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第39話:異動前ラスト5日“離れても近い”の証明
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翌朝。
広報フロアは、いつもより静かだった。
けれどその静けさの裏で、社員たちの視線がざわざわとこっちに刺さってくる。
「……ねぇ、藤原さん」
「ん?」
「柊さん、今日こっち来るって聞いた?」
「え?」
成田が、わざとらしいニヤついた顔で囁いてくる。
「新ブランドの資料、広報に持ってくるらしいぞ~。
“偶然のフリした必然の来訪”ってやつじゃねぇ?」
「やめてよその言い方!
会議のついでなんだから!」
「ついで……ねぇ?」
(完全に疑われてる……!)
今週から異動前の“引き継ぎ強化期間”になり、
誠さんの所属予定の統括室は大忙しだ。
なのに。
(“週1で会うルール”とか言ってたくせに……
昨日からすでに2回は顔合わせてる……)
成田がさらに耳元で囁く。
「お前ら、絶対“週1”守れないタイプだよな」
「し、守れるもん!」
「だって昨日、堂々と“資料の最終確認、一緒に”とか言ってたろ。
同じフロアじゃないのにコソッと寄ってくる上司、完全に好きじゃん」
「ちが……好きだけど違う……!!」
(“違う”の使い方おかしいよ私……!!)
周囲の女子社員たちが、にへらっとした笑顔でこっちを見ている。
「藤原さん、なんか、また顔赤くない?」
「デートの後みたいな表情してるよね~」
「これで“週1だけ会う”って絶対ウソだよね~」
(今日の広報フロア、地獄……!!)
⸻
午前10時。
コンコン。
そして、ドアが開く。
「失礼する」
(っきた……!)
書類を抱えた誠さんが、静かに部屋に入ってきた瞬間、
広報フロア全員の視線が“一斉に”こっちへ。
(集中砲火っ……!!)
誠さんは気にする様子もなく、落ち着いた歩幅で私のデスクへ近づき――
「藤原。資料、確認頼む」
その声は、完全に“業務中の課長モード”。
なのに。
たった一瞬だけ私を見る目が、
あの優しい“誠さんの目”になる。
(……その一瞬で全部バレるんだよ……!!)
「は、はい……!」
受け取った書類は分厚くて、細かい付箋が何十枚もついている。
(うわ、細か……これ徹夜じゃないの?)
成田が後ろから小声で。
「さすが柊さん……異動前でも仕事の鬼だな……」
美咲が腕を組んでニヤッ。
「真由ちゃん、
“好きな人の頑張りを見ると、こっちも頑張れる現象”、出てるわね」
「出てません!!」
誠さんの耳がぴくりと動いた気がした。
(聞こえてる……!)
⸻
昼休み。
資料を見直すため、私は会議室にこもっていた。
そこへ――
コンコン。
扉が少し開き、誠さんの顔がのぞく。
「少し、いいか?」
「もちろ……いえ、はい!」
(なんで“もちろん”って言いそうになったの私……!)
誠さんは静かに入ってきて、
会議室の扉を閉める。
「午前中の資料、助かった。
……藤原がいると、本当に仕事がやりやすい」
「そ、そうですか?」
「君の分析は正確だ。俺だけでは気づけない部分がある」
(……また……そうやって……)
誠さんは少し迷ったように目を伏せたあと、言った。
「……昨日の“成長を見る”の話だが」
「え」
「藤原が……俺の成長を見たいと言っただろう」
(言った……! 言った……!!)
「……あれは、ずるい」
「えっ」
「そんなことを言われたら、
俺は“もっといい男になりたい”と思ってしまう」
「……それは」
「こういう気持ちになるのは……久しぶりだ」
(――あ。)
ちょっとだけ、胸がぎゅっとなった。
「誠さん……」
「異動で距離ができても、
“近づこうとする努力”はやめない。
それが……俺の成長の一部だ」
(……ほんとにこの人……
なんでそんな大事なことを、真顔で言えるの……!)
「だから――」
誠さんは書類を置いて、
少しだけ私に近づいた。
距離、数十センチ。
会議室の空気が急に静かになる。
「……“週1”じゃ足りないと思ったら言え」
「え……」
「俺は、できる限り応える。
“遠くなったから諦める”のは、俺の選択肢にはない」
(――だめだ。
これは……心臓、持たない……)
「……誠さん」
「ん?」
「私……すでに足りてないです」
誠さんが少し固まる。
「……もう、足りないか」
「はい……昨日から……」
誠さんは静かに笑う。
「……そういう正直さがあるから、俺は君に弱い」
(ほ、ほぼ告白じゃん……!?)
「いいか。
“会わなきゃ平気になる恋”なら……俺は最初から続けてない」
「っ……」
「離れても近くにいたいと思える相手が、
君だっただけだ」
(反則……! 完全に反則……!!)
⸻
その時。
ガチャ。
「――あ、ごめん。資料――」
美咲が会議室の扉を開けたまま固まった。
「…………」
私と誠さんの距離、20センチ。
どう見ても、なんか“いい感じの空気”。
美咲「……昼ドラ?」
「ちがっ……!!!」
誠さん、軽く咳払い。
「打ち合わせ中だ」
「その距離の打ち合わせは一般的に“距離感アウト”っていうのよー?」
「……藤原が近づいてきただけだ」
「え、誠さん!? 責任転嫁!?!?」
美咲はにやっと笑い、
「はいはい、続けていいわよ。
広報としては“資料の濃度”より“二人の濃度”のほうが気になるけどね」
「やめてください!!」
⸻
午後。
資料のブラッシュアップが終わり、私はデスクに戻る。
(……ほんとに今日、濃かった……)
周りから“うんうん”とニヤけた視線。
「ねぇ藤原さん、さっきの会議室さぁ……」
「なんか声まで甘くなってたよね~」
「距離感ゼロって感じで~」
「やめてぇぇぇ!!」
成田「ほらな? “週1”絶対ムリなタイプだわ。」
「ムリとかじゃない……! 誠さんが来てくれるだけで……!」
「あ、もう自覚し始めてるじゃん」
(自覚……してる……)
⸻
夜。
仕事を終えて外に出ると、
少し冷たい風。
スマホが震える。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“会えない時間”は減らせない。
でも、“想ってる時間”ならいくらでも増やせる。」
返信する。
《@mayu_worklife》
「今日だけで、増えすぎました。」
数秒後に通知。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「……俺もだ。」
(……ほんとにもう……
こんな言葉、ずるい人……)
夜空を見上げながら、
私は確信する。
(距離が離れる前の準備じゃない――
“離れても近い”を証明する準備なんだ。)
そして、
誠さんとの“異動までの最後の5日”が、静かに進んでいく。
広報フロアは、いつもより静かだった。
けれどその静けさの裏で、社員たちの視線がざわざわとこっちに刺さってくる。
「……ねぇ、藤原さん」
「ん?」
「柊さん、今日こっち来るって聞いた?」
「え?」
成田が、わざとらしいニヤついた顔で囁いてくる。
「新ブランドの資料、広報に持ってくるらしいぞ~。
“偶然のフリした必然の来訪”ってやつじゃねぇ?」
「やめてよその言い方!
会議のついでなんだから!」
「ついで……ねぇ?」
(完全に疑われてる……!)
今週から異動前の“引き継ぎ強化期間”になり、
誠さんの所属予定の統括室は大忙しだ。
なのに。
(“週1で会うルール”とか言ってたくせに……
昨日からすでに2回は顔合わせてる……)
成田がさらに耳元で囁く。
「お前ら、絶対“週1”守れないタイプだよな」
「し、守れるもん!」
「だって昨日、堂々と“資料の最終確認、一緒に”とか言ってたろ。
同じフロアじゃないのにコソッと寄ってくる上司、完全に好きじゃん」
「ちが……好きだけど違う……!!」
(“違う”の使い方おかしいよ私……!!)
周囲の女子社員たちが、にへらっとした笑顔でこっちを見ている。
「藤原さん、なんか、また顔赤くない?」
「デートの後みたいな表情してるよね~」
「これで“週1だけ会う”って絶対ウソだよね~」
(今日の広報フロア、地獄……!!)
⸻
午前10時。
コンコン。
そして、ドアが開く。
「失礼する」
(っきた……!)
書類を抱えた誠さんが、静かに部屋に入ってきた瞬間、
広報フロア全員の視線が“一斉に”こっちへ。
(集中砲火っ……!!)
誠さんは気にする様子もなく、落ち着いた歩幅で私のデスクへ近づき――
「藤原。資料、確認頼む」
その声は、完全に“業務中の課長モード”。
なのに。
たった一瞬だけ私を見る目が、
あの優しい“誠さんの目”になる。
(……その一瞬で全部バレるんだよ……!!)
「は、はい……!」
受け取った書類は分厚くて、細かい付箋が何十枚もついている。
(うわ、細か……これ徹夜じゃないの?)
成田が後ろから小声で。
「さすが柊さん……異動前でも仕事の鬼だな……」
美咲が腕を組んでニヤッ。
「真由ちゃん、
“好きな人の頑張りを見ると、こっちも頑張れる現象”、出てるわね」
「出てません!!」
誠さんの耳がぴくりと動いた気がした。
(聞こえてる……!)
⸻
昼休み。
資料を見直すため、私は会議室にこもっていた。
そこへ――
コンコン。
扉が少し開き、誠さんの顔がのぞく。
「少し、いいか?」
「もちろ……いえ、はい!」
(なんで“もちろん”って言いそうになったの私……!)
誠さんは静かに入ってきて、
会議室の扉を閉める。
「午前中の資料、助かった。
……藤原がいると、本当に仕事がやりやすい」
「そ、そうですか?」
「君の分析は正確だ。俺だけでは気づけない部分がある」
(……また……そうやって……)
誠さんは少し迷ったように目を伏せたあと、言った。
「……昨日の“成長を見る”の話だが」
「え」
「藤原が……俺の成長を見たいと言っただろう」
(言った……! 言った……!!)
「……あれは、ずるい」
「えっ」
「そんなことを言われたら、
俺は“もっといい男になりたい”と思ってしまう」
「……それは」
「こういう気持ちになるのは……久しぶりだ」
(――あ。)
ちょっとだけ、胸がぎゅっとなった。
「誠さん……」
「異動で距離ができても、
“近づこうとする努力”はやめない。
それが……俺の成長の一部だ」
(……ほんとにこの人……
なんでそんな大事なことを、真顔で言えるの……!)
「だから――」
誠さんは書類を置いて、
少しだけ私に近づいた。
距離、数十センチ。
会議室の空気が急に静かになる。
「……“週1”じゃ足りないと思ったら言え」
「え……」
「俺は、できる限り応える。
“遠くなったから諦める”のは、俺の選択肢にはない」
(――だめだ。
これは……心臓、持たない……)
「……誠さん」
「ん?」
「私……すでに足りてないです」
誠さんが少し固まる。
「……もう、足りないか」
「はい……昨日から……」
誠さんは静かに笑う。
「……そういう正直さがあるから、俺は君に弱い」
(ほ、ほぼ告白じゃん……!?)
「いいか。
“会わなきゃ平気になる恋”なら……俺は最初から続けてない」
「っ……」
「離れても近くにいたいと思える相手が、
君だっただけだ」
(反則……! 完全に反則……!!)
⸻
その時。
ガチャ。
「――あ、ごめん。資料――」
美咲が会議室の扉を開けたまま固まった。
「…………」
私と誠さんの距離、20センチ。
どう見ても、なんか“いい感じの空気”。
美咲「……昼ドラ?」
「ちがっ……!!!」
誠さん、軽く咳払い。
「打ち合わせ中だ」
「その距離の打ち合わせは一般的に“距離感アウト”っていうのよー?」
「……藤原が近づいてきただけだ」
「え、誠さん!? 責任転嫁!?!?」
美咲はにやっと笑い、
「はいはい、続けていいわよ。
広報としては“資料の濃度”より“二人の濃度”のほうが気になるけどね」
「やめてください!!」
⸻
午後。
資料のブラッシュアップが終わり、私はデスクに戻る。
(……ほんとに今日、濃かった……)
周りから“うんうん”とニヤけた視線。
「ねぇ藤原さん、さっきの会議室さぁ……」
「なんか声まで甘くなってたよね~」
「距離感ゼロって感じで~」
「やめてぇぇぇ!!」
成田「ほらな? “週1”絶対ムリなタイプだわ。」
「ムリとかじゃない……! 誠さんが来てくれるだけで……!」
「あ、もう自覚し始めてるじゃん」
(自覚……してる……)
⸻
夜。
仕事を終えて外に出ると、
少し冷たい風。
スマホが震える。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“会えない時間”は減らせない。
でも、“想ってる時間”ならいくらでも増やせる。」
返信する。
《@mayu_worklife》
「今日だけで、増えすぎました。」
数秒後に通知。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「……俺もだ。」
(……ほんとにもう……
こんな言葉、ずるい人……)
夜空を見上げながら、
私は確信する。
(距離が離れる前の準備じゃない――
“離れても近い”を証明する準備なんだ。)
そして、
誠さんとの“異動までの最後の5日”が、静かに進んでいく。
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