15 / 60
15 月琴(side Garret)
しおりを挟む
「いや、ガレス……俺の部屋から、月琴を持って来てくれ。もしかしたら、窮状にあると言うメートランド侯爵家で、何かあったのかもしれない。婚約者と言えど、まだ間もない。良く知らない男に、家族の辛い事情を説明させてしまうのも可哀想だ」
「ああ……すぐに持ってこよう。久しぶりじゃないか。あれを弾くのは」
似合わないのに可愛い楽器を弾くのだとガレスは揶揄うようにそう言って、俺の宮へと走って行った。
王太子妃となる彼女の宮も、ほど近い。
だが、宮の中には侍女も居るだろうし、抜け出してこんな所で泣いているとは。
ガレスに持って来て貰った月琴を持って、俺は物陰に隠れて演奏を始めた。
男の癖に女々しい趣味だと言われそうだが、数年前に亡くなった母がこれを弾くのが好きだったので、俺も彼女と一緒に演奏したものだ。
気苦労の絶えない王妃に向いていなかった母が泣いている時には、俺は何も言わずに月琴を弾いて慰めた。あまり器用な性分でもなくそう上手くはなかったが、優しい音色を聞くと泣くのを止めて笑ってくれたものだった。
「おい。ギャレット……彼女は周囲を見回した。泣き止んでいる」
ガレスも身を潜めているものの、木から大きな体がはみ出してしまっている。近くに来て彼の姿を見れば、滑稽に思われるかもしれない。
「どうだ……笑ったか?」
「ああ。手巾で涙を拭って、微笑んでいるようだ……良かったな」
俺も彼女が笑う光景が見たかったのだが、ローレンがここを去るまでは弾いていたかった。彼女の顔を見るためには立ち上がらなければならず、それでは音色が途切れてしまう。
「笑ってくれたなら、それで良いんだ……こんな場所で泣いているなんて、何かあったらどうするつもりなんだろうな」
この庭園は、居住する宮からは離れている。か弱い女性なのに何かあればどうするつもりだったんだろうと、心配になった。
「ここは王族の居住している場所で、堅固に守られている……万が一にも近道で通り抜けようとした王太子と護衛騎士に、偶然会うくらいじゃないか。とは言え、彼女の家の状況はあまり芳しくないようだな……現メートランド侯爵は何年か前に妻を喪ってから、人が変わってしまったと聞いたが」
メートランド侯爵は社交界でも、美形な男性として知られていた。もし、妻が亡くなったのなら、自分こそが後妻になりたいと望んでいた女性も多かったはずだ。
しかし、賭け事で身を持ち崩し家まで傾けるとは……ローレンを俺の婚約者とすることを良しとした父も、古い貴族のひとつであるメートランド侯爵家を救済したかったのかもしれない。
今の当主は確かに違うかもしれないが、我が国に対し何代も献身的な忠義を果たしてくれた貴族が、賭け事の借金で潰れてしまうなど、君主たる王族としては見ていて楽しいものでもない。
ローレンは父親を支え、気丈にもいろんな物を抱えているのだろう。俺はそういった事情を察することも出来ずに、短慮で彼女を決めつけてしまっていたのかもしれない。
「愛する者を喪い、正気を失うか……それほど愛されれば、女性は嬉しいのだろうか」
父は母を喪っても、泣き暮らすことは許されなかった。かと言って、許されていたならそうしたかというと、それは疑問だ。
国王には私情を仕事に持ち込むことは、許されない。父は感情を殺すことには、慣れているだろうから。
「どうだろうか……俺ならば、たとえ先に自分が死んだとしてもその後は幸せで暮らして欲しいと思うが……ああ、あの子は帰って行ったよ。ギャレット。良い仕事したな。ご苦労さん」
ガレスは人目のあるところでは護衛らしい言葉使いになるのだが、二人になるとこうして砕けた口調になる。
そうしてくれた方が良い。常に何もかもが堅苦しければ、解き放たれたい思いも強くなるだろうから。
とは言え、それからというもの俺はあんな風に泣いていたローレンが俺の月琴を聞いて笑ってくれた光景を想像しては、思い出し笑いをしてしまい嬉しくなった。
どんな風に笑ってくれたのだろう、と。見られなかったからこそ、見たくなったのだ。彼女の心からの笑顔を。
俺がローレンが気になり出したのは、はっきりとこの夜からだったと言える。はっきりとした、区切りがこの時だ。
何の意識もしていなかった若い女の子が、俺の恋愛対象へと変わった時だった。
「ああ……すぐに持ってこよう。久しぶりじゃないか。あれを弾くのは」
似合わないのに可愛い楽器を弾くのだとガレスは揶揄うようにそう言って、俺の宮へと走って行った。
王太子妃となる彼女の宮も、ほど近い。
だが、宮の中には侍女も居るだろうし、抜け出してこんな所で泣いているとは。
ガレスに持って来て貰った月琴を持って、俺は物陰に隠れて演奏を始めた。
男の癖に女々しい趣味だと言われそうだが、数年前に亡くなった母がこれを弾くのが好きだったので、俺も彼女と一緒に演奏したものだ。
気苦労の絶えない王妃に向いていなかった母が泣いている時には、俺は何も言わずに月琴を弾いて慰めた。あまり器用な性分でもなくそう上手くはなかったが、優しい音色を聞くと泣くのを止めて笑ってくれたものだった。
「おい。ギャレット……彼女は周囲を見回した。泣き止んでいる」
ガレスも身を潜めているものの、木から大きな体がはみ出してしまっている。近くに来て彼の姿を見れば、滑稽に思われるかもしれない。
「どうだ……笑ったか?」
「ああ。手巾で涙を拭って、微笑んでいるようだ……良かったな」
俺も彼女が笑う光景が見たかったのだが、ローレンがここを去るまでは弾いていたかった。彼女の顔を見るためには立ち上がらなければならず、それでは音色が途切れてしまう。
