15 / 74
三、
15
しおりを挟む
予測通り、常盤達が案内されたのは城の内殿ではなく、外堀の中にある離れの建物だった。
賓客を招いた際の宿泊場所を兼ねているらしく、広さは常盤の家の何倍もある。
靴を脱いで座敷に上がると、見事な透かし彫りのされた欄間から、屹立する天守閣の様子が目に入る。
天上には黒雲を纏い修羅のような形相でこちらを睨みつける龍。
丸柱や欄干、渡された梁の一つ一つは丹色か黒色あるいは釉薬の碧に塗られ、細工がなされ、畳は今にも藺草の匂い立つような新品同然のものだった。
夕霧は、自分の肩ほども背丈のない少女を見つめる。
他国の客分でさえ気後れを禁じえないこの場所で、常盤は驚くほど落ちついていた。
今にも描かれた虎が飛び出してきそうな衝立を抜け、錦の几帳を通り、金箔の貼られた襖を開けると、華々しい女の園が広がっていた。
その数ざっと百人といったところか。焚きしめた香が混ざり合い、恍惚とするほどの芳しい薫りとなって鼻腔をくすぐる。
ひしめき合って座る女子の着物が彩なす様子は、さながら絵巻物の世界であった。
「ここが控えの間である」
と従者は言った。
入室した常盤と夕霧に、容赦ない視線がいくつも飛び、肌に突き刺さってくる。
さすがの夕霧も緊張した面持ちで、言葉もなくその場に座りこむと、落ちつかなげに視線を彷徨わせている。
常盤は取り澄ました面持ちで部屋のぐるりを観察すると、音もなく静かに部屋の隅に腰を下ろした。
遊廓という女の牙城にあってなお身のすくむ思いがするというのに、常盤の感じている緊張はいかほどのものだろう。
夕霧はちらりと横目で常盤を窺う。
ぼろの襦袢をまとい、ろくに紅も差していない常盤は、見るからに闖入者であった。
明らかに周囲の光景から浮いている。
そんな常盤の傍に、ずかずかと足を踏み鳴らして寄ってくる人影があった。
猫の子にするように、いきなり襟首を掴まれる。
見上げれば、美しい眉を刷いた顔を怒りに紅潮させ、袷の上に豪奢な打掛を羽織った姫君らしき少女が立っていた。
賓客を招いた際の宿泊場所を兼ねているらしく、広さは常盤の家の何倍もある。
靴を脱いで座敷に上がると、見事な透かし彫りのされた欄間から、屹立する天守閣の様子が目に入る。
天上には黒雲を纏い修羅のような形相でこちらを睨みつける龍。
丸柱や欄干、渡された梁の一つ一つは丹色か黒色あるいは釉薬の碧に塗られ、細工がなされ、畳は今にも藺草の匂い立つような新品同然のものだった。
夕霧は、自分の肩ほども背丈のない少女を見つめる。
他国の客分でさえ気後れを禁じえないこの場所で、常盤は驚くほど落ちついていた。
今にも描かれた虎が飛び出してきそうな衝立を抜け、錦の几帳を通り、金箔の貼られた襖を開けると、華々しい女の園が広がっていた。
その数ざっと百人といったところか。焚きしめた香が混ざり合い、恍惚とするほどの芳しい薫りとなって鼻腔をくすぐる。
ひしめき合って座る女子の着物が彩なす様子は、さながら絵巻物の世界であった。
「ここが控えの間である」
と従者は言った。
入室した常盤と夕霧に、容赦ない視線がいくつも飛び、肌に突き刺さってくる。
さすがの夕霧も緊張した面持ちで、言葉もなくその場に座りこむと、落ちつかなげに視線を彷徨わせている。
常盤は取り澄ました面持ちで部屋のぐるりを観察すると、音もなく静かに部屋の隅に腰を下ろした。
遊廓という女の牙城にあってなお身のすくむ思いがするというのに、常盤の感じている緊張はいかほどのものだろう。
夕霧はちらりと横目で常盤を窺う。
ぼろの襦袢をまとい、ろくに紅も差していない常盤は、見るからに闖入者であった。
明らかに周囲の光景から浮いている。
そんな常盤の傍に、ずかずかと足を踏み鳴らして寄ってくる人影があった。
猫の子にするように、いきなり襟首を掴まれる。
見上げれば、美しい眉を刷いた顔を怒りに紅潮させ、袷の上に豪奢な打掛を羽織った姫君らしき少女が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
雨宮課長に甘えたい
コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。
簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――?
※2025.11.18番外編完結です。
――――――――――
※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。
http://misoko.net/
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる