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第四部
15 エレナと王太子付き侍従控室での密談
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わたしはリリィさんに連れられて王宮の西棟から中央棟に向かう。
ストールの隙間から様子を窺う。制服姿の役人達は減りお仕着せを着た使用人が増えていく。
王宮内で公的な役割を担うのが官吏や女官といった役人達だとしたら、私的な役割は従者や侍女達それに召使いなどの使用人が担う。
従者が多いということは……
リリィさんが扉の前で立ち止まりノックをする。
誰何の声がないのを気にも止めずに扉を開く。
「どうぞ」
本当に勝手に入っていいの?
リリィさんに招き入れられ、おずおずと部屋に入りまわりを見渡す。
あまり広くない部屋には備え付けの棚に机と椅子の応接セット、あとは小ぶりなベッドが置かれている。
ティーポットやカップといった給仕用品や、身だしなみを整えるためのブラシなどが置かれたワゴンが並ぶ。
整理された物から部屋の主を想像する。
「ここって……」
「兄の控室です」
やっぱり。やっぱりそうだよね。
リリィさんの兄は、殿下の侍従であるウェードだ。
「ウェードの控室ってことは隣は……」
「シリル王太子殿下の私室ですね。兄は王太子殿下の侍従ですから」
リリィさんはこともなげにそう言って、わたしに椅子に座るように促し、棚やワゴンの物色を始める。
お茶を入れる用意を始めたかと思うと、入ってきた扉を開けて廊下に立つ使用人にお湯の用意を頼んでいる。
何もすることがないわたしは隣室に続く扉を見つめる。
この扉の向こうに殿下の私室が……
想像しただけで緊張して変な汗が出る。
「いまは王立学園の寮にご在籍されていることになっていらっしゃいますので、よほどのことがない限り私室に戻られることはありませんけどね」
だとしても、幼い頃から大好きな殿下の部屋が扉ひとつ隔てた向こうにあるっていうのは、なんとも言い難い気持ちになる。
「兄ほどうまく淹れられませんが」
いつのまにか届いたお湯でいれたハーブティーが目の前に置かれる。
「ありがとうございます」
わたしのお礼に「ここでは未来の王太子妃殿下とその侍女でございますから、お礼など不要でございます」とリリィさんがお辞儀で答える。
「未来の王太子妃殿下なんて……」
「シリル王太子殿下のご婚約者であらせられるエレナ様を従者の控室などにお通しして申し訳ないことにございます。ただ、内密にすべき話かと存じましたが、いち女官のわたくしには王宮内に個人的に使える控室などないものですからこちらの場所を選ばせていただきました」
かりそめの婚約者すら相応しくないわたしは、慇懃な態度のリリィさんに恐縮してしまう。
「気を使わせてしまったわ」
「気を使ったなんてとんでもないことにございます。いくら身分を伏せて女官見習いとしてご出仕いただいているとはいえ、エレナ様のお心を痛ませるような出来事が起きたのであれば、エレナ様をお守りするべき立場であるわたくしめの、不徳の致すところでございます」
「リリィさんは何も悪くないのよ。頭を上げて」
「どこの官吏がエレナ様に感じの悪い態度をとったんですか? 文書室の無能どもですか? それとも特設部署に選ばれた自己顕示欲の塊みたいな男達ですか?」
「大丈夫よ! 誰からもいじわるなんてされていないもの! わたしはわかったつもりになっていただけで、何もわかっていなかっただけなの! ただ、それだけだから!」
わたしは必死に否定する。
「エレナ様。わたくしにわかるように教えていただけませんか?」
リリィさんはそう言ってわたしの前にひざまずく。見上げる瞳は優しい。
また涙が込み上げる。
「わたし、殿下のお役に立ちたかっただけなの。なのにわたしは、小太りで醜女のわがままな癇癪持ちの侯爵令嬢だなんて呼ばれてるのも知らずに、殿下が幼いころに妹のように可愛がってくださっていたのをいいことに婚約者の座に図々しく居座って……市井で嫌われているのも気がつかないわたしなんかが婚約者だなんて、殿下のお役に立つどころか、ご迷惑になっていたんでしょ?」
「……さようなことございません。シリル王太子殿下がエレナ様にご迷惑だなんておっしゃることはないはずです」
「殿下はお優しいもの。わたしに直接そんなこと言ったりなんてしないわ」
「ええ。さようでございます。シリル王太子殿下がエレナ様におっしゃるわけございませんのに、なぜさようなことをお考えに……」
「だって、殿下のお気持ちなんてわたしは知りようがないもの」
「ご婚約者に内定されたあと、シリル王太子殿下から手紙など送られていたのでは?」
「手紙なんて一度もいただいていないわ」
「そんなこと……」
リリィさんは驚いた顔でわたしを見つめる。
そうよね。婚約者なのに手紙の一通ももらってないなんておかしいわよね。
わたしだっておかしいと思うわ。
だから記憶がないだけで、本当は手紙を貰ってるんじゃないかって探したけれど、見つからない。
去年ずっと一緒に領地で過ごしていたユーゴだって、殿下からエレナへ贈り物も手紙もなかったって言っていた。
「手紙もいただけないような関係なのに、かりそめの婚約者としてお役に立てているなんて思い上がりもいいところだったの」
「かりそめだなんておっしゃらずに……」
励まそうとしてくれているだろうリリィさんに笑いかける。
「わたし自身が周りにどう思われてるかしっかりと理解しましたから大丈夫よ。それに、女官見習いとしてきちんと仕事をすれば、殿下に婚約破棄されたとしても女官として王宮で働かせてもらえるかもしれないでしょう? 立場をわきまえてきちんと仕事をしますから安心してくださいね。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします」
わたしのお辞儀にリリィさんは頭を抱えていた。
ストールの隙間から様子を窺う。制服姿の役人達は減りお仕着せを着た使用人が増えていく。
王宮内で公的な役割を担うのが官吏や女官といった役人達だとしたら、私的な役割は従者や侍女達それに召使いなどの使用人が担う。
従者が多いということは……
リリィさんが扉の前で立ち止まりノックをする。
誰何の声がないのを気にも止めずに扉を開く。
「どうぞ」
本当に勝手に入っていいの?