「笑ってくれたなら、それで良いんだ……こんな場所で泣いているなんて、何かあったらどうするつもりなんだろうな」
この庭園は、居住する宮からは離れている。か弱い女性なのに何かあればどうするつもりだったんだろうと、心配になった。
「ここは王族の居住している場所で、堅固に守られている……万が一にも近道で通り抜けようとした王太子と護衛騎士に、偶然会うくらいじゃないか。とは言え、彼女の家の状況はあまり芳しくないようだな……現メートランド侯爵は何年か前に妻を喪ってから、人が変わってしまったと聞いたが」
メートランド侯爵は社交界でも、美形な男性として知られていた。もし、妻が亡くなったのなら、自分こそが後妻になりたいと望んでいた女性も多かったはずだ。
しかし、賭け事で身を持ち崩し家まで傾けるとは……ローレンを俺の婚約者とすることを良しとした父も、古い貴族のひとつであるメートランド侯爵家を救済したかったのかもしれない。
今の当主は確かに違うかもしれないが、我が国に対し何代も献身的な忠義を果たしてくれた貴族が、賭け事の借金で潰れてしまうなど、君主たる王族としては見ていて楽しいものでもない。
ローレンは父親を支え、気丈にもいろんな物を抱えているのだろう。俺はそういった事情を察することも出来ずに、短慮で彼女を決めつけてしまっていたのかもしれない。
「愛する者を喪い、正気を失うか……それほど愛されれば、女性は嬉しいのだろうか」
父は母を喪っても、泣き暮らすことは許されなかった。かと言って、許されていたならそうしたかというと、それは疑問だ。
国王には私情を仕事に持ち込むことは、許されない。父は感情を殺すことには、慣れているだろうから。
「どうだろうか……俺ならば、たとえ先に自分が死んだとしてもその後は幸せで暮らして欲しいと思うが……ああ、あの子は帰って行ったよ。ギャレット。良い仕事したな。ご苦労さん」
ガレスは人目のあるところでは護衛らしい言葉使いになるのだが、二人になるとこうして砕けた口調になる。
そうしてくれた方が良い。常に何もかもが堅苦しければ、解き放たれたい思いも強くなるだろうから。
とは言え、それからというもの俺はあんな風に泣いていたローレンが俺の月琴を聞いて笑ってくれた光景を想像しては、思い出し笑いをしてしまい嬉しくなった。
どんな風に笑ってくれたのだろう、と。見られなかったからこそ、見たくなったのだ。彼女の心からの笑顔を。
俺がローレンが気になり出したのは、はっきりとこの夜からだったと言える。はっきりとした、区切りがこの時だ。
何の意識もしていなかった若い女の子が、俺の恋愛対象へと変わった時だった。
44
あなたにおすすめの小説
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜
伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。
ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。
健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。
事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。
気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。
そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。
やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
祝福のキスで若返った英雄に、溺愛されることになった聖女は私です!~イケオジ騎士団長と楽勝救世の旅と思いきや、大変なことになった~
待鳥園子
恋愛
世界を救うために、聖女として異世界に召喚された私。
これは異世界では三桁も繰り返した良くある出来事のようで「魔物を倒して封印したら元の世界に戻します。最後の戦闘で近くに居てくれたら良いです」と、まるで流れ作業のようにして救世の旅へ出発!
勇者っぽい立ち位置の馬鹿王子は本当に失礼だし、これで四回目の救世ベテランの騎士団長はイケオジだし……恋の予感なんて絶対ないと思ってたけど、私が騎士団長と偶然キスしたら彼が若返ったんですけど?!
神より珍しい『聖女の祝福』の能力を与えられた聖女が、汚れてしまった英雄として知られる騎士団長を若がえらせて汚名を晴らし、そんな彼と幸せになる物語。
次期社長と訳アリ偽装恋愛
松本ユミ
恋愛
過去の恋愛から恋をすることに憶病になっていた河野梨音は、会社の次期社長である立花翔真が女性の告白を断っている場面に遭遇。
なりゆきで彼を助けることになり、お礼として食事に誘われた。
その時、お互いの恋愛について話しているうちに、梨音はトラウマになっている過去の出来事を翔真に打ち明けた。
話を聞いた翔真から恋のリハビリとして偽装恋愛を提案してきて、悩んだ末に受け入れた梨音。
偽恋人として一緒に過ごすうちに翔真の優しさに触れ、梨音の心にある想いが芽吹く。
だけど二人の関係は偽装恋愛でーーー。
*他サイト様でも公開中ですが、こちらは加筆修正版です。
性描写も予告なしに入りますので、苦手な人はご注意してください。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる