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第35話:動き出す“別々の道”とすれ違わないための約束
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翌週の月曜日。
社内には、いつもより落ち着かない空気が漂っていた。
(……今日、正式に“人事異動”の発表がある。)
広報部と営業部をまとめる新しい“ブランド統括室”。
誠さんがそこに移動になる可能性はほぼ確定。
私は広報側の中心メンバー――それは誇らしいけど、やっぱり寂しい。
デスクにつくと、成田がすぐ横から顔を出してきた。
「真由ー、今日だぞ。“神の一声(=人事)”の日!」
「その呼び方やめて……胃が痛くなる……」
「でもまぁ、どっちにしても仕事は続くんだからさ。
二人が離れても、どうにかなるって」
「その“どうにかなる”の根拠は?」
「愛?」
「やめてぇぇぇぇ!」
周りからクスクス笑い声が上がる。
(ほんとに……この会社、慣れすぎじゃない?
もう“職場公認の恋人”みたいになってる……)
そこへ――
「藤原」
(っ……!)
声が聞こえただけで、全身が反応する。
振り返れば、スーツ姿の誠さん。
いつも通りの冷静さ。でも瞳の奥だけが違う。
「……おはようございます、課長」
「誠、だ」
「業務中だから課長で……」
「誠だ」
「……わかりました、誠さん」
周りの女子社員たちが
“キャァァァァァァ”
と声を出しそうなのを必死に噛み殺している。
誠さんは静かに一枚の紙を置く。
「……公式の発表だ。昼に全体メールが回る」
「……っ」
紙の上には、
《異動内示:柊 誠 ブランド統括室へ》
(……来た。ついに、現実。)
誠さんの声は落ち着いているのに、どこか優しい。
「藤原。昼の会議が終わったら、少し時間をくれ」
「はい」
「伝えておきたいことがある」
(……え、それって……どういう意味?
“距離ができる前の最後の時間”……みたいに聞こえるじゃん……)
⸻
昼休み。カフェテリア。
私の席には、小さな山のように同僚が集まっていた。
「藤原さん、聞いた! 柊さん、統括室だって!」
「すごいよね~、“上司と彼女が部署越え恋愛”って雑誌がまた取材来そう!」
「二人ってさ、仕事も恋もハイレベルって感じ~!」
「やめてくださいほんとに……!」
美咲が腕を組んで言う。
「でも広報としてはね、二人が“距離を乗り越えて続ける恋”って、
正直めちゃくちゃ美味しい案件なのよね」
「案件扱いはやめてください!!」
「だって自然体で名言出すカップルなんだもの。取材映え最高じゃない」
(……自然体で名言なんて出してません!
誠さんが勝手に言ってるだけ!!)
美咲は真剣な顔で続けた。
「でもね、真由ちゃん。
距離ができる時って、関係が強くなるチャンスでもあるのよ」
「強く……?」
「離れても信じられる人なら、もう揺れない。
恋愛って、そこからが本番」
(……正論すぎて刺さる……!)
