上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第38話:一週間前の“約束”と二人だけの作戦会議

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翌日。

異動発表から一夜明けたはずなのに――
オフィスの空気は、昨日の延長線みたいにざわついていた。

「柊さん、今日から統括室の会議もう3本入ってるらしいよ」
「え、まだ正式異動前なのに?」
「引き継ぎが“異常レベルで丁寧”らしい。さすが柊さん」

(……“丁寧”っていうか……
 責任感が重いだけ……なんだよね……)

私はデスクでパソコンを開きながら、ポッと胸が熱くなる。
昨日の誠さんの言葉が、まだ耳に残っていた。

『来週からはもっと忙しくなる。
 それでも君が寂しくならないように、
 会いに行く努力はやめない。』

(……反則なんだよなぁ……
 ほんとにあの人、言葉のタイミングが……ずるい……)

成田がコーヒー片手に近づいてきた。

「お、昨日なにかあったな? 顔が“幸せの青い鳥”みたいになってるぞ」

「鳥に見えるほど顔変わってません!」

「まあまあ、よかったじゃん。柊さん、異動でもう会えないんじゃとか言ってたのに」

「……べ、別にそんなこと言ってません」

美咲が書類を抱えながら通り過ぎる。

「でも、ちゃんと顔色治ってきたわね。昨日の夕方は“失恋した子猫”みたいだったのに」

「例えがひどすぎる!!」



午前10時。

新ブランドの合同会議が広報ブリッジで行われる日。
今日だけは“誠さんが広報フロアに来る”――
それを知ってるだけで、胸の動悸がうるさい。

コンコン。

ドアが開く。

「失礼する」

(っ……!)

統括室の資料を持って、誠さんが入ってきた。
スーツ姿はいつもどおりなのに、空気だけが微妙に違う。
責任者としての緊張と、でも私を見るとほんの少し優しくなる眼差し。

(……変わってるけど……変わってない……
 そんな感じ……)

会議が始まって30分。

プロジェクト責任者の営業部長が言った。

「広報BRIDGE側の“強み”と“弱み”を整理したい。
 藤原さん、説明できるか?」

急に名指しされたけど、私はすぐ立ち上がる。

「はい。現在のBRIDGEは、SNSと動画媒体での反応が強く、
 特に“信頼関係”や“ストーリー性”のある写真が伸びます。
 一方、リアルイベントやアナログ媒体には弱い傾向があり――」

誠さんが軽く頷く。

(認めてくれてる……)

「以上です」

部長「完璧だ。……柊、どう思う?」

誠さんは資料をめくって、落ち着いた声で言った。

「藤原の分析に異論はない。
 むしろ――BRIDGEが“強み”をさらに引き出せるのは、
 彼女のように現場の空気を丁寧に拾える人間がいるからだ」

(……!)

部長「へぇ……そう言える人間は少ないな」

誠さん「事実を言っているだけです」

(うわぁ……また平然と褒めてくる……
 会議中にこういうこと言うのやめてほしい……!
 いや、嫌じゃないけど……!)

周りの広報メンバーも軽くざわついている。

「さすが柊さん」
「藤原ちゃんの分析力、すごいって話だしね」

なんだか、胸が少し誇らしくなる。



会議後。

会議室から出た瞬間、誠さんが自然な声で言った。

「藤原。あとで資料の最終チェック、一緒にしたい」

「……はい!」

――その“はい”が、思わず明るくなりすぎた。
すぐ横で、成田が肘でつついてくる。

(うるさい……!)



午後3時。

資料最終チェックのため、会議室で二人きりになる。

誠さんは静かに資料をめくりながら言った。

「……午前中、よく頑張ったな」

「えっ……あ、ありがとうございます」

「藤原があそこまで落ち着いて説明できるとは、
 正直……少し驚いた」

「え、驚いたんですか」

「いや、褒めている」

「褒められ慣れてないんで、わかりにくいです!」

静かに笑う。

その笑顔が、仕事モードの鋭さを少し柔らげた。

「藤原」

「はい」

「昨日の……不安の件だが」

(っ……! まだ気にしてる……)

「俺は今日、確信した」

「確信……?」

「距離が離れても……
 こうして“繋がる時間”を作れば大丈夫だ」

胸が熱くなる。

(ほんとに……ほんとにこの人……)

誠さんは少し迷って、視線を伏せたあと――

「……俺は、“君の成長を見るのが”嬉しい」

「っ……」

(急にそんな……!
 どうしてそんな大事なことを……平然と言えるの……)

「離れても、見ている。
 だから……不安に思う必要はない」

(不安になるなって言われても……
 そんな言葉もらったら、逆に……
 好きが増えるだけなんだけど……)

「……誠さん」

少しだけ近づく。

「私も……誠さんの“成長”見たいですよ」

「俺の?」

「はい。異動先で大変でも……
 “あ、この人、またかっこよくなってる”って思いたいです」

誠さんが一瞬固まる。

「……それは……」

「え?」

「……それは危険な発言だぞ」

「なんでですか?」

誠さんは目をそらし、少し照れたように言った。

「褒められると……調子に乗る」

「乗っていいですよ。
 私はちゃんと、ついていくんで」

沈黙。

会議室の静けさの中、
誠さんの喉がひくりと動いた。

そして――

「……藤原」

低い声。

「今、すごいことを言った自覚はあるか?」

「え、えぇぇ!?」

誠さんは席を立ち、

「……“ついていく”なんて言われたら――
 俺は、もっと君を離したくなくなる」

「っ……!!」

(だめ……心臓がもたない……!)

「距離ができる前に、そんな爆弾を投げるな」

「それ言うなら、誠さんだって昨日から爆弾投げてます!」

「俺は自然体だ」

「便利な言葉に逃げないでください!」

二人で声を押し殺して笑う。

(……距離は離れる。
 でも、気持ちは離れない。
 むしろ近づいてる……)

そんな実感が、今日一日でゆっくり強くなっていった。



夜。

残業を終え、外に出ると少し冷たい風。

スマホが震える。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れる”ことより、
 “また会える理由”を増やす方が大事だ。」

返す。

《@mayu_worklife》
「じゃあ、今日のは一つ増えました。
 “あなたの成長、見たいって言った理由です。”」

すぐに通知。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「……反則だ。」

(言わせたのお互い様です。)

夜空を見上げると、少しだけ未来が近く見えた。
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