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第15話
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宿に戻り、部屋の扉を閉めた瞬間、緊張がふっと抜けていった。
外では強がっていたわけではないが、誰かに見られているあいだはどうしても気が張る。
部屋の空気は静かで、窓から差し込む夕陽の光が床をおだやかに染めていた。
ライトは荷物を下ろし、ベッドに腰を下ろす。
(今日も……なんとかやり遂げたな)
スライム討伐も巣の発見も、決して簡単ではなかった。
あの毒スライムとの戦いを思い返すと、背筋が少しだけ冷える。
(危なかった……本当に)
もし初撃を避けられなかったら、毒を浴びて動けなくなっていたかもしれない。
だがそれでも、ライトは恐怖よりも強い感情を感じていた。
(勝てた……ちゃんと、勝てたんだ)
その事実は想像以上に胸に響いた。
以前の自分には、こんな感覚はなかった。
勇者パーティにいた頃は、戦っても周りが強すぎて、自分の力で倒したという実感が得られなかった。
むしろ、役に立てなかった自分を責めることのほうが多かった。
(でも今は違う)
森での戦闘は、すべて自分で判断して行動して、そして結果を出した。
そこに誰の力も借りていない。
胸の奥に、静かな誇りのようなものが生まれていく。
ライトはふと思い立ち、荷物の中からミィナにもらったパンの包みを開けた。
ふわりと甘い香りが漂い、思わず表情が緩む。
(こんなふうに誰かに優しくされるのって……久しぶりだな)
ミィナの言葉も、ガルドやセインの励ましも、街の少年の声も。
どれも胸の奥で温かく灯り続けていた。
(俺でも……誰かに応援してもらえるんだ)
その思いが心をやわらかく包む。
パンを少し食べ、荷物を整理してから、ライトは立ち上がって剣を手に取った。
(少し……練習しておこう)
森で感じた自分の未熟さが、まだ身体に残っていた。
ゆっくり剣を抜き、構えを取る。
宿の部屋では本格的な動きはできないが、フォームを整えるだけでも違う。
振り下ろし、横斬り、突き。
そのたびに剣の重みが手に伝わり、筋肉がわずかにきしむ。
(振りがまだ遅い……もう少し肘を柔らかく使って……)
ライトは黙々と剣を振り続けた。
その様子は誰に見せるわけでもないが、今のライトにとっては必要な時間だった。
剣を振るたびに、胸の奥が静かに整っていく。
何度か繰り返していると、視界の端で小さな光が揺れた。
《攻撃パターンの動作精度が向上しました:記録適応》
《超記録》に備わっている「動作補正」のようなものだ。
記録した動きに自分の身体が少しずつ馴染んでいく。
(記録したパターンが……使いやすくなってるのか)
まだ劇的な変化ではないが、剣の振りがわずかに滑らかになった気がした。
ライトは少し驚き、そして小さく笑った。
(本当に……強くなれるんだな)
そんな確信めいた感情が胸を照らす。
剣を納めると、そのままベッドに倒れ込んだ。
夕陽は部屋を黄金色に染め、静かに沈んでいく最中だった。
ぼんやり天井を眺めながら、ライトは今日の出来事を何度も繰り返し思い出した。
(明日は……どうしようか)
スライム討伐は終わった。
新しい依頼を探すべきだろう。
もっと自分を鍛えるチャンスを見つけたい。
できることなら、今日より少し難しい依頼を受けてみたい。
挑戦する気持ちが、自分の中で静かに芽生えていた。
(でも……焦らなくていいか)
無理をする必要はない。
少しずつ積み重ねていけばいい。
その積み重ねが、きっと未来の自分を助けてくれる。
(ミィナさん……明日も笑ってくれるかな)
そんな他愛ない想像をしてしまう自分に、ライトは苦笑した。
でも、その想像は嫌なものではなく、むしろ胸の奥がそっと温かくなる。
外が暗くなり始め、宿の灯りが部屋をほのかに照らす。
ライトはゆっくりと目を閉じた。
(明日も……頑張ろう)
その決意を胸に、目は自然と眠りへと落ちていった。
深夜、静まり返った街の上を、雲がゆっくりと流れていった。
その下では、灯りがぽつぽつと揺らめき、遠くの道を照らしている。
ライトがまだ知らない場所で、小さなざわめきが生まれ始めていた。
魔物の異常な活動報告。
遠くの山に現れた巨大な影。
そして、その影を見下ろす、鋭い眼光。
それらは、まだライトの世界には届かない。
