上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第44話:屋上で交わした“続けていくための言葉”

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今日の社内は落ち着いているようで、どこかソワソワしていた。
理由はみんな知っている。“柊誠がこのフロアで過ごす最後の日”だから。

定時が近づくほど、胸の奥がぎゅっと締まる。
(後で……屋上に来い、って言われたけど……)
その言葉だけで、仕事中ずっと呼吸が浅くなっていた。

パソコンの時計が17:02を指したとき、背後から声。

「藤原」

また一瞬で心臓が跳ねる。

「……はい」

誠さんはデスクに軽く手を置いて言った。

「五分後。屋上だ」

「……はい」

その短い言い方なのに、優しさが滲んでるのはなんでだろ。

成田が小声で囁いてきた。

「行ってこい。今日は誰も邪魔しねぇよ」

「……ありがと」

「いや、俺が言うのもアレだけど……二人の感じ、なんかもう映画なんだよ」

「やめてほんとに恥ずかしいから……!」

でも、笑った。
少しだけ肩の力が抜けた。

バッグを持って席を立つ。
自然と歩幅が小さくなる。
だって、今日で──“この景色は最後”。

エレベーターを降りたところで、風が吹き抜けた。
屋上の扉の前に立つと、心臓の音が耳の奥で響いている。

扉を押すと、オレンジ色の夕暮れの中に、誠さんがいた。

柵にもたれず、空をゆっくり眺める背中。
その姿を見ただけで、涙腺がまた危ない。

「……来たか」

振り向いた誠さんの目は、昼より少しだけ柔らかい。

「遅れてませんか?」

「いや。君はいつも時間どおりだ」

「……よかった」

距離を詰めると、誠さんが少しだけ前に来て、風を避けるように私を庇った。

「冷えるぞ。ここは風が強い」

「だ、大丈夫です。上着あるので」

「それでも、風が冷たいからな」

その言い方がズルい。
こういう優しさが、一番泣きそうになる。

誠さんは柵の前に立ち、私の方に向き直った。

「……今日、伝えたいことがある」

予想はしている。
でも、心の準備はできていない。

「まず……異動しても、俺の方針は変わらない」

「方針?」

「君を支えることだ」

「……っ」

心臓が跳ねる。

誠さんは続ける。

「距離ができるからといって、関係が薄くなるとは限らない。
 むしろ、人は“会えない時間”で気持ちを試される」

「……そうですね」

「だが、俺は……不安にさせたくない」

夕陽の中で、誠さんの目がまっすぐ私を見ていた。

「だから……距離ができても、君は“ひとりじゃない”。
 俺が週に何度でも会いに行く」

「週に“何度でも”?
 ……昨日“週1”って言ってませんでした?」

誠さんは一瞬だけ目をそらした。

「……あれは、言いすぎると君が困ると思って控えた」

「……困りません」

即答だった。
自分でも驚くくらい。

誠さんの眉がほんの少し上がる。

「そうか」

「はい」

風が頬を撫でた。
でも、その風より誠さんの言葉の方が強かった。

「藤原」

「……はい」

「異動先で、俺は忙しくなる。
 君の方が先に帰る日も出てくる。
 会えない日も、連絡が減る日もあるだろう」

「……覚悟はしてます。そういう仕事ですから」

「それでも、忘れないでほしいことがある」

誠さんが、私の目を覗き込むようにして言った。

「“会えない”は嫌いでも興味がなくなったでもない。
 “会えない日は、次に会う日のために動いている”だけだ」

「……っ」

胸が熱くて、息が吸いにくい。
でも嬉しくて苦しくて、全部混ざる。

「……誠さんって、時々……反則ですよね」

言った瞬間、誠さんが少し笑った。

「反則か?」

「反則です。優しすぎ」

「そうか。なら、もう一つ反則を言う」

息が止まる。

「君を好きになって、よかった」

「っ……!」

“好き”を、こんな真っ直ぐ言われるなんて思ってなかった。
泣くに決まってる。

視界がじんわり滲み始めた瞬間──

誠さんがそっと手を伸ばし、私の涙を指で拭った。

「泣くな」

「む……無理です……今のは……反則なんで……」

「言いたかった」

誠さんの声は低くて優しくて、
夕焼けよりあたたかい。

「俺は異動しても、君を想うのは変わらない。
 だから──藤原」

名前を呼ばれるだけで胸が痛いほど嬉しい。

「俺たちは“終わらない”。そう思っている」

「……誠さん」

足元がふらつきそうになったのを、
誠さんが自然に受け止めてくれた。

腕を掴まれた瞬間、言葉が溢れた。

「……好きです」

言ってしまった。
風の音よりも大きく、はっきりと。

誠さんは、驚いたように目を瞬かせ、すぐに少し笑った。

「知ってる」

「なんでわかるんですか……!」

「顔と態度に出ているからな」

「っ……!!」

誠さんは、少しだけ私の手を包んで言った。

「俺も……好きだ」

声が震えた。

夕陽の屋上で、誠さんと向き合って、
“好き”を直接言われるなんて──
これはもう忘れられない。

しばらく風の中で二人とも黙った。
でもその沈黙は、何一つ苦しくなかった。

誠さんがぽつりと呟いた。

「……明日から、会えない時間が増えていく」

「はい」

「だから今日のことを、君が“自信になるように”覚えておけ」

「……誠さんの言葉は全部覚えてます」

「そうか。なら、大丈夫だ」

静かに微笑んだ誠さんが、
最後に優しく囁く。

「行こう。今日は送る」

「……はい」

階段を降りる瞬間、
屋上の夕陽が最後にきらっと光った。

(……離れても、終わらない。
 誠さんがそう言ってくれたから。)

明日からの距離が、もう怖くなくなっていた。
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