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【聖者の薔薇園-開幕】
241.希望と覚悟(前半ガイゼルside)
しおりを挟む「おい兎、大丈夫かよ。これ何なんだ?んなやべぇモンなのか?」
いつものように長い耳を鷲掴んで振り回す…そんな悪ふざけは出来ない空気だ。俺でも察する空気の重さに居心地が悪くなってくる。
何の変哲もない灰や焼け焦げた物体を搔き集めて抱える兎の姿はかなり異様で、どうにも茶化せる雰囲気ではない。何の変哲もないというのは語弊か、こんな意味深な物体がある時点で異様だ。
何も言わない兎から視線を逸らし、顔を上げてディランと目配せし合う。ディランもウサギの行動の意図が良く分からないらしい。無表情に微かな困惑の色を滲ませて首を傾げていた。
とにかく、兎の事情は後回しにするしかない。ただでさえ時間がない今、一刻も早く皇太子を見つけ出さなければ。
この部屋には大した手掛かりも残っていない。首根っこを引き摺ってでもここから離れようと兎に手を伸ばした瞬間、黙りこくっていたソイツが不意に声を上げた。
「フェリくんはここにいたぴょん。ついさっきまで、ずっとぴょん」
静かに語る後ろ姿に目を見開く。チビがついさっきまでここに居ただって?
伸ばしかけた手を引っ込めて正面に回り込む。どういうことだと問うと、兎は焼け焦げた物体を心底大切そうに抱えながら答えた。
「お馬鹿クマがいたみたいぴょん。クマがここにいたなら、フェリくんもいたはずぴょん」
ふと感じた小さな違和感に首を傾げる。
例のクマがここにいただなんて、どうして分かるのか。人形同士互いの気配を感じやすいだとか、そういう何かがあるのだろうか。
いまいち状況を呑み込めない俺を他所に、ディランが兎の抱えるそれを見下ろして不意に目を細めた。床に落ちたままの灰を少し指先で摘まみ上げたかと思うと、無表情のまま兎に視線を向けて小さく語る。
「……そうか。本当にお前の仲間はここに居たんだな」
それだけ呟いて立ち上がるディラン。
訝しく思いながらもつられて立ち上がると、ディランは焼け焦げた壁の一部分を見つめて何かを考え込むような仕草を見せた。
もしかすると、ここで何かが燃やされたのかもしれない。だが壁のアレは…意図的に燃やしたというより、荒々しい激情のようなものを感じる。勢いよく魔法を放った後のような。
ここでチビが何者かと交戦した、その可能性が今のところ最も高いか。ここに現れた三人の連中がチビの仲間として動いてくれていることを祈るしかない。
兎も角、ここにチビはいない。廊下の聖騎士達が伏せている。この状況を見る限り、少なくともチビが今無事であると考えていいだろう。
ディランも似た結論に至ったらしい。納得した様子で無表情を淡々としたものに戻すと、未だしゃがみこんで床を見下ろしたままの兎を無言で持ち上げた。
兎が顔を上げる。ディランの瞳をよく見れば、普段と違い多少真剣な色が含まれていた。
「堕ちるな。お前にとって現状が最悪でも、まだ終わっていない」
ディランの言葉の意味が理解出来ず困惑する。だが、兎には至って普通に理解が追い付いているらしい。
チビと似た瑠璃色の瞳が恐らく光の加減だろう、僅かに輝きを取り戻す。折れていた長い耳も、ゆっくりと持ち上がっていった。
「わかってるぴょん。ウサは全然平気ぴょん」
まだ震えの残る体で何を言っているんだか。そもそも、コイツは何故ここまで悲痛の空気を纏っているのか。
モヤモヤとしたものを抱えた状態で歩き出す。部屋の入り口に向かう途中、視界の端で何かが光った。
「……?」
ディランと兎はまだ何かを話している。それに構わず気になったそれの元に近寄り、首を傾げた。
恐る恐る手に取ってみると、それは想像していたものとは真逆で人肌のように温かい。一見ひんやりと冷たそうに見えるそれは、宝石の如く輝く魔石だった。
魔石が何故こんな場所に…?
疑問を残しつつ、何となく気になったそれをポケットにしまった。
* * *
とにかく走った。ローズ達が切り開く道をただひたすらに。
立ちはだかる聖騎士達は全て三人が倒して、ようやく騒々しい空気が落ち着いたところで人気のない場所に駆け込んだ。
息を切らしているのは僕だけ。他の三人はすぐに持ち直して、何やら真剣な表情で話しを始めた。剣を鞘に戻しつつ、初めに声を上げたのはギデオンだった。
「こんな状況ですが、私はここで外れさせて頂きます。未だ任務を達成出来ておりませんので」
「皇太子を探すんだっけ?それならここで油売ってる場合じゃねーもんな」
「えぇ。とは言え、フェリアル様の救出に鉢合わせた事は喜ばしい予定外。殿下の機嫌取りも上手くいきそうで安心致しました」
トラードが呆れたような表情を浮かべる。最後まで淡々としていたギデオンは、やっぱり感情なんてないみたいな無表情で颯爽とその場を後にした。
残されたのはローズとトラード、そして僕の三人。元は四人のはずだったけれど…悔しいことに、あの状況でクマくんを連れてくることは出来なかった。
どうやら聖者は僕達を追うことを諦めたらしい。少し前から気配が無くなったことには気付いていたけれど、その事実に改めて安堵する。
ほっと息を吐いて数秒。ふと、ずっと握っていた拳をゆっくりと開く。そこには少量の灰と焼け焦げた布の一部がくしゃりと握り締められていた。
持ってこられたのはこれだけ。いつか、きちんと全て回収してあげないと。
「フェリちゃん。フェリちゃんはこれからどうしたい?」
「……へ」
ぼーっとしていたところに突然呼びかける声。慌てて我に返り顔を上げると、トラードが真剣な表情で僕を見下ろしていた。
「俺らはフェリちゃんの望みを叶える為に来た。それが今回の任務なんだ。だから、フェリちゃんが決めて?」
「……」
優しく諭すような声音。隣で微かに頷くローズまで見てしまえば、分からないなんて曖昧な答えは紡げそうにない。
悲痛、後悔、絶望。色んな感情が渦巻いて、正しい判断は出来そうにない。今下す決断は全て、混乱の所為でおかしなものになってしまいそうだ。
それでも。それでも決めないと。今の僕の感情に正直になること。それが大切だって今なら分かる。冷静な時なら絶対に思いつかないことでも、何でも。
僅かに俯いていた視線を上げる。僕には今二人も心強い味方がいるんだ。臆病に本音を隠さなくたっていい。軽く深呼吸をして、覚悟を決めた。
これ以上犠牲を出さない為に。
「僕は…マーテルを倒したい。僕一人でやる。二人には、マーテルのところまで行くのを手伝ってほしい」
マーテルと僕は魂が呪いによって強制的に繋がっている。だから、彼がいる場所は常に何となく掴める。けれどそれは相手も同じだ。
きっとマーテルも僕がここにいることを察知している。それでも現れないということは、意図して追うのをやめているということ。
マーテルは待っているんだ。僕が会いに来ることを。そしてそれを、マーテルは絶対的に確信している。
だからその期待に応える。僕は聖者に…マーテルに会いに行く。数千年繰り返されたハッピーエンドの物語に、今回こそ結末を下すのだ。
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