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第6話「王都に忍び寄る影」
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リナとリオネスがミモザ村で穏やかな日々を過ごしている頃、王都アストリアでは、不穏な空気が静かに広がり始めていた。
新しい聖女として即位したセレーネは、その美貌と慈愛に満ちた振る舞いで、当初は民衆から熱狂的に支持されていた。
彼女が行う祈りの儀式には、多くの人々が詰めかけた。
しかし、数ヶ月が経つ頃から、異変が起き始める。
セレーネが祈りを捧げた土地で、原因不明の凶作が続くようになったのだ。
例年であれば豊かな実りをもたらすはずの麦畑は枯れ、果樹園の果物は腐り落ちた。
さらに、王都の一部では、奇妙な病が流行り始めていた。
発熱と咳が続き、徐々に衰弱していくその病は、どんな薬を使っても効果がなかった。
「聖女様、どうか我らをお救いください!」
民衆はセレーネに救いを求めたが、彼女がいくら祈りを捧げても、事態は一向に好転しなかった。
それどころか、彼女が訪れた地域ほど、被害が拡大しているようにさえ思えた。
民衆の間で、徐々に囁きが広まっていく。
「新しい聖女様は、本当に力をお持ちなのだろうか……」
「前の聖女様……ルナ様が追放されてから、良くないことばかり起きる……」
「もしかして、呪われていたのは、ルナ様ではなかったのでは……?」
そんな不満の声を、セレーネは苛立ちと共に聞いていた。
「黙りなさい! 不敬ですよ!」
神殿の私室で、セレーネは侍女に当たり散らしていた。
床には、割れた花瓶の破片が散らばっている。
「わたくしこそが、真の聖女! あの呪われた姉とは違うのです!」
だが、彼女自身が一番分かっていた。
自分の聖なる力が、まがい物であることを。
セレーネの力は、人々を癒し、土地を浄化するような、真の聖女の力ではなかった。
彼女が持っていたのは、人の心に巧みに付け入り、暗示をかける「魅了」の魔法。
彼女はその力で、ルナが呪われていると周囲に信じ込ませ、自分こそが聖女にふさわしいと王や大臣たちを操ったのだ。
人の心をわずかに誘導する程度のその力は、単純な思考を持つ者には絶大な効果を発揮したが、国全体に広がる巨大な邪気を払うような奇跡を起こすことはできなかった。
しかし、国の安寧を保つには、その力はあまりにも無力だった。
国全体に広がり始めた邪気は、セレーネの手に負えるものではない。
どうして、こうなるの……! 全て、計画通りだったはずなのに!
焦りと苛立ちが、セレーネの美しい顔を歪ませる。
***
その頃、王宮の一室では、国王と第一王子、そして側近たちが重苦しい雰囲気の中で会議を開いていた。
「各地の被害状況、悪化する一方だ。セレーネの祈りも、全く効果が見られない」
国王が苦々しげに言う。
「父上、もはや一刻の猶予もありません。原因の究明を急がせるべきです」
冷静に意見を述べるのは、第一王子のアルフォンスだ。
彼は優秀で、常に冷静沈着。
不運ばかりが目立つ弟のリオネスとは対照的に、次期国王として誰からも期待されていた。
「原因、か……。やはり、半年前に追放したルナの呪いが、今になって国を蝕んでいるとでもいうのか……」
国王の言葉に、大臣の一人が頷く。
「その可能性は否定できません。あるいは、ルナを追放したことに対する、女神のお怒りなのかもしれません」
「馬鹿なことを言うな! あれは呪われた娘だったのだぞ!」
会議が紛糾する中、一人、黙って窓の外を眺めている男がいた。
リオネスの側近であり、親友でもある騎士のカイだ。
彼は、主君であるリオネスの療養のためミモザ村に残らず、王都で独自に調査を続けていた。
ルナ様が……呪われた聖女……。
カイは、半年前のルナ追放劇に、当初から疑問を抱いていた。
民衆に慕われていた彼女が、一夜にして呪われた存在になるなど、あまりにも不自然だ。
そして、入れ替わるように聖女となったセレーネの振る舞いには、どこか胡散臭さを感じていた。
リオネス殿下は、リナ殿――ルナ様のことを、幸運の女神だとおっしゃっていた。殿下のあの直感は、馬鹿にできない。
カイは会議室をそっと抜け出すと、王宮の書庫へと向かった。
彼が調べていたのは、歴代の聖女に関する古い文献だ。
何時間も書物を読み漁り、ついに彼はある記述を発見する。
『聖女の力は、光と影。強く清らかなる魂は、時に邪気を引き寄せ、それを浄化する。その過程において、周囲に厄災が降りかかることあり。しかし、それは聖女が邪悪なるものと戦っている証である』
カイは、はっと息をのんだ。
邪気を引き寄せ、浄化する……? まるで、リオネス殿下と同じではないか!
文献によれば、聖女の中には、その強すぎる力のせいで、周囲に不幸な出来事を引き起こしてしまう者が稀にいたという。
しかし、それは呪いなどではなく、国を守るための大いなる力の副作用だったのだ。
もし、ルナ様がその稀な聖女だったとしたら? そして、セレーネがそれを「呪い」と偽って追放したのだとしたら……?
全てのピースが、カチリとハマる音がした。
セレーネが使ったのは、暗示の魔法。
ルナ様自身に、「自分は呪われている」と強く信じ込ませることで、本来は浄化に使われるはずの力を、暴走させていたのではないか。
だから、ルナ様が触れたものに、不幸が起きた。
そして、今。
国を守る真の聖女を失ったことで、浄化されずに溜め込まれた邪気が、国中に溢れ出しているのだ。
「……そういうことか」
カイは確信した。
これは、セレーネによって仕組まれた、王国史上最悪の陰謀だ。
彼は急いで書物を閉じると、ミモザ村へ向かうべく馬を走らせた。
一刻も早く、リオネス殿下とルナ様に、この真実を伝えなければ。
王都に忍び寄る邪悪な影は、もはやセレーネ一人ではどうすることもできない段階にまで来ていた。
国の命運は、辺境の村で静かに暮らす、一人の少女の手に委ねられようとしていた。
新しい聖女として即位したセレーネは、その美貌と慈愛に満ちた振る舞いで、当初は民衆から熱狂的に支持されていた。
彼女が行う祈りの儀式には、多くの人々が詰めかけた。
しかし、数ヶ月が経つ頃から、異変が起き始める。
セレーネが祈りを捧げた土地で、原因不明の凶作が続くようになったのだ。
例年であれば豊かな実りをもたらすはずの麦畑は枯れ、果樹園の果物は腐り落ちた。
さらに、王都の一部では、奇妙な病が流行り始めていた。
発熱と咳が続き、徐々に衰弱していくその病は、どんな薬を使っても効果がなかった。
「聖女様、どうか我らをお救いください!」
民衆はセレーネに救いを求めたが、彼女がいくら祈りを捧げても、事態は一向に好転しなかった。
それどころか、彼女が訪れた地域ほど、被害が拡大しているようにさえ思えた。
民衆の間で、徐々に囁きが広まっていく。
「新しい聖女様は、本当に力をお持ちなのだろうか……」
「前の聖女様……ルナ様が追放されてから、良くないことばかり起きる……」
「もしかして、呪われていたのは、ルナ様ではなかったのでは……?」
そんな不満の声を、セレーネは苛立ちと共に聞いていた。
「黙りなさい! 不敬ですよ!」
神殿の私室で、セレーネは侍女に当たり散らしていた。
床には、割れた花瓶の破片が散らばっている。
「わたくしこそが、真の聖女! あの呪われた姉とは違うのです!」
だが、彼女自身が一番分かっていた。
自分の聖なる力が、まがい物であることを。
セレーネの力は、人々を癒し、土地を浄化するような、真の聖女の力ではなかった。
彼女が持っていたのは、人の心に巧みに付け入り、暗示をかける「魅了」の魔法。
彼女はその力で、ルナが呪われていると周囲に信じ込ませ、自分こそが聖女にふさわしいと王や大臣たちを操ったのだ。
人の心をわずかに誘導する程度のその力は、単純な思考を持つ者には絶大な効果を発揮したが、国全体に広がる巨大な邪気を払うような奇跡を起こすことはできなかった。
しかし、国の安寧を保つには、その力はあまりにも無力だった。
国全体に広がり始めた邪気は、セレーネの手に負えるものではない。
どうして、こうなるの……! 全て、計画通りだったはずなのに!
