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【聖者の薔薇園-開幕】
240.ウサくんの探しもの(ガイゼルside)
しおりを挟む「おい、今何か聞こえなかったか?」
「……?特に何も聞こえなかった。何か鳴ったか?」
「ウサもなんにも聞こえなかったぴょん」
気のせいか。ディランと兎の反応を見て首を掻く。
何かを強く殴ったような、蹴ったような。そんな音が何処からか微かに聞こえた気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。
神官共や聖騎士達に見つからないよう辺りの音や気配に集中していたからか、感覚が機敏になり過ぎていたようだ。
緊張なんて柄じゃねぇ。呆れながら溜め息を吐き、幻聴から気を逸らして目先に集中した。
向かう先は皇太子が軟禁されている部屋。本音を言うとさっさとチビを探して救出したいところだが、計画の為には冷静にならざるを得ない。
皇太子が持つ影響力は諸刃の剣。万が一魅了に屈した皇太子を神殿に悪用でもされれば、それは結果的にチビの安全を脅かす要因になる。
不安要素を取り除くことが先決。分かっていても、チビの現状を想像する度焦燥が湧いてくる。
「さっさと行くぴょん。あのお馬鹿クマも探さなきゃいけないぴょん」
「あ?あぁ…チビの人形が一匹逃げ出したんだったか」
不意に兎が語った言葉。チビが聖騎士のクソ共に連行された辺りから、例のクマが姿を消したらしい。こんな時に迷惑なモンだ。
見たところ率直で素直でアホっぽいクマだったことから、恐らくチビを追って神殿に向かったのだろうが…まぁそんなことはどうでもいい。今は目先の計画に集中しねーと。
「クマは後回しだ。今は殿下の奪還作戦を遂行しなければ」
「そうだな。クマはどうでもいい。重要なのは皇太子の奪還とチビの安否だけだ」
「お馬鹿クマが今の言葉聞いたら泣いちゃうぴょん。その辺で勘弁してやるべきぴょん」
思いのほか道徳がしっかりしたぬいぐるみらしい。人間でもねぇただのぬいぐるみのくせに、下手したら俺らより親切だ。
「ウサは皇太子どうでもいいぴょん。さっさと済ませてクマとフェリくんの捜索に励むぴょん」
「言われなくても分かってるつーの」
皇太子がどうでもいいのは俺も同じだ。恐らく、ディランも。
適当に言葉を返して息を吐くと、不意に手前を歩いていたディランが立ち止まった。暗がりを進んだ先。入り組んだ秘密通路を躊躇することなく歩いた先にあったのは、何度目かの分かれ道だった。
「どうした」と怪訝に問い掛ける。じっと足元を見て膝をついたディランが、首だけ振り返って足元を指さした。
「足跡だ。俺達の他にも、神殿に侵入している者達が居るらしい」
その言葉にハッとして地面を見下ろす。石畳と土が混じったような地面には、薄らだが確かに足跡が見えた。見える分だけでも三人分、少し前にこの道を通ったようだ。
敵か味方か。神殿の関係者か対抗する何者かは分からないが、とにかく重要なのは秘密通路の存在を知る者が俺達の他に存在して、少し前にこの場にいたという事実。
この秘密通路がそれぞれどこに通じているのか、そこまでは調べられなかった。
俺達はチビの居場所も皇太子の場所も、曖昧な情報しか持っていない。もしこの足跡の主達が皇太子側の人間で、少なくとも俺達の敵ではないのだとしたら。
「足跡を追うぞ。どう出るかは結果次第だ。敵と鉢合わせれば殺す、こっち側の人間なら引き入れる」
それでいいな、と半ば圧をかけるように念を押すと、ディランも兎も文句はないと頷いた。
* * *
そうして、足跡を追って秘密通路を進んだ先。
目の前に広がる光景に全員間抜けに目を見開いて硬直した。
「ここで一体何が…」
小さく呟くディランが一歩踏み出す。秘密通路の扉である本棚が吹き飛ばされ、秘密通路が剥き出しになった出口から。
この部屋に少し前、誰かがいたことはまず間違いない。乱れたベッドシーツに所々倒され壊された家具、そして焼け焦げた壁の一部。複数人がここで争ったのだろうか。
争ったということは、やはり秘密通路を抜けてここに出た足跡の主達はこっち側の人間か。神殿の関係者に見つかりやむを得ず争いになった、といったところだろうか。
だとしても、本棚を吹き飛ばして中に入った豪快な人間であることを想像すれば、こっち側と言えどあまり手を取り合いたくはない。
「……」
室内の様子を確認するディランと兎から離れ、少し開いた部屋の扉から静かに廊下の様子を窺う。
案の定、この部屋の周辺の警備をしていただろう聖騎士達は全員気を失っていた。この惨事で誰一人としてこの部屋の中に入って来ないのはおかしいと思ったが、それにしても、秘密通路を進んできたのは本当にたった三人なのだろうか。
たった三人で、これだけの聖騎士達を倒し突破したとは信じられない。
「ガイゼル。少し来てくれ」
室内からかけられた言葉に我に返る。無言で踵を返して戻ると、そこには何やら床に落ちているものを取り囲むディランと兎の姿があった。
怪訝に思いながらも近寄る。ディランはともかく、こっちに背を向けてしゃがみこんでいる兎の表情がよく見えない。黙り込む後ろ姿に妙な感覚を抱いたが、一体何なのか。
覗き込むと、そこには焼け焦げた一部の綿と布、大量の灰が落ちていた。
「……何だこれ?」
「分からない。だがさっきから兎が動かない」
だから何か意味があるものなのかもしれない。そう無表情で淡々と語るディラン。
兎に尋ねてみるが、一向に返事が来ない。眉を顰めて様子を窺い数秒。ふと兎に表れた変化にゆっくりと目を見開いた。
ピンと張った長い耳が垂れ下がり、チビの好きなもふもふとした毛が萎む。
ぬいぐるみだ、泣くことなんてない。分かっているのに、その時の兎の震える後ろ姿は、まるで人間が涙を流しているかのように見えた。
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