死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

文字の大きさ
14 / 16

第13話「ヴェルディア連邦、誕生」

しおりを挟む
 王国軍の降伏。

 その報せは、瞬く間に王国全土を駆け巡り、王都を震撼させた。

 民を見捨て、強引な食料徴収を試みた王権の失墜は、決定的だった。

 各地で、王家や宰相オルバンス侯爵に対する不満が噴出し、大規模な反乱へと発展した。

 もはや、王国の統治は、完全に崩壊していた。

 そんな中、時代の新たな中心として、誰もがフェルメル領に注目した。

 食料を武器に、一滴の血も流さずに王国軍を屈服させ、干ばつに苦しむ人々を救った「聖人」フェルメル公と、その背後にいる「豊穣の神の申し子」アロン。

 彼らの元には、旧王国の体制に絶望した、多くの領主や民が、次々と助けを求め、集結していった。

 シルバームーン城では、連日、歴史的な会議が開かれていた。

 フェルメル公を議長とし、彼に味方した周辺領地の領主たちが、新しい国家の在り方について、熱い議論を交わしていた。

「もはや、王政は限界だ。我々は、新たな政治体制を築かねばならない」

「いっそ、フェルメル公が、新たな王として即位されてはどうか?」

「いや、我々は、特定の誰かに権力が集中する体制をこそ、否定すべきだ」

 様々な意見が飛び交う中、誰もが、ある一点で、共通の認識を持っていた。

 それは、この新しい国の中心には、アロン・ウォーカーという少年がいなければならない、ということだ。

 会議が紛糾した、ある日のこと。

 一人の領主が、立ち上がって言った。

「皆、考えてもみてほしい。我々が今、こうしてここに集い、未来を語り合えるのは、誰のおかげか。我々の領民が、飢えから救われたのは、誰の力か。それは、アロン殿の知恵と、彼がもたらした豊かな食料のおかげではないか!」

 その言葉に、皆が、深く頷いた。

「我々が作るべきは、強力な王が支配する国ではない。アロン殿が説いたように、『食』によって人々が繋がる、共同体であるべきだ。私は、この新しい国の代表に、アロン殿をこそ、推挙したい!」

 その提案に、満場一致の拍手が起こった。

「アロン殿を、我々のリーダーに!」

「アロン様、万歳!」

 熱狂する領主たち。

 だが、その渦の中心にいるはずのアロンは、困り果てた顔で、頭をかいていた。

『いやいやいや、待て待て待て! なんでそうなるんだよ!』

 アロンの心の声が、悲鳴を上げる。

『俺はただ、美味いものを腹いっぱい食いたくて、みんなにも食わせてあげたかっただけなのに! いつの間にか、国の代表!? 無理無理! 俺、まだ10歳(精神年齢は三十路だけど)だぞ! 書類のサインとか、外国の使節との会談とか、絶対やりたくない! 俺は、畑で土をいじっていたいんだ!』

 アロンは、必死に首を横に振った。

「皆さん、お気持ちは嬉しいですが、僕にそんな大役は務まりません! 僕は、政治の素人です。ただの、農家の息子です!」

 しかし、熱狂した群衆に、その声は届かない。

 その時、アロンの窮地を救ったのは、意外な人物だった。

 フェルメル公爵だ。

 公爵は、静かに玉座から立ち上がると、アロンの肩に、力強く手を置いた。

「皆、静まれ。アロン君の言う通りだ。彼に、政治の表舞台を押し付けるのは、間違っている」

 ざわめきが、静まる。

「彼の才能は、玉座に座って判子を押すことではない。彼にしかできないことがある。それは、この大地を、どこまでも豊かにし、我々の腹と心を満たし続けてくれることだ。彼のその才能を、我々は、最大限に活かすべきではないのか」

 公爵は、集まった領主たちを見渡した。

「そこで、提案がある。我々は、王を頂かない。各領地が、対等な立場で参加する、『連邦』という形を取りたい。そして、その初代連邦代表は、僭越ながら、この私が務めさせていただきたい」

