上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第40話:異動前ラスト4日“会えない日”の埋め方

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翌朝。

広報フロアに入った瞬間、私は足を止めた。

(……あれ? 誠さんの姿、ない……)

昨日は午前一番で広報に来てくれたけど、今日は見当たらない。
いや、来るのは当然じゃない。異動前で忙しいんだから。

(でも……来ないって思うだけで、こんなに胸がざわざわするなんて……)

自分の感情に苦笑しながら席につく。

「おはよー、真由。ほら」

美咲が私の机にひょいっとコーヒーを置いてきた。

「え、ありがとうございます! でもなんで……?」

「顔見てわかったわ。『柊さん来てない……』って顔してた」

「し、してません!!」

成田「めっちゃしてたけどな」

「してないってばぁぁぁ!!」

(もう……このフロア、私の顔のクセ全部バレてる……)

美咲はコーヒーを飲みながら言う。

「柊さん、今日からしばらく“会議のハシゴ”だよ。
 午前は統括室、午後は本社とオンライン会議三連発」

「へぇ……そうなんですね……」

(そっか……“会えない日”なんだ)

ほんの少し、胸がぎゅっとなる。

美咲は私をじっと見て――薄く笑う。

「そんな顔するなら、昼に電話でもしなさいよ」

「ひ、昼の電話なんて無理ですよ!」

「“公私混同しない電話”ならバレないわよ。
 『資料相談』って名目つければ?」

成田「名目つけても声のトーンでバレるぞ。絶対甘い声になるし」

「甘い声になりません!!」

(なるかもしれない……)



午前10時。

広報フロアは静かに仕事モードに入りつつあった。

私は誠さんから預かった分厚い“統括室資料”を広げる。

(この量……私がやりたくて言い出したんだから、ちゃんとやらなきゃ)

集中し始めた瞬間。

ピロン。

スマホが震える。

《柊 誠》
【会議前。資料ありがとう。助かる】

(っ……!)

数秒考えてから、

【いえ、こちらこそ。
 今日忙しそうですね。無理しないでください】

送信。

すぐ返ってきた。

【無理はしない。
 ただ、今日は君の声を聞けそうにない】

(……言い方……!)

【大丈夫です。
 “週1で会うルール”ありますから】

返すと、

【それは……正直、すでに足りていない】

(昨日も言ってましたよねそれ!!)

机の向こうで美咲がニヤニヤしている。

「真由ちゃん……ニヤけてるわよ」

「ニヤけてません!!」



昼休み。
私は広報フロアの端にある電話ブースに逃げ込む。

(……今日1日くらい顔を見ないくらいで、こんなに落ち着かなくなるなんて。
 “離れても平気だよ”って顔してたの誰……? 私だよ……)

電話番号を押しながら、手が少し震えていた。

プルル……プルル……

『……藤原?』

「っ……誠さん!? すみません、会議中じゃなかったですか!?」

『ちょうど一段落したところだ。どうした?』

「い、いや、その……資料のことで……」

沈黙。
電話越しなのに、いつもの“見透かしてくる目”を感じる。

『資料のことじゃないだろう』

「うっ……」

『声でわかる。……不安か?』

「ちょ、ちょっとだけ……!」

『そうか』

静かな息。

『……俺もだ』

「っ……!」

『声を聞いたら、少し落ち着いた』

(だめだ。電話でこれは反則……!)

「誠さん……」

『なんだ』

「今日、会えないんですよね」

『ああ。だからこそ、声だけでも聞けて良かった』

誠さんはためらいなく続ける。

『“会えない日”の埋め方を考えていた』

「埋め方……?」

『俺からの提案だ。
 “会えない日は、1分の通話を必ずする”。
 これをルールに追加しよう』

「っ……!」

『1分なら、どんなに忙しくてもできる。
 声を聞けば、お互いずれないで済む』

(この人……どうしていつも……!)

「……いいですね、それ」

『決まりだ。……今日は、もう30秒使ってしまったな』

「ちょ、数えなくていいです!」

『俺は今、かなり無駄にしてる気がする』

「無駄って言わないでください!」

『君の声を聞けるのは“無駄”じゃないか』

「……っ……!」

もう声が震えた。

「誠さん」

『ん?』

「ちゃんと、会いたいです」

一瞬、電話の向こうが静かになった。

『……言わせるな』

「言わせましたけど?」

『……あとで責任を取れ』

「責任の定義が重いです!」

『君が言わせた言葉の“重さ”は、君が取ればいい』

(またそういう言い方する……!)

『会議に戻る。また後で連絡する』

「はい……。無理しすぎないでください」

『藤原もな』

通話が切れた後、
電話ボックスで私は両頬を押さえて小さく飛び跳ねた。

(っ……これ……だめでしょ……!!)



午後。
会議中にも関わらず広報フロアのチャットが騒がしい。

【速報】
《理想の上司と部下》特集、またトレンド入り!

「えっ……また!? 何がきっかけ……?」

美咲が画面を見せる。

「柊さんの異動通知の記事が、SNSでまとめられてたのよ」

《異動しても離れない“理想の二人”》
《距離を越えて続く信頼の物語》
《上司→統括室へ 部下→広報残留 それでも恋は続くのか?》

「なにこれ……もう完全にドラマじゃん……」

成田「“また広報に取材申し込み殺到中”って書かれてるぞ!」

美咲「うん、すでに数件来てる。
   “距離ができる前のインタビュー”したいんだって」

「やめてぇぇぇ! 異動前のバタバタ中にそんな甘々特集いらない!!」

美咲は言う。

「でも真由ちゃん、今回のテーマ……
 “離れても信頼は揺れないか”
 まさに今の二人よ?」

「だから嫌なんですっ!!」

(なんでこんな会社、外部から見えるんだろう……)



仕事が終わった夜。
ビルを出ようとすると、スマホが震える。

《誠》
【終わった。今、外にいる】

(え……まさか……)

外に出ると――
ビルの向かいのカフェの前に、誠さんが立っていた。

スーツのジャケットを片手に持ち、
ネクタイも少し緩めた状態。

(……ずるい。かっこよすぎる……)

「誠さん……!」

「帰り、少しだけ歩こう」

「でも忙しいって……」

「忙しい。だが、1分の声と……
 5分の帰り道くらいは確保できる」

「……っ」

誠さんは歩き出す。

「……昼に言っただろう。
 “会えない日の埋め方”を考えていた、と」

「はい」

「会えない日でも、
 “同じ景色”を一度見ておけば、
 離れても気持ちは揺れない」

「景色……?」

誠さんは歩道橋の上で立ち止まり、
夜景を指差す。

「君と一緒に見るこの景色を、
 俺の中で固定しておきたい」

「……そんな言い方、反則です……」

「言わせたのは君だ」

「ち、違……!」

「“ちゃんと会いたいです”なんて言われて……
 我慢できると思うか」

「……っ……!」

そのまま数秒の沈黙。

だけど――温度だけは近い。

「明日も来ますか……?」

「明日は来られない。会議が詰まっている」

「そっか……」

誠さんは私の方を見て、静かに言う。

「代わりに明日、1分じゃなくて……3分話そう」

「三倍……!」

「そのくらい、埋めさせろ」

(……ほんとに……ずるい人……)



夜。

家に着き、スマホを開く。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“会えない日”を恐れず、
 “会える日の喜び”を信じる。
 それが二人で歩くということ。」

私は震える指で返す。

《@mayu_worklife》
「じゃあ明日の“3分”……楽しみにしてます。」

数秒後。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「俺もだ。
 ……君が思っている三倍くらい。」

(……ほんとに、反則だ……)
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