17 / 69
第17話
しおりを挟む
街への帰り道は、行きよりも少しだけ短く感じた。
同じ道を歩いているはずなのに、足取りが軽いせいか、空の色まで明るく見える。
(あの灰色の狼……強かったな)
廃小屋の屋根から飛びかかってきた魔獣の姿が、まだ脳裏に焼きついている。
ほんの少しでも判断が遅れていたら、牙が喉に食い込んでいたかもしれない。
(でも……今度は、ちゃんと見えてた)
初めて森で狼型の魔獣に襲われたときは、ただがむしゃらに剣を振るうことしかできなかった。
だが今回は違う。
《超記録》が攻撃を記録し、その動きが頭の中で形になっていた。
(何度も狙いを変えてくる癖。踏み込みの深さ。跳びかかる瞬間の足の向き……)
記録したパターンを意識したことで、相手の次の動きが読めた。
それはただの偶然ではない。
少しずつ、自分が進んでいると実感できる変化だった。
門が見えてきたとき、門番と目が合った。
昨日と同じ人だ。
ライトの姿を認めると、彼は口元をほころばせ、ひょいと片手を上げた。
「おう、新人。今日も無事にご帰還だな」
「はい。依頼、終わりました」
「顔つきが変わってきたぞ。いい感じだ」
軽口まじりの言葉なのに、胸の奥が温かくなる。
「ありがとうございます」
短く答えて街へ入ると、昼下がりの喧騒が一気に押し寄せてきた。
パン屋の香ばしい匂い、露店の呼び声、子どもの笑い声。
全部がどこか心地よくて、ライトの口元が自然と緩む。
(依頼を終えて帰ってくる時の街って……こんなに明るく見えるんだな)
それは、つい少し前まで知らなかった景色だった。
ギルドの扉を押し開けると、いつものように中は賑わっていた。
酒場スペースで笑い声が上がり、依頼板の前には数人の冒険者が集まっている。
「ライトさん!」
受付のカウンターから、明るい声が飛んできた。
ミィナが身を乗り出すようにして手を振っている。
「おかえりなさい!」
「ただいま戻りました。報告を……」
「はいっ、どうぞ!」
ミィナの前に立ち、依頼書と簡単なメモを差し出す。
廃小屋の場所、周辺の様子、獣の痕跡、そして灰色の魔獣を討伐したこと。
頭の中で整理した内容を一つずつ伝えていく。
「廃小屋の中には……古い道具と木片だけでした。でも、黒い毛が落ちていました。たぶん魔獣かと」
「黒い毛……」
ミィナが真剣な表情でメモに目を通す。
ライトは続けた。
「それから、小屋の屋根から灰色の狼のような魔獣が飛びかかってきました。普通の狼より筋肉が発達していて、牙も長かったです。攻撃を受けて、動きだけ記録して……なんとか倒しました」
「ひとりで、ですか?」
「はい」
ミィナの目が大きく見開かれた。
「ちょっとお待ちください!」
彼女は奥へ小走りに消え、しばらくしてからひとりの男性を連れて戻ってきた。
四十代ほどだろうか。
がっしりとした体格に、深い色のマント。
鋭い眼差しの奥に、どこか落ち着いた温かさを宿した男だった。
「ライト、だったな?」
落ち着いた低い声。
ライトは背筋を伸ばす。
「はい。ライトです」
「俺はこの街のギルドマスター、グランだ。話は聞いた。廃小屋の調査依頼を受けていたのはお前だな?」
「はい。灰色の魔獣も、僕が……」
「ふむ」
グランはライトの全身を一度、静かに眺めた。
じろじろ見るというより、怪我の有無や疲労を確かめているような視線だった。
「目が死んでないな」
「え?」
「恐怖で固まってる目じゃないってことだ。ちゃんと危険を見て、考えて、ここまで帰ってきた目だ」
突然の言葉に、ライトは思わず瞬きをした。
どう返せばいいのか分からず視線を落とすと、グランは少しだけ笑ったようだった。
「ミィナ、報告書と照らし合わせろ。廃小屋周辺の魔獣情報も確認だ」
「はい!」
ミィナが慌ててメモを揃え、他の紙と照らし合わせていく。
「灰色の狼の魔獣って……もしかして、前に別の冒険者さんが手こずってたやつじゃ……」