焦りと苛立ちが、セレーネの美しい顔を歪ませる。
***
その頃、王宮の一室では、国王と第一王子、そして側近たちが重苦しい雰囲気の中で会議を開いていた。
「各地の被害状況、悪化する一方だ。セレーネの祈りも、全く効果が見られない」
国王が苦々しげに言う。
「父上、もはや一刻の猶予もありません。原因の究明を急がせるべきです」
冷静に意見を述べるのは、第一王子のアルフォンスだ。
彼は優秀で、常に冷静沈着。
不運ばかりが目立つ弟のリオネスとは対照的に、次期国王として誰からも期待されていた。
「原因、か……。やはり、半年前に追放したルナの呪いが、今になって国を蝕んでいるとでもいうのか……」
国王の言葉に、大臣の一人が頷く。
「その可能性は否定できません。あるいは、ルナを追放したことに対する、女神のお怒りなのかもしれません」
「馬鹿なことを言うな! あれは呪われた娘だったのだぞ!」
会議が紛糾する中、一人、黙って窓の外を眺めている男がいた。
リオネスの側近であり、親友でもある騎士のカイだ。
彼は、主君であるリオネスの療養のためミモザ村に残らず、王都で独自に調査を続けていた。
ルナ様が……呪われた聖女……。
カイは、半年前のルナ追放劇に、当初から疑問を抱いていた。
民衆に慕われていた彼女が、一夜にして呪われた存在になるなど、あまりにも不自然だ。
そして、入れ替わるように聖女となったセレーネの振る舞いには、どこか胡散臭さを感じていた。
リオネス殿下は、リナ殿――ルナ様のことを、幸運の女神だとおっしゃっていた。殿下のあの直感は、馬鹿にできない。
カイは会議室をそっと抜け出すと、王宮の書庫へと向かった。
彼が調べていたのは、歴代の聖女に関する古い文献だ。
何時間も書物を読み漁り、ついに彼はある記述を発見する。
『聖女の力は、光と影。強く清らかなる魂は、時に邪気を引き寄せ、それを浄化する。その過程において、周囲に厄災が降りかかることあり。しかし、それは聖女が邪悪なるものと戦っている証である』
カイは、はっと息をのんだ。
邪気を引き寄せ、浄化する……? まるで、リオネス殿下と同じではないか!
文献によれば、聖女の中には、その強すぎる力のせいで、周囲に不幸な出来事を引き起こしてしまう者が稀にいたという。
しかし、それは呪いなどではなく、国を守るための大いなる力の副作用だったのだ。
もし、ルナ様がその稀な聖女だったとしたら? そして、セレーネがそれを「呪い」と偽って追放したのだとしたら……?
全てのピースが、カチリとハマる音がした。
セレーネが使ったのは、暗示の魔法。
ルナ様自身に、「自分は呪われている」と強く信じ込ませることで、本来は浄化に使われるはずの力を、暴走させていたのではないか。
だから、ルナ様が触れたものに、不幸が起きた。
そして、今。
国を守る真の聖女を失ったことで、浄化されずに溜め込まれた邪気が、国中に溢れ出しているのだ。
「……そういうことか」
カイは確信した。
これは、セレーネによって仕組まれた、王国史上最悪の陰謀だ。
彼は急いで書物を閉じると、ミモザ村へ向かうべく馬を走らせた。
一刻も早く、リオネス殿下とルナ様に、この真実を伝えなければ。
王都に忍び寄る邪悪な影は、もはやセレーネ一人ではどうすることもできない段階にまで来ていた。
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