秋月の鬼

凪子

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三、

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「こんなのはよくある話さ。自分が特別不幸だとは思っちゃいない。
あんたも似たようなものだろう?だからこそ、この千載一遇の機会を逃すわけにはいかないんだ」

見上げた常盤に、夕霧は勇ましく胸を張り、

「今は戦乱の世だ。それは仕方ない。有事に備えて軍備を強化し、税をつぎ込んで国庫を潤すことも大事だろうさ。先代の領主様は戦がお好きだった。私が生まれてからでも、常に京や大和と小競り合いをしている。六年前には和泉の国を支配下に置いた。
それで国が富み、安定が得られるなら構わない。だが、結果はどうだい?男どもが徴兵され、働き手を失った町や村はどうなった?冬を越すだけの作物を得ることもできず、度重なる重税に苦役に誰もが喘いでいる。戦で燃えた町を建て直すのも、切られた堤を作り直すのも、落とされた橋を繋ぐのも、全て民の仕事なのさ。

殿様は、それをお分かりにならない」

柳眉を寄せて腕を組み、結んだ唇から吐き出すように言う。

「芳野にいたって、そんなことはいくらでも耳に入ってくる。四割の地租は農民には重すぎる。蓄えをする余裕などありはしない。干ばつに冷害、洪水でもくればすぐに食っていけなくなる。その上、防人と賦役に男が取られるんだ。
六年前の大化の戦で、いくつの村が滅んだ?飢餓に貧困に、幾人がその命を取られた?
どれだけ都が栄えていようとも、私には分かる。富と権力が集中しているのはここだけなんだ。だからここだけが、夢のように美しく栄耀栄華を極めたまま在り続けるんだ。白鴎だけが全ての蓄えを吸収し、周囲は枯れ草一本残らない。
この国は豊かなんかじゃない。お上は政と称して、民から搾取しているだけなのさ」

一気にまくし立てると、夕霧はようやく息をついた。

常盤はどこか泰然と、その言葉を受けとめていた。

「だから夕霧姐さんは、上様の嫁になりに来たのですね。悪政を正すために」

「そうさ」

夕霧は簡潔に肯った。

「あなたは芳野にいれば、贅を凝らした楼閣に住まい、絹の綾織を着て、唐の菓子を食べて暮らせるのではありませんか」

「そうだね。だけど、私はそうはありたくないのさ」

「どうして」

常盤の放った素朴な疑問は、夕霧の胸を深く突く。

「さあね。……辛いことを当たり前にして、辛いとも思えない子供を、これ以上見たくないからかもしれないね」

夕霧のけぶるような長い睫毛が伏せられる。

――この人は美しい心を持っている。さながら澄んだ泉のように。

夕霧がなぜ自分を助けてくれたのか、分かったような気がした。

――けれど、この人はそれゆえに危ういだろう。

これから踏み入る城は、鬼が棲みつき跳梁ちょうりょう跋扈ばっこする、魔の巣窟なのだから。


































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