「可能性は高いな」
グランは腕を組み、短くうなずいた。
「ここ最近、廃小屋周辺で家畜が襲われたって話がいくつか上がっていた。犯人はそいつだろう」
「じゃあ、ライトさんが……?」
「そうだな。街の外の小さな厄介者をひとつ片付けてくれたわけだ」
グランは改めてライトを見る。
「お前、ランクは?」
「まだ一番下の見習いです」
「スキルは《記録》だったな?」
「はい。でも、最深部で死にかけた時に《超記録》に変わって……敵の攻撃とか、魔法を受けると記録できるようになりました」
グランの目がわずかに細くなった。
「それでこの結果か。面白いな」
その一言に、ライトの心臓がどきりと鳴る。
“面白い”という言葉は、これまでは自分には向けられないものだと思っていた。
お荷物で、足手まといで、役に立たない存在。
それが自分だと、勝手に決めつけていた。
「勘違いするなよ」
グランの声が、ライトの思考を引き戻す。
「お前のスキルが立派だと言っているわけじゃない。スキルなんてのは、生まれた時点で配られた札みたいなもんだ。良くも悪くも、どうしようもない」
「……はい」
「だが、その札をどう使うかは自分で決められる。お前は少なくとも、雑に投げ捨てたりせず、しっかり握って工夫してる」
グランは穏やかに笑った。
「そういう奴は、ギルドとして大事にしたい」
ライトの胸が、きゅっと締め付けられた。
今まで聞いたことのない種類の言葉だった。
(大事に……したい?)
自分が、そんなふうに言われる日が来るとは思っていなかった。
「勘違いするなって言ったそばからなんだがな」
グランは肩を竦めた。
「お前が今後どうなるかはお前次第だ。だが少なくとも、今日の働きは十分評価に値する。胸を張れ」
「……ありがとうございます」
絞り出した声は少し震えていた。
グランはうなずき、ミィナに視線を向ける。
「ミィナ、ライトの報告書はしっかり保管しておけ。今後の調査にも役立つ」
「はい!」
「それから、今後この廃小屋周辺の依頼が出る時は、必ずこいつの報告を参考にしろ」
「分かりました!」
横でやり取りを聞いていた数人の冒険者たちが、ひそひそと声をあげた。
「今の新人がやったのか?」
「あの灰色の狼、前にうちのパーティ追い返されたぞ……」
「記録スキルって聞いてたけど、そんなにやれるもんなのか」
視線を感じて、ライトの頬が少しだけ熱くなる。
居心地が悪いわけではない。
むしろ、自分の存在が誰かの話題になっていることが不思議だった。
(俺の名前が……ここに残るんだ)
それは、心のどこかでずっと欲しかったものだったのかもしれない。
「ライトさん、報酬の準備ができました!」
ミィナが袋を差し出す。
いつもより少し重い。
「魔獣討伐の分と、周辺被害の原因特定の加算が含まれています。それから……」
「それから?」
「ギルドマスターからの、個人的な上乗せだそうです。『よくやった。飯でも多めに食え』って」
ライトは思わず袋を見下ろした。
「こんなに……?」
「ライトさんの働きが、それだけ大きかったってことですよ」
ミィナの笑顔は、ただ事務的に仕事をこなしている人のそれではなかった。
心から嬉しそうに見える。
「これからも……無理はしてほしくないですけど、ライトさんが頑張る姿、応援させてくださいね」
「……はい。ありがとうございます」
自然と頭が下がった。
ギルドを出るころには、太陽は少し傾き始めていた。
街を歩きながら、ライトは報酬袋の重みを確かめる。
(俺が、やったから……もらえた重さなんだ)
誰かについていくだけではなく、自分で選んで、自分で戦って、自分で勝ち取った対価。
その事実が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
通りの片隅では、昨日の少年が木の枝を振り回しながら遊んでいた。