⸻
午後。
社内で正式に“異動通知メール”が配信された。
《柊 誠:ブランド統括室(新設)へ異動(4月1日付)》
オフィスの空気がざわめく。
「ついに出たな……」
「新ブランドプロジェクトの責任者とか、さすがだな」
「藤原さんと離れちゃうのか~……なんか寂しいな」
(……うぅ……みんながそんな風に言ってくれるの嬉しいけど、
本当に寂しいのは私だよ……)
そして。
《藤原 真由:広報BRIDGE 中心担当として継続》
(……継続。誇らしい。でも……)
ふと、視線を感じる。
誠さんが、少し離れた席から私を見ていた。
(……大丈夫。
“離れても終わらない”って、誠さんが言ってくれたんだから。)
⸻
夕方。
呼び出されて、屋上に来た。
夕日がオレンジ色で、風が少し冷たい。
誠さんは、ポケットに手を入れながら、静かに言った。
「異動の件、正式に決まった」
「はい」
「……これから、かなり忙しくなる。
君に会える時間が減るかもしれない」
「わかってます」
沈黙。
でも、離れていく空気じゃない。
「……正直に言うと、不安です」
誠さんが歩み寄る。
「俺もだ」
「え……?」
「ただの部署異動とはいえ、
“毎日同じフロアで君を見る時間がなくなる”のは……想像以上にきつい」
「……っ」
(そんな本音、顔見て言わないで……泣いちゃう……)
誠さんは少し笑った。
「でもな」
そっと手が伸びてくる。
風で揺れた髪を直すみたいに、優しく触れた。
「“君がいれば平気”なんて、軽いことは言わない。
ただ――」
視線がまっすぐ重なる。
「離れても、君のことを想う時間だけは減らない。
そこは保証する」
言葉が出なかった。
(……反則。ほんとに反則。
なんでそんな、優しい嘘みたいな本音を言えるの……)
「だから、俺からの提案だ」
「提案……?」
誠さんはまっすぐ言った。
「“週に一度は必ず会う”、これをルールにしよう」
「……!」
「部署が離れても、仕事が忙しくても関係ない。
その1回を守る。それで十分だ」
「……誠さん」
「会えない時間に不安になるより、
“会える時間を決めて積み上げる”方が、俺たちらしい」
(……たしかに。
私たちは、いつも丁寧に少しずつ積み上げてきた。
恋も、信頼も、全部。)
真由はゆっくり答えた。
「……いいですね、そのルール」
「じゃあ決まりだ」
「でも」
「ん?」
「“週1”って……少なくないですか?」
誠さんが一瞬だけ固まった。
「……増やしたいのか?」
「そりゃ……会えるなら……」
「……そう言うと、俺は調子に乗るぞ?」
「い、今のなしで!」
「遅い。聞いた」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
風が吹いて、二人の声が夜空に溶けていく。
⸻
夜。
スマホが震えた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れたくない”は弱さじゃない。
“続けたい”と願う強さだ。」
胸があたたかくなる。
すぐ返した。
《@mayu_worklife》
「だから私も、“続ける強さ”を選びます。」
通知が返ってきた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「その返事だけで、一週間分の勇気になる。」
(……もう、本当にこの人が好きだ。)
⸻
そして、次の朝。
異動前の最後の一週間が始まった。
離れていく準備じゃない。
“離れてもすれ違わない準備”が始まる。
社内には、いつもより落ち着かない空気が漂っていた。
(……今日、正式に“人事異動”の発表がある。)
広報部と営業部をまとめる新しい“ブランド統括室”。
誠さんがそこに移動になる可能性はほぼ確定。
私は広報側の中心メンバー――それは誇らしいけど、やっぱり寂しい。
デスクにつくと、成田がすぐ横から顔を出してきた。
「真由ー、今日だぞ。“神の一声(=人事)”の日!」
「その呼び方やめて……胃が痛くなる……」
「でもまぁ、どっちにしても仕事は続くんだからさ。
二人が離れても、どうにかなるって」
「その“どうにかなる”の根拠は?」
「愛?」
「やめてぇぇぇぇ!」
周りからクスクス笑い声が上がる。
(ほんとに……この会社、慣れすぎじゃない?
もう“職場公認の恋人”みたいになってる……)
そこへ――
「藤原」
(っ……!)
声が聞こえただけで、全身が反応する。
振り返れば、スーツ姿の誠さん。
いつも通りの冷静さ。でも瞳の奥だけが違う。
「……おはようございます、課長」
「誠、だ」
「業務中だから課長で……」
「誠だ」
「……わかりました、誠さん」
周りの女子社員たちが
“キャァァァァァァ”
と声を出しそうなのを必死に噛み殺している。
誠さんは静かに一枚の紙を置く。
「……公式の発表だ。昼に全体メールが回る」
「……っ」
紙の上には、
《異動内示:柊 誠 ブランド統括室へ》
(……来た。ついに、現実。)
誠さんの声は落ち着いているのに、どこか優しい。
「藤原。昼の会議が終わったら、少し時間をくれ」
「はい」
「伝えておきたいことがある」
(……え、それって……どういう意味?
“距離ができる前の最後の時間”……みたいに聞こえるじゃん……)
⸻
昼休み。カフェテリア。
私の席には、小さな山のように同僚が集まっていた。
「藤原さん、聞いた! 柊さん、統括室だって!」
「すごいよね~、“上司と彼女が部署越え恋愛”って雑誌がまた取材来そう!」
「二人ってさ、仕事も恋もハイレベルって感じ~!」
「やめてくださいほんとに……!」
美咲が腕を組んで言う。
「でも広報としてはね、二人が“距離を乗り越えて続ける恋”って、
正直めちゃくちゃ美味しい案件なのよね」
「案件扱いはやめてください!!」
「だって自然体で名言出すカップルなんだもの。取材映え最高じゃない」
(……自然体で名言なんて出してません!
誠さんが勝手に言ってるだけ!!)
美咲は真剣な顔で続けた。
「でもね、真由ちゃん。
距離ができる時って、関係が強くなるチャンスでもあるのよ」
「強く……?」
「離れても信じられる人なら、もう揺れない。
恋愛って、そこからが本番」
(……正論すぎて刺さる……!)
⸻
午後。
社内で正式に“異動通知メール”が配信された。
《柊 誠:ブランド統括室(新設)へ異動(4月1日付)》
オフィスの空気がざわめく。
「ついに出たな……」
「新ブランドプロジェクトの責任者とか、さすがだな」
「藤原さんと離れちゃうのか~……なんか寂しいな」
(……うぅ……みんながそんな風に言ってくれるの嬉しいけど、
本当に寂しいのは私だよ……)
そして。
《藤原 真由:広報BRIDGE 中心担当として継続》
(……継続。誇らしい。でも……)
ふと、視線を感じる。
誠さんが、少し離れた席から私を見ていた。
(……大丈夫。
“離れても終わらない”って、誠さんが言ってくれたんだから。)
⸻
夕方。
呼び出されて、屋上に来た。
夕日がオレンジ色で、風が少し冷たい。
誠さんは、ポケットに手を入れながら、静かに言った。
「異動の件、正式に決まった」
「はい」
「……これから、かなり忙しくなる。
君に会える時間が減るかもしれない」
「わかってます」
沈黙。
でも、離れていく空気じゃない。
「……正直に言うと、不安です」
誠さんが歩み寄る。
「俺もだ」
「え……?」
「ただの部署異動とはいえ、
“毎日同じフロアで君を見る時間がなくなる”のは……想像以上にきつい」
「……っ」
(そんな本音、顔見て言わないで……泣いちゃう……)
誠さんは少し笑った。
「でもな」
そっと手が伸びてくる。
風で揺れた髪を直すみたいに、優しく触れた。
「“君がいれば平気”なんて、軽いことは言わない。
ただ――」
視線がまっすぐ重なる。
「離れても、君のことを想う時間だけは減らない。
そこは保証する」
言葉が出なかった。
(……反則。ほんとに反則。
なんでそんな、優しい嘘みたいな本音を言えるの……)
「だから、俺からの提案だ」
「提案……?」
誠さんはまっすぐ言った。
「“週に一度は必ず会う”、これをルールにしよう」
「……!」
「部署が離れても、仕事が忙しくても関係ない。
その1回を守る。それで十分だ」
「……誠さん」
「会えない時間に不安になるより、
“会える時間を決めて積み上げる”方が、俺たちらしい」
(……たしかに。
私たちは、いつも丁寧に少しずつ積み上げてきた。
恋も、信頼も、全部。)
真由はゆっくり答えた。
「……いいですね、そのルール」
「じゃあ決まりだ」
「でも」
「ん?」
「“週1”って……少なくないですか?」
誠さんが一瞬だけ固まった。
「……増やしたいのか?」
「そりゃ……会えるなら……」
「……そう言うと、俺は調子に乗るぞ?」
「い、今のなしで!」
「遅い。聞いた」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
風が吹いて、二人の声が夜空に溶けていく。
⸻
夜。
スマホが震えた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れたくない”は弱さじゃない。
“続けたい”と願う強さだ。」
胸があたたかくなる。
すぐ返した。
《@mayu_worklife》
「だから私も、“続ける強さ”を選びます。」
通知が返ってきた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「その返事だけで、一週間分の勇気になる。」
(……もう、本当にこの人が好きだ。)
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