だが近い未来、ゆっくりと、確実に交わっていくことになる。
ライトの静かな寝息が、部屋に穏やかに響き続けていた。
外では強がっていたわけではないが、誰かに見られているあいだはどうしても気が張る。
部屋の空気は静かで、窓から差し込む夕陽の光が床をおだやかに染めていた。
ライトは荷物を下ろし、ベッドに腰を下ろす。
(今日も……なんとかやり遂げたな)
スライム討伐も巣の発見も、決して簡単ではなかった。
あの毒スライムとの戦いを思い返すと、背筋が少しだけ冷える。
(危なかった……本当に)
もし初撃を避けられなかったら、毒を浴びて動けなくなっていたかもしれない。
だがそれでも、ライトは恐怖よりも強い感情を感じていた。
(勝てた……ちゃんと、勝てたんだ)
その事実は想像以上に胸に響いた。
以前の自分には、こんな感覚はなかった。
勇者パーティにいた頃は、戦っても周りが強すぎて、自分の力で倒したという実感が得られなかった。
むしろ、役に立てなかった自分を責めることのほうが多かった。
(でも今は違う)
森での戦闘は、すべて自分で判断して行動して、そして結果を出した。
そこに誰の力も借りていない。
胸の奥に、静かな誇りのようなものが生まれていく。
ライトはふと思い立ち、荷物の中からミィナにもらったパンの包みを開けた。
ふわりと甘い香りが漂い、思わず表情が緩む。
(こんなふうに誰かに優しくされるのって……久しぶりだな)
ミィナの言葉も、ガルドやセインの励ましも、街の少年の声も。
どれも胸の奥で温かく灯り続けていた。
(俺でも……誰かに応援してもらえるんだ)
その思いが心をやわらかく包む。
パンを少し食べ、荷物を整理してから、ライトは立ち上がって剣を手に取った。
(少し……練習しておこう)
森で感じた自分の未熟さが、まだ身体に残っていた。
ゆっくり剣を抜き、構えを取る。
宿の部屋では本格的な動きはできないが、フォームを整えるだけでも違う。
振り下ろし、横斬り、突き。
そのたびに剣の重みが手に伝わり、筋肉がわずかにきしむ。
(振りがまだ遅い……もう少し肘を柔らかく使って……)
ライトは黙々と剣を振り続けた。
その様子は誰に見せるわけでもないが、今のライトにとっては必要な時間だった。
剣を振るたびに、胸の奥が静かに整っていく。
何度か繰り返していると、視界の端で小さな光が揺れた。
《攻撃パターンの動作精度が向上しました:記録適応》
《超記録》に備わっている「動作補正」のようなものだ。
記録した動きに自分の身体が少しずつ馴染んでいく。
(記録したパターンが……使いやすくなってるのか)
まだ劇的な変化ではないが、剣の振りがわずかに滑らかになった気がした。
ライトは少し驚き、そして小さく笑った。
(本当に……強くなれるんだな)
そんな確信めいた感情が胸を照らす。
剣を納めると、そのままベッドに倒れ込んだ。
夕陽は部屋を黄金色に染め、静かに沈んでいく最中だった。
ぼんやり天井を眺めながら、ライトは今日の出来事を何度も繰り返し思い出した。
(明日は……どうしようか)
スライム討伐は終わった。
新しい依頼を探すべきだろう。
もっと自分を鍛えるチャンスを見つけたい。
できることなら、今日より少し難しい依頼を受けてみたい。
挑戦する気持ちが、自分の中で静かに芽生えていた。
(でも……焦らなくていいか)
無理をする必要はない。
少しずつ積み重ねていけばいい。
その積み重ねが、きっと未来の自分を助けてくれる。
(ミィナさん……明日も笑ってくれるかな)
そんな他愛ない想像をしてしまう自分に、ライトは苦笑した。
でも、その想像は嫌なものではなく、むしろ胸の奥がそっと温かくなる。
外が暗くなり始め、宿の灯りが部屋をほのかに照らす。
ライトはゆっくりと目を閉じた。
(明日も……頑張ろう)
その決意を胸に、目は自然と眠りへと落ちていった。
深夜、静まり返った街の上を、雲がゆっくりと流れていった。
その下では、灯りがぽつぽつと揺らめき、遠くの道を照らしている。
ライトがまだ知らない場所で、小さなざわめきが生まれ始めていた。
魔物の異常な活動報告。
遠くの山に現れた巨大な影。
そして、その影を見下ろす、鋭い眼光。
それらは、まだライトの世界には届かない。
だが近い未来、ゆっくりと、確実に交わっていくことになる。
ライトの静かな寝息が、部屋に穏やかに響き続けていた。
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