 そして、と公爵は言葉を続けた。

「アロン君には、この新しい国において、何者にも縛られない、特別な地位を用意したい。『最高農業顧問』。連邦の食料政策の、すべてを司る、最高責任者だ。政治の面倒ごとは、すべて我々が引き受ける。君は、君のやりたいように、この国の農業の未来を、自由に描いてくれればいい」

 それは、アロンにとって、これ以上ない、願ってもない提案だった。

 政治的な責任からは解放され、自分の好きな農業に、国家レベルの予算と権限で、思う存分打ち込める。

「……公爵様。本当に、いいんですか?」

「ああ。君は、そのために生まれてきたような男だからな」

 公爵は、父親のような優しい目で、アロンに微笑みかけた。

 こうして、歴史的な合意がなされた。

 旧王国は解体され、フェルメル領を中心とした、12の領地による新たな国家、『ヴェルディア連邦』が誕生した。

 ヴェルディアとは、古い言葉で「緑の大地」を意味する。

 初代連邦代表には、フェルメル公が就任。

 そして、アロンは、初代最高農業顧問という、前代未聞の役職に就くことになった。

 戴冠式も、堅苦しい儀式もなかった。

 建国が宣言された日、ヴェルディア連邦のすべての街と村で、盛大な収穫祭が開かれた。

 人々は、アロンがもたらした豊かな恵みを分かち合い、新しい国の誕生を、心から祝福した。

 その喧騒の中心で、アロンは、こっそりと人混みを抜け出していた。

 彼の手には、焼きたてのジャガイモと、トウモロコシ。

「あ、アロン! こんなところにいたの!」

 声の主は、セナだった。彼女は、少し頬を膨らませている。

「もう、みんなアンタのこと探してたのよ! 今日くらい、主役なんだから、ちゃんとしなさいよね!」

「はは、悪い悪い。ちょっと、空気を吸いたくなってな」

 アロンは、焼きたてのジャガイモの半分を、セナに差し出した。

「ほら、食うか?」

「……もらうけど。……なんか、アロン、すごく遠くへ行っちゃったみたいで、ちょっと寂しかったんだから」

 セナは、ジャガイモを受け取りながら、うつむいてつぶやいた。

 アロンは、そんな彼女の頭を、ぽん、と優しく撫でた。

「どこにも行かないさ。俺は、ずっとここにいる。この土の上が、俺の居場所だからな」

 見上げると、満天の星空が広がっていた。

 貧しい村の、小さな畑から始まった物語は、一つの国を作り上げるという、大きな結実を迎えた。

 しかし、アロンにとっては、これもまだ、通過点に過ぎないのかもしれない。

 彼の夢は、もっともっと、大きくて、広いのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる! 前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。 「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。 一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……? これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。 だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。 契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。 農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。 そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。 戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

追放されたので、心置きなく発酵ライフ始めます〜外れスキル【万能発酵】で荒野を極上の美食国家に作り変えてたら、いつの間にか独立してました〜

黒崎隼人
ファンタジー
実家の男爵家から「物を腐らせるだけの外れスキル」と蔑まれ、不毛の地『嘆きの荒野』へ追放された三男のカイ。 しかし、彼のスキル【万能発酵】は、あらゆる微生物を自在に操り、発酵プロセスを支配するチートスキルだった! 前世の知識とスキルを駆使して、一瞬で極上の堆肥を作り、荒野を豊かな農地に変え、味噌や醤油、パンにワインと、異世界にはない発酵食品を次々と開発していくカイ。 さらに、助けたエルフの少女・リシアや仲間たちと共に、荒野はいつしか世界一の美食が集まる『穣りの郷』へと発展する。 一方、カイを追放した実家と王国は、未曾有の食糧危機に瀕しており……? 「今さら戻ってこい? お断りです。僕はここで最高の仲間とスローライフを送りますので」 発酵スキルで成り上がる、大逆転の領地経営ファンタジー、開幕!

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...