追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第21話

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 朝日が宿の窓から差し込み、薄いカーテン越しに部屋の空気をゆっくりと温めていく。
 ライトはベッドの上で目を開け、声にならない息をひとつ吐いた。

 昨夜は疲れ切っていたはずなのに、目覚めは悪くない。
 胸の近くに置いた卵が、ほんのりと温かさを放っているのが分かる。

(昨日のままだ……。落ち着いて見える)

 枕元の卵にそっと触れると、弱い光が脈打つように揺れた。

(気のせいじゃない……俺が触った時だけ、魔力が穏やかになる気がする)

 森で初めて抱えた時と同じ感覚だった。
 不思議なのに、どこか安心する温度。

 布を整え、身支度を終える頃には、外の通りの気配も増えてきていた。
 パンを焼く香り。行商人たちの話し声。馬車の車輪が石畳をこすって鳴る音。

 いつもの朝。
 けれど、胸の奥には昨日までにはなかった“誰かの命を預かっている重み”がある。

「大丈夫だよ。ちゃんと守るから」

 そっと声をかけてみる。答えなど返ってこないとわかっていても、卵は温かい光をふわりと漏らした。
 それだけで、少し肩の力が抜けた。

 ライトは卵を丁寧に包み、抱えたまま宿を出た。

 

 朝の街は活気に満ちていた。
 だが、ライトの意識は腕の中の重みから離れない。

(グランさんに報告しないと。……何も変化がなくても、伝えておくべきだ)

 ギルドの扉を押し開けると、すぐにミィナの視線がこちらを向いた。
 目が合うと、ぱっと表情が明るくなる。

「ライトさん! おはようございます!」

「おはようございます。……昨日の卵の件で、報告に来ました」

「変化、ありましたか?」

「いえ、大きな変化はありません。ただ……魔力が安定している気がします。俺が持っている時だけ、なんとなく落ち着いているような……」

 ミィナの目が丸くなる。

「それって、すごいことですよ? 普通、魔獣の卵は環境が変わると不安定になってしまうので……。ライトさんに懐いている、って言ったら変ですけど……」

「そういうこと、なんですかね……」

「はい。理由は分かりませんけど、悪い兆候ではないと思います」

 ミィナの声には柔らかさがある。
 その言葉だけで、背中に残っていた不安の緊張が少しほどけた気がした。

「ギルドマスターも気にしていましたよ。すぐ報告したほうが良さそうです」

「行ってきます。ありがとうございます」

 ミィナは軽く頭を下げ、ライトを送り出すように微笑んだ。

 ライトはギルドマスター室の前でノックした。

「入れ」

 返ってきた声はいつも通り落ち着いている。
 中へ入ると、グランが机の前で資料をまとめていた。昨日と同じように、重々しい雰囲気ではあるが、ライトの姿を確認すると目つきがわずかに和らぐ。

「来たか。卵の様子はどうだ?」

「はい。大きな変化はありません。ですが……昨日と同じように、俺が持っている時は魔力が落ち着いているように感じます」

「見せてもらえるか」

「はい」

 ライトが布を開くと、赤い光が淡く広がった。
 昨日よりもわずかに鮮明になっている気がする。

 グランは腕を組み、卵の光の揺れを注意深く観察した。

「やはり……安定しているな。昨日よりも光が乱れていない」

「本当ですか?」

「ああ。魔力の波形は一定ではないが、荒れてはいない。……これは悪いサインではない」

 そう言葉にされると、胸の奥が自然と温かくなる。

「ライト、お前はこの卵に対して何か感じるものはあるか?」

「感じる、というほどではありませんが……。抱えていると、卵が落ち着いている気がします。それと……不思議なんですが、怖くありません」

「怖くない、か」

 グランは意味深げに目を細めた。

「竜種に限らず、高位の魔力を持つ存在は、人を本能的に怯えさせるものだ。生物としての危険信号を感じると言ってもいい。だが……」

「俺は、感じません」

「……そうだろうと思った」

 グランはゆっくりと息を吐いた。

「この卵、おそらくお前を警戒してはいない。むしろ……寄っている可能性がある」

「寄って……?」

「卵の段階では、明確な意思を持つわけではない。だが、外界からの刺激には敏感だ。魔力の相性や気配の近さで、安定と不安定を繰り返す。お前が持つと安定するということは……」

「相性がいい、ということですか?」

「その可能性は高い」

 ライトの胸に、じんわりとした感覚が広がる。
 期待とも不安とも違う、不思議な温度。

(相性……)

 そんなものを考えたことはなかった。
 ただ、あの森で卵を見つけた瞬間から、どこか気になる存在ではあった。

「グランさん。この卵……孵るんでしょうか?」

「分からん。だが、生命反応は確かにある。不安定な魔力が一定のリズムに変わりつつあるということは……」

 グランは卵から視線を離し、ライトを見た。

「近いうちに何かしらの変化が起きるだろう」

「……そうですか」

「心配するな。変化とはいっても、いきなり孵化するとは限らん。魔力の形が変わる程度の可能性もある」

 ライトはうなずいた。

「卵が危険な状態に見える時だけ報告すればいい。普段は今まで通り、お前が持っていろ。狙われる危険はあるが、ギルドも警戒を強めている。ひとりで抱え込むな」

「はい。ありがとうございます」

 グランは短くうなずき、卵を丁寧に包むライトを見守った。

「ライト」

「はい?」

「お前は慎重だ。だからこそ任せられる。だがそれでも、過剰に思い詰める必要はない。卵のことも、お前自身のこともな」

「……気をつけます」

 部屋を出ようとしたとき、グランが言いにくそうに口を動かした。

「それと……ミィナが心配していた。帰るとき、顔を見せてやれ」

 ライトは少し驚き、すぐに小さく笑った。

「分かりました」

 ホールへ戻ると、ミィナはすぐに駆け寄ってきた。

「どうでしたか!」

「大きな問題はないみたいです。むしろ、安定しているって」

「よかった……本当によかったです……!」

 ミィナは胸に手を当てて心から安堵しているようだった。

「ライトさん、今日はもう休んでくださいね。昨日も森で大変だったでしょうし……卵も、ライトさんが疲れていると心配するかもしれませんよ?」

「心配するのかな……?」

「しますよ、きっと」

 ミィナは優しく笑った。

「ライトさん、顔が少し柔らかくなりましたね。昨日よりもずっと」

「そう……ですか?」

「はい。守るものができた人って、こんな顔をするんですね」

 その言葉に、ライトの胸がわずかに熱を帯びた。

(守るもの)

 そんな風に思われるとは思っていなかったが……悪い気はしない。

「今日はゆっくりしてくださいね」

「ありがとうございます。そうします」

 ギルドを出て宿へと向かう途中、腕の中の卵がわずかに光った。

「ん……?」

 ほんの一瞬、心臓の鼓動のようなリズムで光が脈打った。

(……昨日より強い)

 ライトは立ち止まり、布越しに手を添えた。

「大丈夫だよ。ちゃんと守るから」

 誰に届くわけでもない言葉。
 それでも卵はかすかに反応するように、もう一度だけ淡く光った。

 夜に染まりつつある空の下、ライトは静かに歩き出す。

(なにがあっても……見捨てたりしない)

 その決意だけが、胸の奥でしっかりと形になっていた。
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