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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
153.ハッピーエンドの為に
しおりを挟む最期の瞬間を思い出す。
あの時『お前を愛さない』と断言した僕を見て、聖者が一体どんな表情を浮かべたのか。それをやけに明確に覚えている。
想定外と言わんばかりの、あの驚愕の表情。絶望すら宿していそうなあの表情が忘れられない。
僕が無惨な死を迎えることを何より望んでいただろうに、どうして聖者はあの時あんな顔をしたのか。僕の言葉がまるで鋭利な刃のように突き刺さったみたいな、そんな表情で。
いつもなら胸が痛むような顔も、聖者のものだと思えば意外なくらい清々しい気持ちが湧き上がった。
自分が自分じゃないみたいな、けれどあの時だけは息苦しさが嘘みたいに無くなって、ちゃんと自分になれたようなそんな感覚。胸が痛むどころか、靄が晴れたみたいな感覚になるなんて。
でも、それはきっと悪いことじゃない。良いことでもないのかもしれないけれど…。でも、あれはたぶん、自業自得というやつだ。
「あのねシモン。僕、今世はがんばろうと思う」
「……!」
膝に乗せた両手をもじもじと合わせて、少し不安を抱えながらも小さく呟く。シモンは息を呑んで、その直後嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。
「聖者と対抗する、ということですか?」
僕のことだからきっと諦めるだろうとか、そう思っていたのだろうか。確かに今までの僕を見ていればそう思っても仕方ないかもしれない。
さっきまでのしょんぼり顔を嘘みたいに晴らしたシモンに苦笑して、喜色に溢れた言葉にこくりと頷いた。
「うん。きっと今世が最後だから。魂のことも…。終わらせるなら、もう今世しかない」
魂についてを語ったことが想定外だったのか、シモンはぴしりと固まった。この様子だと、シモンも僕の魂のことを既に知ってしまったのだろう。
シモンの話で前世の真実を思い出した時、同時に数千年の輪廻についても思い出した。
明確な記憶が残っているのは前世…ここよりひとつ前の人生までだけれど、その前にも数え切れない人生を繰り返した記憶だけがぼんやりと蘇る。その全てがハッピーエンドだったことも。
幾度も魂の消耗を繰り返し、既にその寿命が尽きていることも自覚した。
今の僕は聖者…いや、マーテルの呪いによってマーテル自身と繋がっている状態なのだ。つまりマーテルと僕は一心同体みたいなもので、マーテルが消滅すれば、僕も同時に消滅する。
分かっていても、やっぱり気持ちは変わらない。
「僕、みんなが好き。一度目のことも恨んでない。魅了でみんながみんなじゃなくなるなら、絶対とめたい。守りたい」
今までゲームの中のことだと思っていた前世…一度目の人生のこと。
そういう運命だからと諦めていたけれど、それが運命でも何でもない神の我儘だったなら、それは諦める理由にはならない。むしろ、それで諦めるのはみんなに失礼だ。みんなを見捨てることになる。
魅了なんて運命でも何でもない呪いで、みんながみんなじゃなくなる。自我も全部消えて、ただの操り人形になる。それは絶対に許せない。
僕だけの運命なら諦めていたかも。だって、どうせ、僕なんかって。でも、大切な人達の未来がかかっているなら話は別。
「みんなに酷いことする聖者、許せない。だから、僕が終わらせる。僕が、マーテルをやっつける」
ずっと守られてばかりだった。強くなって、大切な人達を守って、恩返しがしたいと思っていた。
それがようやく叶う。強くはなれなかったかもしれないけれど。弱いままかもしれないけれど、弱いままでも守る方法があるのだから。
僕が実行しようとしているそれを悟ったのか、シモンはぐっと息を詰めて声を上げた。
「絶対に駄目です!奴を倒してもフェリアル様が犠牲になるなら意味が無い!!」
勢いよく立ち上がって声を荒げるシモンをじっと見つめる。
以前のシモンなら『フェリアル様が望むなら』といって静かに肯定するだけだったろうに、前世を思い出した途端明らかに変わった。いや、戻ったと言った方が正しいだろうか。
「俺はっ…!俺は…今回こそ、生きてあなたを守ると誓ったんです…一度目の悲劇を回避することが…二度目を与えられた俺の使命だと…」
「……使命の、ため?」
「それは…っ!…そんな、使命とかは二の次で…俺はただ…」
ただ。その先に続く言葉を何となく察していても、それでも気付かないふりをする。
互いに信頼し合える関係を望んでおきながら、自分だってシモンに頼り切れていない。分かっていても、僕にとっての最優先は『大切な人達の安全』なのだ。
「僕がしたいの。シモンは、僕のわがまま、聞いてくれない?」
我ながら狡い問いだと思う。案の定、シモンも「それは狡いですよ…」と複雑そうに顔を歪めて呟いた。
僕の我儘。主の我儘に、忠誠心の強いシモンが逆らえないことを知った上での狡い言葉。
「そのために、みんなと協力しないといけない。僕だけじゃ、きっとなにも…」
「前提は一人じゃなくて二人ですよ。俺が居るんですから」
僕の我儘に呆れたのか、さっきよりも少し不貞腐れた様子のシモンが甘い言葉で僕を引き留めた。
確かに前提としては僕とシモン、で最早ひとつの扱いになってもいい頃だ。血の誓約によって僕達は繋がっているし、魂と器がそもそも一致していたことが確定した今、僕が死ねばシモンも死ぬことも同時に確実となった。
そんなシモンと僕だから、前提としては何をするにも二人から。僕だけじゃなく、僕が何かすればそれがシモンにも影響されるのだ。
「うん。シモンと僕はひとつ。いっしょ。……最期も、一緒になっちゃうよ」
「それは……俺にとっては褒美みたいなものです」
嬉しそうに微笑むシモンに、言うと思ったなんてくすくす笑う。シモンのことだから、道連れに対して負の感情を持たないことはとっくに分かっていた。
「……今世こそ生きてあなたを守ります。だから、最期は一緒に死にましょう。そうすれば、俺は使命を全うしたことになる」
面と向かって直接的なことを言われたのは、考えてみればこれが初めてな気がする。
一緒に死のうなんて、重荷を感じる言葉を僕に投げることはしなかったはずだ。少なくとも、以前までのシモンなら。
「……うん。一緒にみんなのこと、守ろう」
物語のハッピーエンドなんて、全部壊してしまおう。
僕が望むハッピーエンドは聖者のものでも物語のものでもなくて、大切な人たちの結末のことを指す。
そこに僕がいなくても、という考えは変わらない。
何より、大切な人たちがそれぞれのハッピーエンドを迎えてくれるなら、それで。
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