リリィさんに招き入れられ、おずおずと部屋に入りまわりを見渡す。
あまり広くない部屋には備え付けの棚に机と椅子の応接セット、あとは小ぶりなベッドが置かれている。
ティーポットやカップといった給仕用品や、身だしなみを整えるためのブラシなどが置かれたワゴンが並ぶ。
整理された物から部屋の主を想像する。
「ここって……」
「兄の控室です」
やっぱり。やっぱりそうだよね。
リリィさんの兄は、殿下の侍従であるウェードだ。
「ウェードの控室ってことは隣は……」
「シリル王太子殿下の私室ですね。兄は王太子殿下の侍従ですから」
リリィさんはこともなげにそう言って、わたしに椅子に座るように促し、棚やワゴンの物色を始める。
お茶を入れる用意を始めたかと思うと、入ってきた扉を開けて廊下に立つ使用人にお湯の用意を頼んでいる。
何もすることがないわたしは隣室に続く扉を見つめる。
この扉の向こうに殿下の私室が……
想像しただけで緊張して変な汗が出る。
「いまは王立学園の寮にご在籍されていることになっていらっしゃいますので、よほどのことがない限り私室に戻られることはありませんけどね」
だとしても、幼い頃から大好きな殿下の部屋が扉ひとつ隔てた向こうにあるっていうのは、なんとも言い難い気持ちになる。
「兄ほどうまく淹れられませんが」
いつのまにか届いたお湯でいれたハーブティーが目の前に置かれる。
「ありがとうございます」
わたしのお礼に「ここでは未来の王太子妃殿下とその侍女でございますから、お礼など不要でございます」とリリィさんがお辞儀で答える。
「未来の王太子妃殿下なんて……」
「シリル王太子殿下のご婚約者であらせられるエレナ様を従者の控室などにお通しして申し訳ないことにございます。ただ、内密にすべき話かと存じましたが、いち女官のわたくしには王宮内に個人的に使える控室などないものですからこちらの場所を選ばせていただきました」
かりそめの婚約者すら相応しくないわたしは、慇懃な態度のリリィさんに恐縮してしまう。
「気を使わせてしまったわ」
「気を使ったなんてとんでもないことにございます。いくら身分を伏せて女官見習いとしてご出仕いただいているとはいえ、エレナ様のお心を痛ませるような出来事が起きたのであれば、エレナ様をお守りするべき立場であるわたくしめの、不徳の致すところでございます」
「リリィさんは何も悪くないのよ。頭を上げて」
「どこの官吏がエレナ様に感じの悪い態度をとったんですか? 文書室の無能どもですか? それとも特設部署に選ばれた自己顕示欲の塊みたいな男達ですか?」
「大丈夫よ! 誰からもいじわるなんてされていないもの! わたしはわかったつもりになっていただけで、何もわかっていなかっただけなの! ただ、それだけだから!」
わたしは必死に否定する。
「エレナ様。わたくしにわかるように教えていただけませんか?」
リリィさんはそう言ってわたしの前にひざまずく。見上げる瞳は優しい。
また涙が込み上げる。
「わたし、殿下のお役に立ちたかっただけなの。なのにわたしは、小太りで醜女のわがままな癇癪持ちの侯爵令嬢だなんて呼ばれてるのも知らずに、殿下が幼いころに妹のように可愛がってくださっていたのをいいことに婚約者の座に図々しく居座って……市井で嫌われているのも気がつかないわたしなんかが婚約者だなんて、殿下のお役に立つどころか、ご迷惑になっていたんでしょ?」
「……さようなことございません。シリル王太子殿下がエレナ様にご迷惑だなんておっしゃることはないはずです」
「殿下はお優しいもの。わたしに直接そんなこと言ったりなんてしないわ」
「ええ。さようでございます。シリル王太子殿下がエレナ様におっしゃるわけございませんのに、なぜさようなことをお考えに……」
「だって、殿下のお気持ちなんてわたしは知りようがないもの」
「ご婚約者に内定されたあと、シリル王太子殿下から手紙など送られていたのでは?」
「手紙なんて一度もいただいていないわ」
「そんなこと……」
リリィさんは驚いた顔でわたしを見つめる。
そうよね。婚約者なのに手紙の一通ももらってないなんておかしいわよね。
わたしだっておかしいと思うわ。
だから記憶がないだけで、本当は手紙を貰ってるんじゃないかって探したけれど、見つからない。
去年ずっと一緒に領地で過ごしていたユーゴだって、殿下からエレナへ贈り物も手紙もなかったって言っていた。
「手紙もいただけないような関係なのに、かりそめの婚約者としてお役に立てているなんて思い上がりもいいところだったの」
「かりそめだなんておっしゃらずに……」
励まそうとしてくれているだろうリリィさんに笑いかける。
「わたし自身が周りにどう思われてるかしっかりと理解しましたから大丈夫よ。それに、女官見習いとしてきちんと仕事をすれば、殿下に婚約破棄されたとしても女官として王宮で働かせてもらえるかもしれないでしょう? 立場をわきまえてきちんと仕事をしますから安心してくださいね。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします」
わたしのお辞儀にリリィさんは頭を抱えていた。
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