明と言うより消えかけているように見えないか』
「……えぇ。確かに、そう見えますね」
『透明である理由は単純に、フェリアルが人という存在から離れ始めているからだ。何千年も輪廻を繰り返せば魂も錆びて消耗される。本来であれば、あの子の輪廻…魂は既に尽きている筈なのだ』
何千年も輪廻を繰り返す。その言葉がやけに引っかかった。そういえば先程から前世やら輪廻やらという言葉を使っているが、一体どういう意味なのか。
フェリアル様の魂が透明である理由を知れたのは大きな収穫だが、それ以外にも疑問が多過ぎる。全て聞き出すには膨大な時間がかかりそうだ。
そう考える俺の思考を呼んだのか、邪神は面倒事を嫌がるように眉を下げた。
『長話は苦手だ。面倒な質問攻めを受ける前に、最後に本題だけ言っておこう』
「……」
長話はお得意でしょう、なんて皮肉は口に出さない。流石に神相手に煽るのは後が恐ろしい。
口を噤んだ俺の目の前に手を掲げると、邪神は無表情のまま淡々と述べた。
『マーテルに封じられた記憶を解放し、今からお前に前世の記憶を見せる。あの子を愛するお前には少々酷かもしれないが…フェリアルも辿った道だ、耐えてみせろ』
翳された手から光が生み出される。その光を呆然と見つめていると、やがて意識が暗闇に沈んだ。
最後に聞こえたのは、ついさっきまでの冷淡な声からは想像もつかない切望するような声音。
『……今度こそ、生きてあの子を守ってくれ』
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