秋月の鬼

三、

１３

常盤の訝る視線に気づいたのか、夕霧は真珠のような歯を覗かせて笑う。

「いいのさ。私は芳野遊廓よしの・ゆうかくを抜けてきたんだ」

吉野の国の遊廓、色街は他と隔絶され、ぐるりを高い塀に囲まれた優雅な檻である。

その門扉は目にも鮮やかな朱に塗られ、掲げられた扁額には黒塗りに金字で《芳野遊廓》と。

男は積み上げた莫大な財と引き換えに、一夜の夢を買う。

女は一度足を踏み入れたが最後、年季が明けるまで、もしくは身請けされるまで外界の地を踏むことはかなわない。

その掟を破った者は地の果てまで追われ、殺される。

もはや都市国家とも呼べる独立したその街を、明けぬ夜に悶え苦しむ女の煉獄を、涼しい顔で抜けてきたというのである。

驚きに目を瞠る常盤に、夕霧は天女のようなあでやかさで微笑んで頭を撫でる。

「年季奉公がようやく明けてね。これからは晴れて自由の身さ」

「……でも、」

夕霧は、もはや芳野という不夜城を統べる主。

花魁が自らの一存で位を降りることなどできるのだろうか。

常盤が瞳に浮かべた疑問の一つ一つを、夕霧は承知しているようであった。

だが、優しく首を振った後、その唇からこぼれたのは違う言葉だった。

「瓜生うりゅうという村を知っているかい？」

質問の意図を解せず、固唾を呑んで首を振る。

「ここよりずっと東の、大和との国境近くにある、うらぶれた寒村さ。
私はその村出身でね。五つの年に日照りで田んぼが干からびちまって、おまけに秋に洪水があって、家も畑も何もかも押し流されちまった。
食うにつめた母親が、私を人買いに売り飛ばしたのさ。それで扇屋に連れてこられた。下働きの婢はしためとしてね」

常盤の目は揺らぐことなく、どこか老成したように醒めている。

夕霧ははなから、常盤が同情をもよおすことを期待しているようではなかった。