偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人

文字の大きさ
8 / 15

第7話「心の鎖と偽りの記憶」

しおりを挟む
 ミモザ村は、今日も平和だった。
 リナは薬草店のカウンターで、薬草の仕分けをしていた。
 隣では、リオネスが楽しそうにその手伝いをしている。
 彼の足はもうすっかり良くなり、松葉杖なしで歩けるようになっていた。

「リナ、この匂いのいい葉っぱはなんだい?」

「それはミントです。お茶にすると美味しいですよ」

「へえ。今度、淹れてくれるかい?」

「……考えておきます」

 そんな穏やかなやり取りが、当たり前の日常になっていた。
 リオネスが村に滞在し始めて、もう一月が経とうとしている。
 彼の告白以来、二人の間には少し甘酸っぱい空気が流れていたが、リナはまだ答えを出せずにいた。
 彼と一緒にいると、心が安らぐ。
 自分が呪われているという恐怖も薄れていく。
 けれど、心のどこかで、まだ拭えない不安があった。

 本当に、大丈夫なんだろうか。私が、幸せになっても……。

 その不安は、彼女の過去に深く根ざしていた。
 リナ――ルナは、物心ついた時から、義理の妹であるセレーネに劣等感を抱いていた。
 セレーネは何をしても完璧だった。
 愛嬌があり、誰からも愛された。
 一方のルナは、人見知りで不器用。
 聖女としての力はルナの方が遥かに強かったが、その強すぎる力は、時に彼女を孤立させた。
 幼い頃、ルナが可愛がっていた小鳥が、彼女の手に触れた直後に死んでしまったことがあった。

『姉様のせいよ。姉様の力が強すぎるから、弱い生き物は耐えられないのよ』

 泣きじゃくるルナに、セレーネはそう囁いた。
 それは、セレーネがルナにかけた、最初の暗示だった。
 それ以来、ルナは自分の力を恐れるようになった。
 人に触れることを避け、誰かと深く関わることを怖がるようになった。
 セレーネは、そんなルナの心の隙間に、巧みに入り込んできた。

『姉様は、その力で人を不幸にしてしまうわ』

『姉様が笑うと、どこかで誰かが泣いているかもしれない』

『姉様は、幸せになってはいけない存在なの』

 毎日毎日、優しい言葉のふりをした呪いを、ルナの耳元で囁き続けた。
 幼いルナは、大好きな妹の言葉を信じ切ってしまった。
 自分は呪われているのだと。
 自分がいるだけで、周りを不幸にしてしまうのだと。
 追放される直前の記憶は、今でも悪夢となってルナを苦しめる。
 あの日は、国王の誕生日を祝う盛大な式典が開かれていた。
 聖女であるルナが、国王に祝福の祈りを捧げることになっていた。

『姉様、このブレスレットを付けて。きっと、今日の姉様をより一層輝かせてくれるわ』

 セレーネは、そう言って美しい宝石のブレスレットをルナの腕にはめた。
 ルナは何も疑わず、祭壇へと進み出た。
 そして、国王の頭に手をかざし、祈りを捧げようとした、その瞬間。
 国王が、苦しみだしたのだ。

「ぐっ……う……!」

 玉座から崩れ落ちる父の姿に、会場はパニックに陥った。

『お父様!』

『陛下! どうなされた!』

 混乱の中、セレーネの悲鳴が響き渡った。

『姉様のブレスレットが……! あれは、呪いの魔道具ですわ! 姉様が、お父様を呪おうと……!』

 全ての視線が、ルナの腕にはめられたブレスレットに集まる。
 それは、禍々しい黒い光を放っていた。

「ち、違う……! これは、セレーネが……!」

 ルナが弁明しようとした時には、もう遅かった。
 民衆の信頼は憎悪に変わり、彼女は偽りの聖女として断罪された。

「……っ!」

 そこまで思い出して、リナははっと我に返った。
 薬草を握る手が、小刻みに震えている。
 冷や汗が背中を伝った。

「リナ? どうしたんだ、顔色が悪いぞ」

 心配そうに覗き込んでくるリオネスの顔に、リナはびくりと肩を震わせた。

「な、なんでもありません……!」

 慌てて笑顔を作ろうとしたが、顔がひきつるのが自分でも分かった。

 だめ。思い出してはだめ。

 あの記憶は、私を縛る鎖だ。
 あの日の絶望を思い出せば、今ここにある穏やかな幸せが、全部嘘のように思えてくる。

「リナ、何か辛いことでも思い出したのか?」

 リオネスの優しい声が、リナの心の壁を叩く。

「もし、何か僕に話せることなら、話してくれないか。君の苦しみを、少しでも軽くしたいんだ」

 彼の真剣な眼差しに、リナの決心は揺らいだ。
 この人になら、話してもいいのかもしれない。
 私の過去を、私の罪を。
 そして、軽蔑されるなら、それでもいい。
 リナが意を決して口を開こうとした、その時だった。
 店のドアが、勢いよく開かれた。

「リオネス殿下! リナ様!」

 息を切らして飛び込んできたのは、王都に残っていたはずの側近、カイだった。
 彼の顔には、ただならぬ緊張が浮かんでいる。

「カイ! どうしてここに!?」

 驚くリオネスに、カイは一枚の羊皮紙を差し出した。

「王都で調べていた件です。殿下、そしてリナ様……どうか、これをお読みください」

 リオネスは訝しげに羊皮紙を受け取ると、リナと一緒にその内容に目を通した。
 そこに書かれていたのは、カイが突き止めた、衝撃の事実だった。
 歴代の聖女に関する文献の記述。
 セレーネの「魅了」の魔法。
 そして、ルナの追放が、全てセレーネによって仕組まれた陰謀であるという、カイの推論。

「……なんだ、これは……」

 リオネスの声が、低く震えた。
 リナは、書かれている内容が信じられず、何度も何度も文字を読み返した。

『聖女の力は、時に邪気を引き寄せ、浄化する……その過程において、厄災が降りかかることあり……』

 私の力は、呪いじゃなかった……?

『暗示の魔法により、聖女自身に不幸を信じ込ませることで、力を暴走させた可能性……』

 セレーネの囁きが、偽りの記憶だった……?

「リナ……」

 リオネスが、リナの肩にそっと手を置こうとして、寸前で止まった。
 彼は、まだリナが人に触れられることを怖がっているのを知っている。

「これは……本当、なの……?」

 リナの声は、か細く震えていた。
 カイは、真っ直ぐにリナを見つめて、力強く頷いた。

「あくまで推論の域は出ません。ですが、現在の王都の状況を考えれば、これが真実である可能性は極めて高い。リナ様――いえ、ルナ聖女様。貴女様の力は、呪いなどではありません。国をお救いできる、唯一の希望なのです」

 希望。
 私が?
 呪われた、偽りの聖女である私が?
 リナの頭は混乱していた。
 今まで信じてきた全てが、足元から崩れていくような感覚。
 心の鎖が、ギシリと音を立てた。
 偽りの記憶が、ガラガラと崩れ落ちていく。

「あ……ああ……」

 リナは、その場に崩れ落ちそうになった。
 それを、リオネスが咄嗟に支える。
 初めて、彼が、リナの体に触れた。
 不思議と、何も起きなかった。
 不幸な出来事は、何も。
 ただ、彼の腕の温かさだけが、リナの全身に伝わってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。 ​そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。 ​しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。 ​アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。 ​一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。 ​これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした

きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。 顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。 しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——

「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜

赤紫
恋愛
 私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。  絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。  そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。  今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする

藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。 そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。 派手な魔法も、奇跡も起こさない。 彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、 魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。 代わりはいくらでもいる。 そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。 魔法は暴走し、結界は歪み、 国は自分たちが何に守られていたのかを知る。 これは、 魔法を使わなかった魔術師が、 最後まで何もせずに証明した話。 ※主人公は一切振り返りません。

処理中です...