ライトに気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん! 今日も帰ってきた!」
「ただいま」
「また剣、見せて!」
「……今度、時間があるときにな」
「約束だよ!」
少年がそう言って笑う。
誰かに期待されるという感覚は、まだくすぐったい。
けれど嫌ではなく、むしろ心地よいざわめきだった。
(俺のことを……見てくれてる人がいる)
そう思うと、不思議と背筋が伸びる。
宿に戻って部屋に入り、扉を閉めると、ようやく静かな空気が胸の奥まで届いた。
ベッドに腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸をする。
「……疲れたな」
けれど、それは悪い疲れではなかった。
全力で動き切ったあとの、心地よい余韻だ。
荷物から例の指南書を取り出す。
数日前に買ったまま、まだほとんど読み込めていない。
(今までは、読む時間が惜しいって思ってたけど……)
今のライトには、この薄い本がとても頼もしい味方に見えた。
基礎体力の鍛え方、剣のフォーム、敵の観察のコツ。
ページをめくるたびに、自分のやってきたことと繋がっていく感覚がある。
(……ちゃんと、積み重ねていける)
そう確信できた。
窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へと変わりつつある。
空が暗くなるほど、部屋の中の灯りがやさしく輝き始めた。
(いつか……あいつらと再会することになるのかな)
勇者パーティの顔が、ふと頭に浮かぶ。
最深部の冷たい視線。
置き去りにされた瞬間の、足音の遠ざかる音。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
(あの時の俺は……何もできなかった)
だが、今は違う。
《超記録》を手に入れ、自分の足で依頼をこなし、ギルドマスターから名前を呼ばれた。
(いつかきっと、堂々と前に立てるようになりたい)
心のどこかで、見返したいという想いは確かに燃えている。
その火を、決して消さないように。
焦がしすぎないように、胸の奥で静かに守る。
「明日も……頑張ろう」
小さな声でそう呟き、ライトは本を閉じた。
今日積み上げたものが、必ず明日の自分を助けてくれる。
そう信じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
新しい一日が、また静かに近づいてきていた。
同じ道を歩いているはずなのに、足取りが軽いせいか、空の色まで明るく見える。
(あの灰色の狼……強かったな)
廃小屋の屋根から飛びかかってきた魔獣の姿が、まだ脳裏に焼きついている。
ほんの少しでも判断が遅れていたら、牙が喉に食い込んでいたかもしれない。
(でも……今度は、ちゃんと見えてた)
初めて森で狼型の魔獣に襲われたときは、ただがむしゃらに剣を振るうことしかできなかった。
だが今回は違う。
《超記録》が攻撃を記録し、その動きが頭の中で形になっていた。
(何度も狙いを変えてくる癖。踏み込みの深さ。跳びかかる瞬間の足の向き……)
記録したパターンを意識したことで、相手の次の動きが読めた。
それはただの偶然ではない。
少しずつ、自分が進んでいると実感できる変化だった。
門が見えてきたとき、門番と目が合った。
昨日と同じ人だ。
ライトの姿を認めると、彼は口元をほころばせ、ひょいと片手を上げた。
「おう、新人。今日も無事にご帰還だな」
「はい。依頼、終わりました」
「顔つきが変わってきたぞ。いい感じだ」
軽口まじりの言葉なのに、胸の奥が温かくなる。
「ありがとうございます」
短く答えて街へ入ると、昼下がりの喧騒が一気に押し寄せてきた。
パン屋の香ばしい匂い、露店の呼び声、子どもの笑い声。
全部がどこか心地よくて、ライトの口元が自然と緩む。
