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【聖者の薔薇園-開幕】
242.無情な護衛と皇太子(レナードside)
しおりを挟む明らかに洗脳させようと聖者崇拝を謳い続ける神官達。話す度聖者やマーテルの賛美を聞かされるのはかなり辛い。頭がおかしくなりそうだ。
とは言え、二度も同じ轍を踏むつもりはない。私にとっての唯一はフェリで、それ以下は存在すらしない。今の私はその事実を理解している。だから、聖者に堕ちるなんてことはない。
時折神官の言葉に頷いてみたり、聖者を褒め称えるような発言をしてみたり。徐々にその発言の数を増やしていくと、神官達は面白いほど私への洗脳が成功したと誤解してくれた。
敵が無能だとやりやすい。そろそろ助けも来る頃だろうとそのままやり過ごそうとした時、ふと慌ただしい様子で聖騎士が一人駆け込んできた。
「悪魔の子が脱走したとの報告が!!」
悪魔の子。神官がフェリを呼称する時に使う呼び名だ。
緊迫した空気が流れる。神官の一人が我に返って報告の詳細を聞き出すのを黙って見据える。私がいる空間で情報のやり取りをするなど…本当に神殿の連中は馬鹿しかいないらしい。
こんな愚か者共に崇められる神を私は一時期崇拝していたなんて…前世の自分も含め、本当の愚か者は私なのかもしれない。
「西館の警備に当たっていた聖騎士達は全員…──」
聞こえる限り、どうやらフェリは部屋に侵入して来た何者かと共に逃げ出したようだ。
人数は確認出来ただけでも三人。無表情の男と眼帯の男、そして黒いフェイスベールの大柄な男。彼らはフェリが軟禁されていた部屋がある西館の聖騎士達を倒しながら突破し、逃げ去った。そして警備の目から逃れることに成功した。
今はちょうど捜索の真っ最中らしい。ご苦労なことだ。
それにしても…やけに遅いと思ったらあの変態、フェリの救出に加わっていたのか。
てっきり神官を食い回っているのかと罰の内容を考えていたところだが、フェリが関わっているなら仕方ない。今回は不問としよう。
「侵入者は発見次第排除しろ!!悪魔の子を絶対に逃がすな!!」
何やら物騒な指示が聞こえてくるが、果たしてそう上手くいくか見ものだ。
神殿の雑魚共に負ける程、フェリを囲う狂犬達は弱くない。寧ろ心配なのは聖騎士達だ。仮にギデオンと交戦した者がいた場合、その者達については命より貞操の不安がある。まぁ興味ないが。
「皇太子殿下」
ふと呼びかけられ我に返る。ぼーっとしていた表情に笑顔を浮かべて視線を上げると、そこには胡麻をするように手を揉んだ神官が立っていた。
陰湿且つ欲に塗れたその笑みが心底不快だったが、今だけは何とか堪える。
「何でしょうか?」
「実は…神殿に悪魔達が侵入したようなのです。このままでは女神様が穢されてしまう…どうか貴方様のお力で、帝国全体に神聖な真実を広めて頂けないでしょうか」
嫌な笑顔だ。きっと昔の自分が浮かべていたであろうその笑みは、腹に抱えた黒さと欲が見え隠れして醜いとしか言いようがない。
何と醜いのだろうか。マーテルを信仰するこの者達も、いつかの私も。
神官の発言の意図。私に望んでいるのは皇太子としての影響力と発言力を、神殿の為に使わせることだろう。恐らく目的は、悪魔の子の卑劣さと聖者の尊さを広め、帝国中の人間を味方につけること。
ただでさえ浄化活動というふざけた計画で民達に魅了が広まっている最中だ。こんな中絶対的な悪役が現れてしまえば、全ての敵意がその悪役に向いてしまう。
…前世のように、愛おしいあの子が悪魔として糾弾されてしまう。
「……神聖な真実、ですか」
柔らかい笑みを浮かべたままの私を、期待の籠った笑顔で見つめる神官。私が魅了され、聖者に堕ちていると信じて疑わないその姿に嘲笑が零れた。
一体どこまで愚かであり続けるつもりなのだろう。まるで以前の自分を見ているようで腹が立つ。
淡い微笑みを湛えて顔を上げる。薄気味悪い笑顔を満面に浮かべた神官に顔を寄せ、小さく答えた。
「えぇ勿論。私が皇太子として、帝国中に責任を持って伝えます。正しい真実を、全て」
勝ち誇ったような色を瞳に滲ませる神官。
やはり愚かだ。神官の背後に視線を移して口角を上げた。
「流石の演技ですね殿下。感動で涙が止まりません」
涙なんて明らかに流れていない無表情、淡々とした低音。突如背後から聞こえた声に驚いたのか振り返った神官が、ハッとしたように出しかけた叫びが声になることは無かった。
ドスッ!と鈍い音が鳴った直後、神官が殴られた腹を抑えて蹲る。逆流した胃の中のものが吐き出され、足元に散ったそれから目を逸らした。汚物を間近で視認してしまうとは、最悪だ。
ソファから立ち上がりその場から少し離れる。現れた男は即座に神官の姿勢を強引に但し、土下座の形になった神官の背に勢いよく踵を振り下ろした。
「ぐァッ…!!」
「ふむ…これはハズレですね。喘ぎ声が汚いオナホは犬小屋行きです」
無情な声音を紡いで神官に拳を沈める男…ギデオンは、淡々と神官の抵抗力を削いで屈服させていく。何度も目の当たりにして見慣れているとはいえ、相変わらず容赦の欠片もない仕置きをする男だと少し引く。
部屋を見渡してみると、中にいた神官と聖騎士は全員漏れなく気絶していた。ずっと視界に映っていた光景を思い出してみるものの、本当に人間離れした実力が過ぎて感心より呆れが勝る。
背後で繰り広げられる無言の制圧戦に微塵も気付く素振りを見せなかった神官。愚かだとは思っていたが、実際あまりに愚鈍過ぎて笑いを堪えるのが大変だった。
「ギデオン。その辺で勘弁してあげて下さい。私は特に何もされていないので」
そこまで容赦なく拷問する必要はないだろう。あまりの無情っぷりに少なからず湧いた同情心を言葉にすると、ギデオンが無表情のまま首を傾げて答えた。聞き逃せない最悪の事実を。
「本当に宜しいのですか?この男、以前『悪魔の子は上物の男児だ。私の性玩具にでもしてやろう』と楽し気に語っていた者ですが」
部屋の入り口に進めていた足がぴたりと止まる。
歪んだ口角のまま笑みを浮かべて振り返り、許しを乞うように伏せて震える神官を見下ろす。魅了にかかった皇太子に期待の眼差しを向ける神官を見て、同情心など初めから無かったかのように掻き消えた。
代わりに湧き上がるのはドス黒い感情だけ。
「……貴方にお似合いですし、ご自分でなってみては如何です?性玩具、お好きなのでしょう?」
神官の表情が絶望の色に染まる。それを見ても特に何も思わない。
喧しく喚きだす神官に背を向け、改めて部屋を出るべく歩き出した。
背後からギデオンの低い声が届く。相変わらず淡々としているが、今だけは少し、声音に高揚感と愉快気な感情が含まれているように聞こえた。
「ペットの魔物が発情期を迎えていたので丁度良かったです。このゴミは肉便器に最適ですね」
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