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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
154.甘さと優しさ
しおりを挟む「聖者と対抗する…のは良いとして、どうやって奴を倒しましょうか。仮にも相手は神ですし…」
一通り落ち着いてきた頃、シモンが隣に座り直してふと呟いた。
寒くならないようストールの中にウサくんを包んで、シモンの呟きにうーんと首を傾げる。
「どうしよう…」
「現状、聖者は問答無用で崇めるべき存在として周知されていますし…民衆は間違いなく聖者側につくでしょうね」
その言葉に嫌な記憶が蘇った。
そうだ、知らない人は本当に、何も知らない。ずっと良い人だと思っていた相手が突然悪い人だなんて言われても、きっと簡単には信じない。
僕がゲームをしている間、聖者を善でフェリアルを悪だと信じて疑わなかったように。一度固定されてしまった印象はそう覆らない。それに魅了という洗脳が加われば尚更。
何より、聖者の正体が帝国で最も信仰の強い神であることも厄介な理由の一つだ。
仮に聖者が正体を大々的に明かしたとしても、民衆からの評価は更に上がるだけだろう。逆に、女神マーテルを敵と見做した僕達の方が悪者になってしまう可能性の方が圧倒的に高い。
「やっぱり、味方を増やす以外確実な方法は無いですね。前回の聖者の状況を、今回は俺達が作ることが出来れば…」
「みんなを、仲間にするってこと?」
「えぇ。まぁ既に前回の事はざっと話したので、後は彼ら次第ですが…」
「……へ?」
ボソッと語られた言葉にぽかんと目を丸くする。気のせいだろうか。今、さらっとものすごく重要なことが聞こえたような…。
ぱちぱちと丸くした目を向けると、シモンは数秒困惑した様子で固まった末にハッと息を呑んだ。
あわあわと唐突に焦り始めるシモンを硬直したまま見上げていると、やがて申し訳なさそうにシモンの眉がへにゃりと下がる。
「あの…すみません…前回のこと、全部皆さんに話しちゃいました…」
「そ、それは…兄様たちに…?」
「いえ、その…全員です…いつもの五人、全員に…」
いつもの五人、五人。
ディラン兄様とガイゼル兄様と、レオとライネス、そしてローズ。ルルはたぶん、全部知っているから良いとして…みんなに、一度目の人生のことを全て話した…?
「うそ……」
呆然と動かなくなる僕を見下ろし、シモンはあたふた慌てて「で、でも!」と切り替えるように声を上げる。
「聖者と戦うならどの道彼らの協力が必須になりますし、今話しておいて損は無かったのではと…」
「ちがう…っ」
「そういう問題じゃないですよねすみません!!」
どうしよう、どうしよう…。
きっと傷付いた。みんな傷付いてしまった。今世ではとても優しいみんなだから、きっとすごく傷付いてしまったはずだ。
いや、シモンの言う通り、いつか言わなければならない日が必ず来る。それは確かにそうだけれど、それにしたって前触れとか、心の準備というものが…。
「でかしたよ、侍従。説明の手間が省けた」
シモンと揃ってあわあわしながらも、どちらも違う焦りを抱いていたその時。
不意に直ぐ近くから聞こえてきた声にハッとした直後、気付けばシモンの腕の中にぎゅっと拘束されていた。顔を上げると警戒を滲ませたシモンの表情があり、それはすぐに呆れた様子で崩れていく。
「……だから、その突然現れるのやめてくださいって何度も言いましたよね」
「いや、すまない。何だかシリアスな空気だったから、和らげてあげようと思って」
「逆に空気凍り付いてるんですがそれは…」
二人だけだと思っていた空間に突然違う声が聞こえてきたものだから、びっくりして硬直した状態でシモンにぎゅーっと抱き着く。
かろうじて落とさず抱えていたウサくんをぎゅっと抱き締め直し、シモンの腕の中からそっと声の方向を覗いた。