(依頼を終えて帰ってくる時の街って……こんなに明るく見えるんだな)
それは、つい少し前まで知らなかった景色だった。
ギルドの扉を押し開けると、いつものように中は賑わっていた。
酒場スペースで笑い声が上がり、依頼板の前には数人の冒険者が集まっている。
「ライトさん!」
受付のカウンターから、明るい声が飛んできた。
ミィナが身を乗り出すようにして手を振っている。
「おかえりなさい!」
「ただいま戻りました。報告を……」
「はいっ、どうぞ!」
ミィナの前に立ち、依頼書と簡単なメモを差し出す。
廃小屋の場所、周辺の様子、獣の痕跡、そして灰色の魔獣を討伐したこと。
頭の中で整理した内容を一つずつ伝えていく。
「廃小屋の中には……古い道具と木片だけでした。でも、黒い毛が落ちていました。たぶん魔獣かと」
「黒い毛……」
ミィナが真剣な表情でメモに目を通す。
ライトは続けた。
「それから、小屋の屋根から灰色の狼のような魔獣が飛びかかってきました。普通の狼より筋肉が発達していて、牙も長かったです。攻撃を受けて、動きだけ記録して……なんとか倒しました」
「ひとりで、ですか?」
「はい」
ミィナの目が大きく見開かれた。
「ちょっとお待ちください!」
彼女は奥へ小走りに消え、しばらくしてからひとりの男性を連れて戻ってきた。
四十代ほどだろうか。
がっしりとした体格に、深い色のマント。
鋭い眼差しの奥に、どこか落ち着いた温かさを宿した男だった。
「ライト、だったな?」
落ち着いた低い声。
ライトは背筋を伸ばす。
「はい。ライトです」
「俺はこの街のギルドマスター、グランだ。話は聞いた。廃小屋の調査依頼を受けていたのはお前だな?」
「はい。灰色の魔獣も、僕が……」
「ふむ」
グランはライトの全身を一度、静かに眺めた。
じろじろ見るというより、怪我の有無や疲労を確かめているような視線だった。
「目が死んでないな」
「え?」
「恐怖で固まってる目じゃないってことだ。ちゃんと危険を見て、考えて、ここまで帰ってきた目だ」
突然の言葉に、ライトは思わず瞬きをした。
どう返せばいいのか分からず視線を落とすと、グランは少しだけ笑ったようだった。
「ミィナ、報告書と照らし合わせろ。廃小屋周辺の魔獣情報も確認だ」
「はい!」
ミィナが慌ててメモを揃え、他の紙と照らし合わせていく。
「灰色の狼の魔獣って……もしかして、前に別の冒険者さんが手こずってたやつじゃ……」
「可能性は高いな」
グランは腕を組み、短くうなずいた。
「ここ最近、廃小屋周辺で家畜が襲われたって話がいくつか上がっていた。犯人はそいつだろう」
「じゃあ、ライトさんが……?」
「そうだな。街の外の小さな厄介者をひとつ片付けてくれたわけだ」
グランは改めてライトを見る。
「お前、ランクは?」
「まだ一番下の見習いです」
「スキルは《記録》だったな?」
「はい。でも、最深部で死にかけた時に《超記録》に変わって……敵の攻撃とか、魔法を受けると記録できるようになりました」
グランの目がわずかに細くなった。
「それでこの結果か。面白いな」
その一言に、ライトの心臓がどきりと鳴る。
“面白い”という言葉は、これまでは自分には向けられないものだと思っていた。
お荷物で、足手まといで、役に立たない存在。
それが自分だと、勝手に決めつけていた。
「勘違いするなよ」
グランの声が、ライトの思考を引き戻す。
「お前のスキルが立派だと言っているわけじゃない。スキルなんてのは、生まれた時点で配られた札みたいなもんだ。良くも悪くも、どうしようもない」
「……はい」
「だが、その札をどう使うかは自分で決められる。お前は少なくとも、雑に投げ捨てたりせず、しっかり握って工夫してる」
グランは穏やかに笑った。
「そういう奴は、ギルドとして大事にしたい」
ライトの胸が、きゅっと締め付けられた。
今まで聞いたことのない種類の言葉だった。
(大事に……したい?)
自分が、そんなふうに言われる日が来るとは思っていなかった。
「勘違いするなって言ったそばからなんだがな」
グランは肩を竦めた。
「お前が今後どうなるかはお前次第だ。だが少なくとも、今日の働きは十分評価に値する。胸を張れ」
「……ありがとうございます」
絞り出した声は少し震えていた。
グランはうなずき、ミィナに視線を向ける。
「ミィナ、ライトの報告書はしっかり保管しておけ。今後の調査にも役立つ」
「はい!」
「それから、今後この廃小屋周辺の依頼が出る時は、必ずこいつの報告を参考にしろ」
「分かりました!」
横でやり取りを聞いていた数人の冒険者たちが、ひそひそと声をあげた。
「今の新人がやったのか?」
「あの灰色の狼、前にうちのパーティ追い返されたぞ……」
「記録スキルって聞いてたけど、そんなにやれるもんなのか」
視線を感じて、ライトの頬が少しだけ熱くなる。
居心地が悪いわけではない。
むしろ、自分の存在が誰かの話題になっていることが不思議だった。
(俺の名前が……ここに残るんだ)
それは、心のどこかでずっと欲しかったものだったのかもしれない。
「ライトさん、報酬の準備ができました!」
ミィナが袋を差し出す。
いつもより少し重い。
「魔獣討伐の分と、周辺被害の原因特定の加算が含まれています。それから……」
「それから?」
「ギルドマスターからの、個人的な上乗せだそうです。『よくやった。飯でも多めに食え』って」
ライトは思わず袋を見下ろした。
「こんなに……?」
「ライトさんの働きが、それだけ大きかったってことですよ」
ミィナの笑顔は、ただ事務的に仕事をこなしている人のそれではなかった。
心から嬉しそうに見える。
「これからも……無理はしてほしくないですけど、ライトさんが頑張る姿、応援させてくださいね」
「……はい。ありがとうございます」
自然と頭が下がった。
ギルドを出るころには、太陽は少し傾き始めていた。
街を歩きながら、ライトは報酬袋の重みを確かめる。
(俺が、やったから……もらえた重さなんだ)
誰かについていくだけではなく、自分で選んで、自分で戦って、自分で勝ち取った対価。
その事実が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
通りの片隅では、昨日の少年が木の枝を振り回しながら遊んでいた。
ライトに気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん! 今日も帰ってきた!」
「ただいま」
「また剣、見せて!」
「……今度、時間があるときにな」
「約束だよ!」
少年がそう言って笑う。
誰かに期待されるという感覚は、まだくすぐったい。
けれど嫌ではなく、むしろ心地よいざわめきだった。
(俺のことを……見てくれてる人がいる)
そう思うと、不思議と背筋が伸びる。
宿に戻って部屋に入り、扉を閉めると、ようやく静かな空気が胸の奥まで届いた。
ベッドに腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸をする。
「……疲れたな」
けれど、それは悪い疲れではなかった。
全力で動き切ったあとの、心地よい余韻だ。
荷物から例の指南書を取り出す。
数日前に買ったまま、まだほとんど読み込めていない。
(今までは、読む時間が惜しいって思ってたけど……)
今のライトには、この薄い本がとても頼もしい味方に見えた。
基礎体力の鍛え方、剣のフォーム、敵の観察のコツ。
ページをめくるたびに、自分のやってきたことと繋がっていく感覚がある。
(……ちゃんと、積み重ねていける)
そう確信できた。
窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へと変わりつつある。
空が暗くなるほど、部屋の中の灯りがやさしく輝き始めた。
(いつか……あいつらと再会することになるのかな)
勇者パーティの顔が、ふと頭に浮かぶ。
最深部の冷たい視線。
置き去りにされた瞬間の、足音の遠ざかる音。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
(あの時の俺は……何もできなかった)
だが、今は違う。
《超記録》を手に入れ、自分の足で依頼をこなし、ギルドマスターから名前を呼ばれた。
(いつかきっと、堂々と前に立てるようになりたい)
心のどこかで、見返したいという想いは確かに燃えている。
その火を、決して消さないように。
焦がしすぎないように、胸の奥で静かに守る。
「明日も……頑張ろう」
小さな声でそう呟き、ライトは本を閉じた。
今日積み上げたものが、必ず明日の自分を助けてくれる。
そう信じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
新しい一日が、また静かに近づいてきていた。
56
あなたにおすすめの小説
「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。
彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。
「お前はもういらない」
ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。
だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。
――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。
一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。
生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!?
彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。
そして、レインはまだ知らない。
夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、
「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」
「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」
と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。
そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。
理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
スキル【ファミレス】を使っていたら伝説になりました。
キンモクセイ
ファンタジー
スキル「ファミレス」を手にした。
ハズレスキルかと思い、主人公の思うがまま行動している。
そんな時に1人の少女と出会い、運命が変わる。
【完結】料理人は冒険者ギルドの裏で無双します
vllam40591
ファンタジー
東京の超一流レストランで命を削り、ついには過労死してしまった天才料理人・椎名栄作(29歳)。目を開けば、そこは魔法と魔物が存在する異世界「アストラル大陸」だった。
偶然にも毒蜘蛛に噛まれた少年を救ったことで、栄作は自分に特殊能力「味覚分析」が宿っていることを知る。触れるだけで食材の全てを理解し、その潜在能力を引き出せるこの力は、異世界の食材にも通用した。
石造りの町アーケイディアで冒険者ギルドの料理人として雇われた栄作は、やがて「料理魔法師」という稀有な存在だと判明する。「魔物肉」や「魔法植物」を調理することで冒険者たちの能力を飛躍的に高める彼の料理は評判となり、ギルドの裏で静かに"伝説"が生まれ始めていた。
「この料理、何か体が熱くなる…力が溢れてくる!」
「あのシェフのおかげで、SS級の討伐クエストを達成できたんだ」
戦うことなく、ただ料理の力だけで冒険者たちを支える栄作。
しかし古き予言の主人公「料理で世界を救う者」として、彼は「死食のカルト」という邪悪な組織と対峙することになる。
鍋と包丁を武器に、料理精霊を味方につけた栄作は、最高の一皿で世界の危機に立ち向かう。
現代で認められなかった料理人が、異世界で真価を発揮し「グランドシェフ」として成長していく姿を描いた、笑いと感動と食欲をそそる異世界美食ファンタジー。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
兄が【剣聖】、妹は【聖女】になった双子の転生者はのんびり冒険者やってます♪
雪奈 水無月
ファンタジー
「兄は剣聖、妹は聖女──でも、転生理由は女神の“うっかり”でした。」
平凡な放課後が、空に走る黒い亀裂で終わりを告げる。
与えられたのは最強の力と、新しい世界イングレイスでの第二の人生。
しかし、転生直後に待っていたのは──濃い霧と、不気味な視線。
手を離したら、もう二度と会えない。
これは、剣と癒しで道を切り拓く兄妹の冒険の始まり。
異世界で目が覚めたら目の前で俺が死んでました。この世界でオリジナルの俺はとっくに死んでたみたいです
青山喜太
ファンタジー
主人公桜間トオル17歳は家族との旅行中、車の中ではなく突然なんの脈絡もなく遺跡の中で目が覚めてしまう。
混乱する桜間トオルの目の前にいたのは自分と瓜二つ、服装さえ一緒のもう一人の桜間トオルだった。
もう一人の桜間トオルは全身から出血し血を吐きながら、乞う。
「父さんと、母さん……妹をアカリを頼む……!!」
思わず、頷いた桜間トオルはもう一人の自分の最後を看取った。
その時、見知らぬ声が響く。
「私のことがわかるか? 13人の桜間トオル?」
これはただの高校生である桜間トオルが英雄たちとの戦争に巻き込まれていく物語
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
*読者のみなさま
この作品をお読みいただきありがとうございました。こちらの作品は1月10日12時をもって非公開とさせていただきます。
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~
榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。
彼はその日から探索者――シーカーを目指した。
そして遂に訪れた覚醒の日。
「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」
スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。
「幸運の強化って……」
幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。
そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
だが彼は知らない。
ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。
しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる