追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

文字の大きさ
16 / 17

第16話

しおりを挟む
 陽の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気をゆっくりと暖めていた。
 ライトはゆっくりと目を覚まし、天井をぼんやりと眺めた。

(よく眠れたな……)

 昨日の疲れはほとんど残っておらず、身体が軽かった。
 目をこすりながら起き上がり、深く伸びをする。
 背中の筋肉が心地よく伸び、その感覚に自然と息が漏れた。

 窓を開けると、朝のひんやりした空気が頬を撫で、鳥のさえずりが耳に届いた。
 街はもう動き始めており、遠くから市場の喧騒がかすかに聞こえる。

(今日も……ちゃんとやろう)

 そんな言葉が自然に胸に浮かぶ。
 一日前の自分とは確かに違う。
 少しずつ積み重ねているという実感が、ライトの心をしっかりと支えていた。

 身支度を済ませ、ライトは宿の食堂へ向かった。
 扉を開けた瞬間、ミィナがぱっと顔を上げ、笑顔を見せた。

「ライトさん、おはようございます!」

「おはようございます、ミィナさん」

「ちょうど朝食ができたところです。席にどうぞ!」

 ミィナが持ってきてくれたのは、温かいスープと焼き上がったばかりのパン。
 湯気の立つ料理に、胃が優しく刺激される。

「昨日の依頼、お疲れさまでした。ガルドさんたち、すごく褒めてましたよ」

「えっ……そうなんですか?」

「はい。ライトさんは慎重で、報告も丁寧だって。それに……ちゃんと帰ってきてくれたのが一番嬉しいです」

 ミィナがそう言うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 誰かが自分の無事を願ってくれていることが、こんなにも心を満たすとは思わなかった。

「今日は、どんな依頼に挑むんですか?」

「まだ決めていませんが……昨日より、少しだけ難しいものに挑んでみようかと思います」

「その気持ち……すごく素敵だと思います。ライトさんならきっと大丈夫です」

 ミィナの言葉は、静かにライトの背中を押してくれた。

 朝食を終え、ギルドへ向かう。
 街の空気は活気に満ちていて、朝日が石畳を明るく照らしている。

 ギルドの扉を押し開けると、いつもの喧騒が耳に広がった。
 冒険者たちの声、武器の金属音、依頼書をめくる音。

「おっ、ライト!」

 ガルドが大きく手を振って呼んだ。
 セインも隣で軽く手を挙げる。

「昨日のスライム討伐、聞いたぞ。二体も倒して巣まで見つけたんだって?」

「報告書、すごく丁寧だったよ。さすがライトだな」

「いえ……そんなにすごいことじゃ」

「すげえことだっての。新人が一人で巣の場所まで特定するなんて滅多にないぞ」

 ガルドの言葉は力強く、セインの声は穏やかで温和だった。
 その両方がライトの胸を静かに温める。

(俺……褒められてるんだ)

 不思議と心が軽くなる。

「今日はどれに挑むんだ?」
 ガルドが依頼板を指さしながら尋ねてくる。

「まだ……これから見ます」

「なら、一緒に選ぼう。ライトなら、このあたりがちょうどいいかもな」

 ガルドは初心者向けより少しだけ難度が高い依頼をいくつか示した。

「このあたりはどうだ?
 ・小型魔獣の討伐
 ・薬草採取の護衛
 ・廃小屋の調査依頼」

「……廃小屋の調査?」

「ああ。ちょっと前から気配があるらしくてな。魔物が住み着いたか、誰かが勝手に使ってるかもしれないって話だ」

「危険はどのくらいですか?」

「低いほうだな。せいぜい小型魔物がいるくらいだと思う」

「ライトならいけるよ」

 ライトはしばらく考えた。
 少し不安もあるが、挑戦したい気持ちが胸の奥でふつふつと湧いている。

(昨日より……少しだけ難しい依頼。それなら)

「……廃小屋の調査、受けてみます」

 ガルドが嬉しそうに笑った。

「よし! そうこなくちゃな!」

 セインも微笑む。

「ライトは慎重だから、きっと大丈夫だよ。危ないと感じたらすぐ戻るんだよ?」

「はい」

 ライトが依頼書を持って受付へ行くと、ミィナはぱっと目を輝かせた。

「廃小屋の調査ですか……気をつけてくださいね」

「はい。何か注意点はありますか?」

「廃小屋周辺には獣の痕跡があるって報告があって……もしかしたら、魔獣が住みついているかもしれません」

「気を引き締めて行きます」

「ライトさんならできます。……無事に帰ってきてくださいね」

 ミィナの声は真剣で、心の奥にすっと染み込んだ。

(心配してくれる人がいるって……こんなに心強いんだな)

 ギルドを出て、街外れへ向かう。
 昨日と違い、今日は少し風が強く、木の葉がざわざわと揺れていた。

 ライトは剣の柄を握り直し、気持ちを整える。

(廃小屋の調査……何があるか分からない。でも、やるしかない)

 足を進めながら、ライトは昨日の戦いの感触を思い返す。

 スライムの跳躍。
 毒液。
 戦いの緊張。

(記録した攻撃パターン……まだ完全ではないけど、役に立つはず)

 視界の端で小さく光った《記録適応》の補正が、ほんのわずかでも自分を助けてくれる気がしていた。

 森の道を外れ、獣道のような細い道をたどっていくと、目的の廃小屋が見えてきた。

 木造の屋根は沈み、壁は半分崩れかけていて、少しでも風が強ければ倒れてしまいそうだった。
 しかしその周囲には、確かに何かが歩いたような痕跡が残っていた。

(これは……)

 足跡はバラバラで、人間のものではない。
 大きさからして小型の魔獣か、野生の獣の類かもしれない。

 ライトは剣にそっと手を添える。

(慎重にいこう)

 小屋へと近づき、耳を澄ませる。
 中からは何も聞こえない。

 ライトはゆっくりと扉に手を伸ばし、きしむ音を立てながら開けた。

 薄暗い室内。
 床には古びた道具や木片が散乱している。
 埃の匂いが鼻をつき、足元の板がわずかにたわむ。

(気配は……?)

 目を細めて奥を見ようとしたそのとき。

 小さな影が、ライトの目の前を横切った。

「……!」

 反射的に身体が動き、剣を構える。

 影は床を走り、窓の割れた隙間から外へ跳ねていった。

(魔獣……?)

 一瞬の姿では判別できなかったが、素早さからしてただの野生の動物ではない。

(追うべきか……でも、無闇に追って罠にかかるのは危険だ)

 ライトはすぐに判断し、小屋の中を先に調べることにした。

 散乱した木片の間に、何かが落ちているのが目に入る。
 ライトはしゃがみ込み、それを拾い上げた。

「……毛?」

 短くて固い黒い毛だった。
 筋の入り方から、魔獣の毛だと分かる。

(何かが住みついていたのは間違いない)

 依頼の内容としては十分な情報だ。
 魔獣の種類までは判別できないが、痕跡があるだけでもギルドにとって重要な手がかりになる。

(……戻ろう)

 その瞬間だった。

 屋根の上から、かすかな気配が落ちてきた。

「……!」

 ライトが反射的に身をひねった直後、屋根の隙間から灰色の影が飛び降りてきた。
 獣のような赤い瞳が鋭く光り、牙をむき出しにしている。

(魔獣……!)

 影は小型の狼のような姿をしていた。
 だが普通の狼よりも筋肉質で、動きが鋭い。
 魔物の気配をまとっている。

 狼型魔獣は低く唸り、ライトの足元へ飛びかかった。

 ライトは剣を横に振り払う。
 刃が魔獣の肩をかすめ、獣が痛みに短く吠えた。

 その瞬間、視界の端で光が揺れる。

《攻撃を記録しました:魔獣(灰狼種)》

(動きが……見える)

 魔獣は攻撃を受けたことで慎重になり、小さく周囲を回りながら隙をうかがっている。
 ライトは呼吸を整え、相手の足運びを記録した感覚を使って読み取る。

(次は右から……)

 魔獣が飛び込んでくる瞬間、ライトは剣を振り上げ、斜めに切り下ろした。
 魔獣は避けようと身をずらすが、記録した軌道によってライトは動きを読み切っている。

 刃が魔獣の胴に深く入った。

 魔獣は短い声を上げ、そのまま床に崩れ落ちた。

「……ふぅ……」

 胸の鼓動がまだ早い。
 手のひらに汗がにじみ、剣を握る力がわずかに緩んだ。

(危なかった……でも)

 ライトは倒れた魔獣を見下ろし、小さく息をついた。

(ちゃんと、勝てた)

 昨日と今日で、確かな前進を感じていた。

 小屋の外に出ると、風が強く吹き抜けた。
 汗ばんだ首筋に冷たい風が当たり、心地よい感覚が広がる。

(報告しよう)

 ライトはギルドへと向けて歩き始めた。
 足取りは揺らがず、胸の奥には静かな確信が灯っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

上司がSNSでバズってる件

KABU.
恋愛
広告代理店で働く新入社員・**藤原真由(24)**は、 厳しいけれどどこか優しい上司・**柊誠(35)**に、 いつしか淡い憧れを抱いていた。 ある夜、SNSで話題になっていたアカウント 《#理想の上司はこうあってほしい》の投稿に心を打たれ、 「この人みたいな上司に出会いたい」と呟いた真由。 ――けれど、まさかその“理想の上司”が、 いつも自分を叱っていた柊課長本人だなんて。 匿名のSNSで惹かれ合う二人。 けれど現実では、上司と部下。 秘密がバレた瞬間、関係はどう変わるのか。 理想と現実が交差する、少し切なくて温かいオフィス・ラブストーリー。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...