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【聖者の薔薇園-プロローグ】
161.理解の差(後半ディランside)
しおりを挟む「ごめん。具合悪いのに、急に押しかけて」
「大丈夫。アランに会えてうれしい」
「そ、そう…僕も、まぁ嬉しいけど」
ほんのり染まった頬。ふいっと顔を逸らしたアランは、おずおずと踏み出してベッドの傍にある椅子に腰掛けた。
正直、まさかアランがお見舞いに来てくれるなんて思っていなかったからとっても嬉しい。
サイドテーブルに置いていた果物の籠をアランの近くに移して、一緒に食べようと差し出した。アランは遠慮がちに小さな林檎一切れを摘まむと、それをあむっと食べて頬を緩めた。
「シモンがね、動物さんの形に切ってくれたの」
「飾り切りか、すごい。フェリアルの侍従って何でも出来るんだね…」
一人になっても寂しくないようにと、シモンがたくさんの動物の形に切ってくれた林檎。ウサくんだったりクマくんだったり、モチーフは色々だ。
僕もやってみたいと言ったら、熱が引くまでは我慢ですよーと果物ナイフをそそくさ隠された。これはちょっとした勘だけれど、きっと熱が引いてもやらせてもらえないと思う。
「それで、その…今日来た目的なんだけどね…」
「うん。お話、したいって聞いた」
林檎をもぐもぐと食べきると、アランはそわそわしながら視線を彷徨わせる。言いにくいことなのかな、と思いつつ、じっと続きを待った。
やがて不安の色を瞳に滲ませたアランが、ぐっと喉を鳴らして顔を上げる。
「フェリアル。最近、兄上に会った?」
「レオ…?ううん、会ってない。会いたいなって、思ってたとこ」
たちまち残念そうにアランの眉が下がる。沈んだ声音の「そっか…」が何だか寂しく聞こえて、思わず「なにかあったの?」と問い掛けた。
ここで話を終わらせるには、気になることがあまりに多すぎる。最近あったことで一番原因として疑わしいのは、紛れもなく前世の件だろう。
とにかく話を聞かないと。その一心で問うと、アランは少し躊躇う様子を見せながら答えた。
「最近、兄上がおかしくなったって噂になってる。城で働いてる一部の文官達の間でだけれど…。三日前…兄上が学園を辞めるって突然言い出して、帰って来たんだ」
「……へ、学園…やめる…?」
「うん。しかもそれだけじゃなくて…その日から元気が無いんだ。たまに帰ってきても執務にばかり没頭する兄上が、何もせずに部屋に引き籠って…」
塞ぎ込んでるみたい、と心配そうに語るアラン。完全無欠という言葉が似合う完璧な兄が、突然帰ってきて引き籠る、なんて…弟のアランからすると、不安を抱えても仕方ない事態だろう。
僕だって、アランから告げられた衝撃の事実に固まることしか出来ないのだから。
「学園、やめた…?ひきこもる…?」
ぐるぐる。混乱する思考を何とか整理する。
レオが突然学園を辞めた…って、そういえば、兄様達も三日前に邸に帰ってきた。
レオと兄様達は、同じタイミングで学園を休んだということ…?いや、少なくともレオは休むためじゃなくて、辞めるために帰って来たわけで…。
そこまで考えて、不意にとんでもない可能性を思い付いた。
まさか、兄様達も学園を辞めるために帰って来たんじゃ…?