縹色の瞳とぱちっと視線が合ったかと思うと、それはすっと細められて感情の読めない色に変わる。何だか昼間と印象が違うような…と思いながらも、不審者じゃなく知り合いだったことにひとまずほっとした。
「ルル。どうしてここにいるの?」
「どうしてって…大事な話の途中で貴方が倒れてしまったからだよ。リベラ様のこともまだ詳しく聞いていないし、師匠やリベラ様の神託についても説明していない。流石にまた今度、と言って長引かせていい話じゃないからね」
だから忘れない内に押しかけた、としれーっとした態度で語るルル。特に言うことはないから良いけれど、ローズにしろルルにしろ、何だか周囲は自由な人が多いなぁ。
「貴方は言わば最後の希望だ。師匠や魔塔の運命を覆す為には貴方の存在が必要不可欠。悪いけれど、使えるものは何だって使ってほしい」
使えるもの…それは、兄様達やレオ達のことを言っているのだろうか。
「……僕は、みんなを守るために動くの。だから、みんなを危ない目には…」
「そんな悠長なこと言っている場合?ねぇフェリ、貴方を見ていて思うよ。甘さと優しさは違う。貴方が何度も無様に負けているのは、その甘さが原因なんじゃないのかな」
「なっ、突然何を…っ!!」
一切の容赦が無いルルの言葉が胸に突き刺さる。シモンが怒りを滲ませた表情で声を上げようとしたのを寸前で制止させて、反論を探してぐっと俯いた。
甘さと優しさは違う…そんなこと、こんなにはっきり言われたのは初めてだ。
自分が優しいだなんて思ったことはない。でも、考えてみれば確かに甘さはあったかもしれない。運命だから、諦めた方がいいから、期待しない方が…なんて、それは言ってしまえば自分に甘いことと同じだったのかも。
諦め癖は美談じゃない。人の事情だったら別だけれど、自分のそれはただの甘えだ。それこそ…自業自得というのかな…。
思い返せば、僕は周囲にたくさんの苦労をかけてきた。
幼い頃、喋ることも笑うこともせず周囲に無関心を貫いていたことが最たる例。周りに人がいるなら、それはもう自分だけの問題ではなかったのに。
あの時殻を破っていれば、前向きに変わることが出来ていれば。そう思えば思う程、もっと早い内からやりようはあったのではないかと怖くなる。
後悔は全部、自分の甘さが招いたことだ。
「守ってほしいとか、誰か貴方に頼んだの?それこそ結末の押し付けじゃない?部外者の僕から見れば、今の貴方は結末を勝手に決めて実行してた聖者と変わらないよ」
過呼吸の前触れみたいな、浅い呼吸が一瞬全身を凍り付かせた。
聖者と変わらない…聖者を倒そうとしている僕が、聖者と同じことをみんなにしている。
冷水を浴びせられたみたいな衝撃の後、体が微かに震え始める。ぽとっと小さな音が聞こえて呆然としたまま地面を見下ろすと、今さっきまで抱き締めていたウサくんが地面に落ちてしまっていた。
何も思考できないまま、とにかく早く抱き上げないととウサくんの正面にしゃがみこむ。その時、僕は今いる場所がシモンの腕の中でないことに気が付いた。
はっとして見上げると同時に、ルルの苦しそうな呻き声が耳に届く。
「……それ以上戯言を吐けば、あなたの首が飛ぶことになりますよ」
久々に見る真っ黒な瞳。光を全て弾くみたいな、底の無い色。
ルルの体は数センチ程地面から浮いていて、首に巻き付いた黒い触手がシモンの怒りを表すみたいに禍々しい靄を生んでいた。
シモンが纏う黒い怒気が深くなる度、触手は丸みを帯びた輪郭を徐々に鋭利に尖らせていく。それは段々とルルの首に食い込んでいき、一筋の赤い血が伝った途端我に返った。
「シモン…!!」
慌ててシモンを止めようとした直後、不意に触手が怯んだように消えて、シモンの真っ黒な瞳もいつもの緑色に戻った。
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