余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

278.部隊長さんの噂話

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 少年はケビンと名乗った。
 生まれも育ちもスラム街のケビンは、一生を劣悪な環境の中で過ごしていくのだと半ば諦観していたしい。けれど二年前に巻き起こった、帝国を揺るがしたとある大事件をきっかけにスラム街の状況が大きく変化したのだと語る。

 そんな大きな事件があったことも知らなかった。たくさん学んでいたはずなのに、世間に通じるような常識的な知識さえ身についてなかったなんて。改めて何度目かの反省をした。

 その大事件をきっかけとした改革。聞いてみると、かなり大規模なものだった。
 二年前に起こったという大事件をきっかけに、主に皇太子と魔塔が主導となって大きな改革がいくつも進められたらしい。長年関係の悪かった魔塔と皇族が手を取り合った為に、改革は通常の想定より何十倍もの速さで実現したようだ。

 その主な例というのが、遠くに見えるあの林檎の大木。
 魔塔の研究によって林檎の苗はものの数日で大木に育ち、半永久的に林檎が実り続けるという夢のような木が完成したのは、スラム街の治安部隊が設立するよりも少し前。
 どうやら、林檎の木を植えることを提案したのは例の治安部隊の部隊長さんらしい。


「ぶたいちょーさんは、林檎が好きなの?」

「うん、噂じゃ大の林檎好きみたいだよ。特にアップルパイが好きなんだって」


 部隊長と聞くからには筋肉隆々な、それこそギデオンみたいな姿を想像していたけれど。どうやら部隊長さんとやらは意外に甘党で細身の騎士らしい。


「部隊長は皇太子殿下が直々に指名したみたいなんだけど、それが騎士じゃなく貴族だったから、初めの頃は皇太子殿下への批判が酷かったんだ」

「批判…?」

「皇太子殿下が貴族に媚びを売ったとか何とか。けど実際に任せてみれば、その貴族は並みの騎士より遥かに強くて、何よりスラム街の問題を誰よりも熟知していたから…」


 だから直ぐに誰も批判できなくなったのだと、ケビンはおかしそうにクスクス笑って聞かせてくれた。

 部隊長に指名された貴族は、どうして騎士団に入団しなかったのか不思議なくらいの実力者だったらしい。けれど戦闘方法が少し特殊で、一般的な剣よりも複数のナイフを使った戦術やシンプルな体術が得意な人なのだとか。
 彼はスラム街の状況にとっても詳しくて、リアルな問題点もまるで長年住んでいたかのような感覚で次々と指摘し、改善を進めていったようだ。


「本当、どうしてあそこまでスラム街に詳しいんだか…改革が異常な速さで進んだのは、その部隊長が裏に依頼して犯罪者たちを一掃したからなんて噂もあるくらいだ」


 きょとんと首を傾げて「裏?」と呟くと、ケビンは一つ頷いて内緒話をするみたいに耳元に唇を寄せてきた。


「『帝国の闇』って呼ばれた凄腕の暗殺者だよ。奴隷を違法に売買していた奴らとかを消したり…騎士団じゃ手を出せない所を彼が担ったから改革がスムーズに進んだとか色々…まぁ噂の域を出ないけどね」


 騎士団では手を出せない…司法が介入できないところ、ということだろうか。
 表立って動くことの出来ない問題を裏に依頼したために、障害なく改革を進めることが出来た。つまりはそういうことか。
 立場的にはアレかもしれないけれど、もし噂が真実であっても部隊長さんには尊敬しか湧かない。冷静で合理的で効率重視で…ほんの一瞬、馴染みの無表情が浮かんでまさかねと苦笑した。


「スラム街の人間として部隊長には感謝してるし、左腕の麻痺も何とか治ればいいんだけどね。流石に魔物の毒が原因なんじゃ、呪いだからどうしようもないし…」

「魔物の毒?麻痺…?腕が動かないのに、とっても強いの…?」


 さらっと告げられた言葉に目を見開いた。
 部隊長さんの左腕を蝕む魔物の毒。「君、本当びっくりするほど世間知らずなんだね…」と瞬くケビンにしょんぼりしながらも苦笑を返す。しっかり学んでいるつもりだったんだけれど…。

 聞く話によると、部隊長さんは左腕に魔物の毒を受けた過去があり、その呪いが今も尚消えずに彼を蝕んでいるらしい。
 麻痺の影響で左腕は一切動かないけれど、とんでもない実力者だから片腕だけでも騎士数人を軽く吹き飛ばせるくらい強いのだとか。すごい。


「うーむ…麻痺…呪い…」


 そういえば、リベラ様の力はまだ使えるのかな。部隊長さんの話を聞いてふと気になった。
 もし呪いを解く力がまだ使えるのなら、その左腕を蝕む魔物の毒も解毒出来るかも…なんて。ぽけーっとそんなことを考えていると、やがてケビンがあっと声を上げた。


「そろそろだ。詰所に行ったら保護してもらえるはずだから、もう安心して大丈夫だよ」


 同情と心配そうな色を滲ませた瞳。
 そういえば今の僕は身ぐるみを剥がされ追い出された捨て子なんだった…と思い出し、古い布を体にまきまきしてこくりと頷いた。
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