「アラン!」
「うわ、びっくりした。急にどうしたの?」
「アラン。風邪治ったら、レオに会いにいく。伝えてくれる?」
「う、うん、それは寧ろありがたいけど…」
考え始めたら疑惑が止まらなくなって、すぐに確認しなければと焦りが湧き上がる。
ごそごそと飴をひとつ取り出してアランにおしつけ…差し出し、ごめんねと一言頭を下げる。
「とっても大切な用事ができちゃったの。今日は、もうお話できなくて…」
「あぁ、そうなんだ。大丈夫だよ、元々具合悪いフェリアルに無理やり会いに来たの、僕なんだし」
「アラン…やさしい…」
「はいはい。ばたばたするのは良いけど、少しは休むんだよ。少し熱が引いただけなんでしょ?まだ完治した訳じゃないんだから油断しないこと」
「うむ。しょーちした」
まかせろ、とぐっと親指を立てる。なぜかアランはますます不安そうな顔をして立ち上がった。安心してほしかったのに、思ってたのと違う。
「それじゃあ、帰るけど…ほんとに無理しないでよ」
「まかせるのだ」
「不安だ……」
ぐっ!ともう一度やってみるけれど、返ってくるのはやっぱり不安げな表情だけ。なぜなのだ。
ばいばい、と手を振ってアランを見送る。せめて玄関まで見送りたかったけれど、アランに「病人を無理に歩かせる趣味無いから」と一蹴されてしまった。アラン、やっぱり優しい。
シモンに代理の見送りを頼んで、二人の足音が遠くなるのを静かに待つ。やがて静寂が広がった瞬間、そそくさとベッドから降りた。
はやく出ないと、シモンにがしっと抱えられてベッドに連れ戻されてしまう。その前に二人に会いに行かないと。
そわそわ、と忙しなく思いながら、僕は兄様達の部屋へ急いだ。
* * *
「皇太子のやつ、何だって?」
「……執務が忙しいから会えない、と書いているな」
「ったくアイツ…引き籠ってるだけのくせに何が忙しいだよ」
エーデルス家と縁のある文官から、既に皇太子の危うい噂は聞こえてきている。これだけ情報が筒抜けなのだから、一部の貴族の間ではこの噂もかなり広まっていることだろう。
例の話を聞いて絶望を感じたのは分かるが、今は重要な時期だ。正直、こんな時に皇太子の評判が下がるようなことがあれば面倒としか言えない。民衆を制御する役割は皇太子にしか果たせないというのに。
「……つーか…ぶっちゃけ俺ら、あんま実感ねぇよな。前世のこととかよ…分かってても、他人事みてぇな感じしねぇ?」
皇太子の心情をこいつなりに悟ったのか、珍しく落ち込んだような表情を浮かべるガイゼル。普段のこいつを知っている分気味の悪さが僅差で勝つが、本気で悩んでいるようなので口にはしないでおいた。
それに、ガイゼルの言い分も正直理解は出来る。とは言っても、フェリへの罪悪感が消える訳でもないが。
その罪悪感という感情も、いまいち出処が理解出来ないのが複雑な心情の原因か。
「俺らがチビ嫌って、遠ざけて…死ぬ時も擁護一つしなかったとか…信じられねぇだろ」
「……」
……そうか、ガイゼルも俺も、まだ事の大きさを真に理解出来ていないのか。だから皇太子の現状にも、余裕ぶって非難したり偉ぶったことが言える。
ある意味、現状をいち早く理解して動いて、そして悩んでいるのは…皇太子なのかもしれない。
「その、前世の記憶ってやつ?戻んねぇかな…そしたら、色々理解出来るだろ」
微かに零れたガイゼルの呟きに、どうしてか心臓が…いや、魂が締め付けられるような苦痛が一瞬過ぎった。まるでその言葉を拒絶するように。
その感覚もほんの一瞬で無くなったから、気のせいだろうなんて悠長なことを考える。実際はただの現実逃避だということに、無意識に気が付かないふりをしたまま。
「……?おい、誰か来るぞ」
ついさっきまで黙り込んでいたガイゼルが不意に顔を上げる。静寂に耳を澄ますと、確かに小さな足音が微かに聞こえてきた。
大人のものではない、この聞き慣れた足音は。
数秒の間の後、扉がこんこんと控えめにノックされた。
「ディラン兄さま。ガイゼル兄さま。お部屋にいますか、お話がしたいです」
愛らしい声音が響き、途端にさっきまでの不安やら緊張やらが全て掻き消える。すぐに扉を開いて、足元にぽつんと現れたフェリを抱き上げた。
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